万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

自由貿易には勝者も敗者もいない?-現実は逆では

2018年07月15日 15時56分38秒 | 国際政治
MRJ、16日から英で初の展示飛行も…「2強」覇権争いで埋没の懸念
米中貿易戦争を受けて、中国は、理論面からアメリカの根拠を崩すために、‘自由貿易には勝者も敗者もいない’とする経済学者の説を持ち出しています。しかしながら、この説、現状を見ますと、万人を納得させるほどの説得力があるとは思えないのです。

 多くの人々は、TPP11であれ、RCEPであれ、広域的な自由貿易圏が形成されれば、全加盟国は、自動的に繁栄を手にすることができるという幻想を抱いています。日本国政府も同様であり、自国を含めて特定の加盟国が‘負け組’になるシナリオなどは想定されていません。ところが、ヨーロッパを観察しますと、1993年に欧州市場が誕生した際の熱狂やユーロフォリアの時代は過ぎ去っております。その後、ギリシャを始めとした経済基盤の脆弱な加盟国がソブリン危機に見舞われると共に、結局、欧州屈指の経済大国であるドイツの‘一人勝ち’を帰結したとする評も聞こえてくるのです。自由貿易には、勝者も敗者もいないはずであったにも拘わらず…。

 理論と現実との間に乖離が生じる場合には、一般的には、理論そのものに欠陥があるものです。自由貿易については、確かに、比較優位による最適な国際分業の実現、資源の効率的配分の達成、あるいは、市場の自律的調整力の作用など、様々なメリットが論じられてきました。しかしながら、精緻な理論とは言い難く、現実との間に埋めがたい隙間があるとしか考えようがないのです。

 実際に、今日、世界規模で進展しているグローバル化に伴って顕著となっている現象は、政府による関税や非関税障壁の撤廃や削減に伴う競争の激化です。競争である以上、そこには、自ずと勝者と敗者が生み出されます。乃ち、広域的自由貿易圏、あるいは、グローバル市場の誕生とは、国家であれ、企業であれ、一般勤労者である国民であれ、‘弱肉強食’を原則とする激しい競争に晒される時代の到来を意味するのです。そして、市場は国内市場を越えて拡大するのですから、大競争時代において最も有利となるのは、‘規模’に優る国や企業となるはずです(労働力が豊富な国では安価な労働コストとして‘規模’が反映される…)。ところが、自由貿易理論の殆どは、肝心の‘規模’を無視してしまっているのです。

 今日の国際経済を見ますと、情報・通信関連等の主要産業において米中両国の企業による寡占状態が進行しているとの指摘もあり、‘規模’が如何に競争力に決定的な影響を与えるのかを物語っています。‘規模’が物を言う場合、日本国を含む他の中小の諸国は、苦境に立たされます。航空機市場は米欧の二強体制となるものの、アメリカのボーイング社がブラジルのエンブラエルを傘下に収める一方で、欧州のエアバスはカナダのボンバルディアを買収しています。小型航空機部門でMRJを開発している日本の三菱航空機にも余波が及びそうなのですが、ニッチ戦略で別路線を選択したとしても、資金力に優る巨大企業を前にしては、中小規模の企業が独自路線を貫くことは、日に日に困難さを増しています。

 こうした現実を直視すれば、自由貿易主義に‘ウィン・ウィンの関係’を期待はできず、むしろ、勝者と敗者を生み出すメカニズムを内包しているとしか言いようがありません(競争に敗れ、淘汰される産業、企業、国民は‘敗者’…)。そして、自由貿易主義、及びグローバリズムにおける‘規模’の有利性を熟知しているからこそ、中国は、最後の勝利者として勝ち残る、即ち、独り勝ちを目指した野心的な経済戦略を立案したのではないでしょうか。‘貿易覇権主義’の名にふさわしいのはむしろ中国であり、それ故に、アメリカから手厳しいカウンターを受けることになったのではないかと思うのです。

 よろしければ、クリックをお願い申し上げます。

にほんブログ村 政治ブログへにほんブログ村

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする