1947年11月に国連総会で成立したパレスチナ分割決議は、独立国家としての法的地位をイスラエルに与えたのみで、他の決定事項については殆ど実現しませんでした。アラブ人国家の同時建国並びに経済同盟の設立のみならず、聖地イエルサレムを国連信託統治の下に置く構想も含めれば、同決議の内容の大半は忘却の彼方に去りつつあったと言えましょう
ところが、ハマスの奇襲攻撃に始まるとされるイスラエル・ハマス戦争は、図らずもパレスチナ分割決議を多くの人々に思い出させるという、皮肉な結果を招いています。ハマスによるテロの一場面だけを切り取れば、イスラエルが主張する正当防衛論には理があるように見えます。しかしながら、長期的な視点からパレスチナ紛争の全体の流れを眺めますと、イスラエルは、明らかにパレスチナ領を侵害する加害者の立場にあることは明白です。そして、イスラエルを成立させた同決議こそ、イスラエル=加害側の法的根拠に他ならないのです。
パレスチナ分割決議を出発点としますと、パレスチナ紛争の解決を考えるに際しては、まずもって、同決議という原点に帰る必要がありましょう。内外を問わず、原状回復は、紛争やトラブルの解決手段の一つです。しかしながら、パレスチナ分割決議の場合には、法文としての決議文は存在してはいても、現実にはその合意内容は実現していません(‘原状’が存在しない・・・)。しかも、同決議から既に76年もの年月が経過した点を考慮しますと、決議内容の実現が困難な事項や76年の歳月がもたらした知見によって見直した方がよい構想もあります。さらには、円満な解決のためには、新たに付け加えるべき内容もあるはずです。そこで、本稿では、これらの点を考慮しつつ、以下の平和的な解決案を考えてみました。
平和的紛争解決に際しての基本原則は、以下の三つです。
- 基礎的合意としての決議内容の尊重(合意尊重の原則)
- 不法な武力行使・暴力による結果の追認不可(合法性の原則)
- 公正・公平な補償・賠償(均衡の原則)
これらの三つの原則は、何れも法的解決の一般原則ですので、人類一般の理性に適っていることから、多くの人々が賛同することでしょう。それでは、以上の諸原則に従いますと、どのような解決案が妥当となるのでしょうか。
第一に、パレスチナ分割決議は、先ずもってアラブ人とユダヤ人の双方に独立国家を約束していますので、アラブ人が国家を建国する、あるいは、その地位をより強化することが最優先事項となります。この点、既に全世界の国家数とされる196カ国の内、130以上の諸国が独立国家として承認し、国連でもオブザーバーの地位を既に獲得していますので、アメリカや日本国をはじめとした所謂‘西側諸国’は、アラブ人の国家であるパレスチナ国の国家承認を急ぐべきと言えましょう。アメリカも関わった1993年のオスロ合意でも、遅ればせながらもアラブ人国家の建国という分割決議の基本路線は踏襲されています。未承認国の承認は、合意尊重の原則にも適っているのです。
第二に、パレスチナ全域を経済的枠組みで結びつけることを目的とした経済同盟については、決議成立から今日に至るまでの76年間の経験からしますと、両者の合意の下で白紙に戻した方が望ましいと考えられます。その理由は、イスラエルのみが享受した‘移動の自由’は、パレスチナ国のイスラエルに対する経済的な従属やイスラエルによる入植による領域の浸食を招きましたし、EUの事例が暗示するように、結局は、ユダヤ人脈による支配に帰結するかもしれないからです。むしろ、完全に独立した国家としての地位を固め、国境コントロールをはじめ、主権国家としての権限を自立的に行使し得る状態とした方が、イスラエルによる一方的なパレスチナ国に対する侵害を止めることが出来ます。ユダヤ人は、‘ホロコースト’の経験から自らの権利を護るためには国家を持つことが必要不可欠であると痛感したとされますが、今日にあっては、パレスチナ国こそ、この必要性を強く感じていることでしょう。
なお、経済同盟の目的が、ユダヤ人による定住アラブ人に対する償いであったとすれば、恒久的な財政移転を意味する経済同盟の解消に際して、ユダヤ人は、同決議によって事実上土地を譲ることとなったアラブ人国家に対し、均衡の原則に基づいて補償金を支払うべきかもしれません。取引条件が公平であり、双方が満足するものであり、かつ、それが法的な契約として確立していれば、その後、紛争を招くことはないからです(つづく)。