世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。
陸自連隊長は注意処分 日米同盟関係発言問題(朝日新聞) - goo ニュース
北沢防衛大臣が陸自連隊長に対して注意処分を行ったことは、図らずも、これまで意識されてこなかったもう一つの安全保障の危機を浮き彫りにしたのではないかと思うのです。それは、シビリアン・コントロールが、政治家による外患誘致の手段となる可能性です。
昨年12月に、大訪中団を結成して訪中した小沢氏は、胡主席との会談に際して、”私は、人民解放軍の野戦司令官”と発言したと報じられています。この発言は、もし、小沢氏が首相に就任することがあれば、自衛隊が、中国の人民解放軍の指揮命令系統に取り込まれるか、あるいは、日米同盟に拘わらず、人民解放軍に内部から呼応する可能性を示しています。すなわち、いざ、侵略を受けて戦闘状態に至った場合、首相は、国防の義務を放棄し、”人民解放軍”の司令官として、自衛隊に敗戦を命じるかもしれないのです。孫子の兵法に従えば、中国側が闘わずして勝つことになりますが、このような事態は、許されるのでしょうか。軍隊が、国家や国民を守るのではなく、政党や政治家の”私兵”となる可能性もあるのですから、自衛隊を政治家のみに任せてよいのか、あるいは、自衛隊は、首相の国防義務放棄命令に従う義務があるのかという、重大かつ微妙な問題が生じるのです。
シビリアン・コントロールとは、軍隊が、独自の判断で行動することを抑止するための制度であり、この意味において、尊重すべき原則です。しかしながら、この原則には、政治家による外患誘致には対処できないという重大な欠点があるのです。首相や政治家による国家と国民に対する背信行為を防ぐにどうすべきか、我が国は、新たなる問題に直面していると思うのです。
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米4州知事がトヨタ擁護 議会に書簡「批判は不公平」(朝日新聞) - goo ニュース
トヨタに対する非難の嵐がおさまらぬなか、トヨタ社の工場があるアメリカの4州の知事が、トヨタ擁護の書簡を議会に送ったと報じられています。
80年代以降、ジャパン・バッシングを回避するために、日本企業は、貿易相手国の国内に工場を建設するともに、ローカル・コンテンツ法を遵守して、現地での部品調達に努めてきました。ジャパン・バッシングが収束に向かったのも、政府間のプラザ合意のみならず、日本企業が貿易相手国の雇用に配慮し、相互利益を追求したことにもよります。アメリカの州知事の方々の擁護も、この努力の現れとも言えましょう。
一方、80年代の我が国と同様に、現在、貿易摩擦を起こしている中国は、日本企業と同様の行動をとることができるのでしょうか。答えは、NOなのではないかと思うのです。何故ならば、”世界の工場”として、”世界の雇用”を飲み込むことが、中国の経済成長の原動力であるからです。中国が震源地である現在の国際貿易の不均衡問題は、80年代の日本国の場合より、深刻なのではないかと思うのです。
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【すぽーつサロン】誰が「横綱の品格」を問えるのか(産経新聞) - goo ニュース
お相撲を含めて、力を競うスポーツの選手は、ある意味において、”人間凶器”という側面があります。何故ならば、人一倍、腕っ節の強い選手が、普通の体格の人に暴力を振るえば、命のかかわる大けがを負わせることになりかねないからです。
ですから、スポーツマンとしての最低限のモラルは、競技の場外においては、自己の力が他者に危害を加えないよう、自らをコントロールすることです。そうして、この態度こそが、強き者の品格の一部と言えるのかもしれません。この点を考えますと、朝青竜が引退に追い込まれた理由とは、自らの力を土俵の上の相手力士ではなく、一般社会の人に向けたことなのではないでしょうか。力とは、使う場所を間違えますと、傷害の罪という犯罪にさえなってしまうのです。
スポーツの世界で認められている力を一般の社会で行使しますと、それは、簡単に暴力に転じます。横綱の品格とは、力の自己抑制であることを、この事件は物語っているように思えるのです。
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米酷評「トヨタのおわび」 「懸念鎮めるにはほど遠い」(産経新聞) - goo ニュース
トヨタのプリウスを始めとして、アメリカでは、日本車のリコールが相次いでいるようです。各国のマスメディアの扱いもことの他大きく、米下院公聴会への豊田社長の出席も求めらたとも報じられています。
この状況を放置しますと、政府や世論の過剰な非難が、かつての”ジャパン・バッシング”のように、トヨタのみに留まらず、全般的な日本製品叩きに発展しかねません。これまでのところ、日本国政府は、メーカー側に対応を任せているようですが、政治レベルで非難されている以上、日本国政府もまた、事態の鎮静化に協力すべきなのではないかと思うのです。アメリカ政府は、常に、自国の企業を保護する姿勢を貫いてきましたし、プリウスのブレーキの不具合を問題視したのも、自国の消費者の安全性を慮ってのことです。日本国政府もまた、今後の自国企業の利益と国民の雇用を守るためにも、不具合についての事情説明や今後の改善について、アメリカ政府と協議の場を設け、信頼の回復に努めるべきなのではないでしょうか。
トヨタのリコールについては、対応が遅れたことも非難に拍車をかけましたが、日本国政府もまた、この件については反応が遅いようです。将来の日本経済にも関わる重要な問題なのですから、信頼回復のための対策を急ぐべきと思うのです。
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続投宣言の小沢氏、米大統領との会談にも意欲(朝日新聞) - goo ニュース
鳩山首相は、空想の世界を遊泳するような現実感のなさから、宇宙人とう異名をとってきました。小沢氏は、首相とは別の意味で、現代という時代に生きる人ではないように思えるのです。
小沢氏の現実離れとは、その著しい時代錯誤と露骨で粗野な行動パターンにあります。辻褄の合わない説明をすれば、誰もが怪しむのが当然であり、それでも、権力を傘に潔白を主張するとしたら、それは、一種の暴力主義です。国民の理性や判断力を、力で曲げようとしているのですから。オバマ大統領との会談の要求も、大国の権威を利用したい氏のあからさまな権力欲の表れでもあります。氏の行動は、分かりすぎるぐらい自己中心的であり、露骨なのです。
複雑化した現代において、氏は、洗練された現代の政治家とは程遠く、あたかも、原始時代の人のようです。宇宙人と原始人が同居している民主党政権は、現実から離れて、一体、どこに向かおうとしているのでしょうか。
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小沢幹事長夫妻の総資産19億円 6都県に8件の不動産(共同通信) - goo ニュース
国会議員資産公開法に基づいて公表された小沢氏夫妻の総資産は、19億円に上ると報じられています。この報道と、政治資金規正法違反に関する氏の供述を照らし合わせてみますと、どうやら資金管理団体では、政治家の政治活動の資金と個人資産とが混同できる仕組みのようなのです。
不動産取得の原資となった4億円については、小沢氏は、供述を変えながらも、基本的には個人財産であったことを強調していました。この発言が事実であるとしましても、今度は、政治資金の公私混同という大問題が発生します。もし、政治家が、自由に個人資産と政治資金団体との間で資金を動かすことができるとしますと、寄付や献金でさえ、政治家の懐に入ることも可能ということになります。実際に、公開された19億円の中には、「陸山会」が購入した沖縄県の辺野古周辺の土地も含まれているようです。
資金管理団体が、政治家によるマネー・ロンダリングや蓄財の隠れ蓑になっているようでは、本末転倒です。政治とお金の問題を解決するためにも、小沢氏が、どのようにして資金管理団体を利用し、資金操作を行ったのか、徹底的に解明すべきと思うのです。
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小沢幹事長 不起訴でも厳しい国民の視線(読売新聞) - goo ニュース
昨年、西松建設事件が発覚してから、国民の多くは、小沢氏には数々の疑惑があることを、ようやく知るようになりました。検察の可視化法案が検討されていますが、一連の事件によって、”可視化”されたのは、小沢氏の野望と怪しげな行状であったのではないかと思うのです。
それ以前における小沢氏は、古いタイプの利権屋であり、剛腕をふるう”闇将軍”とは評されましたが、これ程までに危険視はされていなかったかもしれません。しかしながら、民主党政権の発足によって、小沢氏が、幹事長として表だった行動をとるようになると、そこには、一連の疑惑と密接に結びついた政治的な野望が見え始めたのです。もちろん、それは、”国民のための政治”とは程遠く、自らへの権力の集中を意図したものであり、かつ、国権の私物化ともいうべき危うい行動でした。政治資金規正法違反の件では不起訴となっても、政治家としてあるまじき権力濫用の責任が問われているからこそ、国民の多数は、小沢氏の辞任を求めているのではないでしょうか。
民主党の幹事長を辞任しても、国会議員である限り、小沢氏は、院政を敷くのではないかとも懸念されています。”闇将軍”が闇に戻り、再び”不可視化”されては国民の不利益となりますので、一切の影響力を排すべく、政界からの引退すべきであると思うのです。
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小沢氏、訪米も大名行列?5月の大型連休中に(読売新聞) - goo ニュース
昨年12月に小沢氏が大訪中団を結成した意図は、中国との親密な関係を内外に誇示することで、自らの権力基盤を強化することにあったと噂されています。この時代錯誤のパフォーマンスの結果、あたかも朝貢使節の如き構図となり、国内世論から属国化を懸念する激しい非難を浴びたことは、記憶に新しいところです。
かくも小沢氏は、自らの権力掌握のためには手段を選ばず、国家の独立性さえも犠牲にすることを厭わないわけですが、今回の訪米団もまた、小沢氏は自己の野望のために利用しそうなのです。第一に、あたかもアメリカからお墨付きを得たように振舞うことで、一連の疑惑に対する批判を封じることができると踏んでいるかもしれません。第二に、今度は、中国ではなく、アメリカの国力を背景に、国内において剛腕を振るおうとする可能性もあります。また、第三に、民主党の議員に対して、訪米団の参加を強要することで、党内の引き締めを行うかもしれません。
小沢氏の権力欲の犠牲になるのは、日本国であり、日本国民です。この権力亡者の暴走を止めなければ、我が国の損失は計り知れないと思うのです。
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秘書の嘆き今回も、不満の声・説明求める声(読売新聞) - goo ニュース
三人の秘書が逮捕されながら、自らは”知らぬ存ぜぬ”で逃げおおせ、不起訴となった小沢氏。真っ先に部下を見殺しにして自分だけ逃げたようなものですが、こうした無責任で冷酷な行動をとった小沢氏は、どのような末路を辿るのでしょうか。
小沢氏は、自分だけは、起訴を逃れることができたと安堵しているかもしれません。しかしながら、この展開を目の当たりに見た秘書や部下の人々は、やがて小沢氏から離れてゆくのではないかと思うのです。忠実に仕え、氏のために違法行為にまで手を染めながら、いざとなれば冷たく見捨てられる、となれば、誰も、こうした上司に仕えたいとは思いません。明日は我が身であり、身代りに罪をかぶせられるのが”おち”であるからです。秘書や部下、あるいは、取り巻き?にも逃げる自由はあります。我慢して身の破滅を待つ必要などないのです。
それでも小沢氏についてゆく人がいるとしましたら、それは、小沢氏と同類の利己主義のメンタリティーをもった人なのかもしれません。そうして、そういう人ほど、小沢氏が失脚した途端に、手のひらを返すように、小沢氏など”知らぬ存ぜぬ”、と言い張るものなのです。悪い上司の見本のような不徳な人物が、政治を牛耳っているとしますと、これほど、日本国にとって不幸なことはないと思うのです。
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参政権で亀井金融相「民族感情を刺激も」(産経新聞) - goo ニュース
外国人への地方参政権付与法案には、既に数多くの問題点が指摘されています。この法案にまつわる問題点の一つとして、本日は、”民族政党”の問題を挙げてみたいと思います。
政党とは私的な集団か、それとも公的な集団か、という論争が長らく続いてきたために、我が国には、政党について包括的に規律する法が存在していません。唯一、政党助成法がありますが、この法律の目的は、助成金の交付についての規定を定めることにあり、政党の設立条件を定めているわけではありません。ちなみに、政党助成法でいう”政党”は、国会の両院で一定数の議席を持つ政党に限定されています。しかしながら、もし、地方レベルとはいえ、外国人にも参政権が付与されるとしますと、外国人の組織が、政党を設立するということが、あり得るのではないかと思うのです(帰化した人を候補者にすれば、事実上、被参政権も可・・・)。例えば、既に民団などが存在していますので、こうした組織は、簡単に”民族政党”に衣替えする可能性があります。しかも、全国レベルの組織ですので、地方といえども、政治に一定の影響力を及ぼすことが予測されるのです。
民族紛争を経験した諸国や多民族国家のなかには、民族や部族を単位とした政党の設立を憲法で禁じている国もあります。もし、民族集団が政党化すれば、亀井氏が指摘した以上に、政治に民族対立が持ち込まれる可能性が高くなります。やはり、外国人参政権は、内政干渉を呼び込むと共に、政治的な混乱の元になるのではないでしょうか。
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民主が代表質問せぬ理由…「僕らは皆同じ気持ちだから」(朝日新聞) - goo ニュース
議院内閣制にあっても、議会は政府に対して自立的な立場にありますので、民主党が、国会において代表質問をパスすることは、異例の事態と言えます。その言い訳が、”僕らは皆同じ気持ちだから”となりますと、何やら全体主義を彷彿させるのです。
同じ気持ち”発言は、民主党内部において言論統制が徹底されていることの表れでもあります。本来、人それぞれ考え方は違うものですので、党員が全員、”同じ気持ち”のはずはありません。政治というものが、自由闊達な議論の上に成り立っていることを考えますと、党内を同一の思想で染め上げている民主党は、政治ではなく、統制を旨としているようです。しかも、政府と政党が一体化し、法案や政策をめぐる政府と議会との対話もなし、なのですから、我が国の政治の停滞は目に見えています。
現在、我が国を覆っている息苦しさは、民主党政権が醸しだす閉塞感にあるのではないでしょうか。小沢幹事長を庇おうとするばかりに、我が国の政治を犠牲にしているとしますと、これは、罪深いことと思うのです。
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日中歴史共同研究 教科書に影響も 「盧溝橋事件」「南京事件」歩み寄り(産経新聞) - goo ニュース
日中歴史共同研究では、日本側の中国側への歩み寄りが随所に見られたと言います。”未来志向”のはずが、共同研究が進めば進むほど、我が国もまた、過去の時代にタイム・スリップしいそうなのです。
そもそも、日中の間では、歴史そのものに対する捉え方が違っています。大陸の歴代王朝が、前王朝の史書を編纂してきたように、歴史とは、時の権力者が自己の正当性を主張するために編まれたものです。自己正当化が目的なのですから、歴史研究は、政治的な配慮によって、常に曲げられる運命にあります。現在、中国は共産党政権ですので、歴史もまた、共産党に都合がよいように歪曲されているのです。一方、近現代の歴史学は、政治とは距離を置き、客観的な立場からの実証研究が重要視されるようになりました。我が国の立場も後者にあり、学問の自由の下で、様々な角度からの歴史研究がなされています。
今ではマルクス史観も一つの見解に過ぎず、中国の歴史研究の態度は、過去の遺物とも言えます。にもかかわらず、日本国政府が、中国に歩み寄るとしますと、自らも過去の世界に足を踏み入れることになってしまうのではないでしょうか。日中共同研究の報告書は、決して”国定”と見なしてはならず、反証可能なひとつの見解として捉えるべきと思うのです。
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「小沢法案」に暗雲…国会改革、外国人選挙権(読売新聞) - goo ニュース
特定の政治家の私的な利害関係によって法律が制定されることは、民主主義国家では、あってはならないことです。何故ならば、立法権は、国民のためではなく、この特定の政治家のためにあることになるのですから。
民主党の小沢幹事長をめぐる政治資金規正法違反事件は、我が国の民主主義の危うさをもあぶりだしてしまったようです。この事件をきっかけとして、「外国人参政権付与法案」といった、小沢氏が率先して推進してきた法案の行方も、俄かに不透明となってきたからです。このことは反面、国家や国民の命運を左右する重大な法案が、一人の政治家の手に握られていた現実を、図らずも明かすことになりました。つまり、民主党政権下における政治が、衆議院選挙に際して連呼された”国民のため”ではなく、”小沢氏のため”であったことが、はっきりしたのです。国民の誰もが望んでいない法案を、一人の権力者が可決を強要するとすれば、それは、民主主義ではなく独裁です。
小沢氏が関連する一連の事件は、我が国の政治に大きな教訓を残しそうです。政治とは、国民の見えないところで腐敗するものであり、権力欲に憑かれた一人の野心家の登場は、国家の存立基盤さえ危うくするということを。国民が政治に無関心であり、政治の透明化をはかる努力を怠れば、やがてその災難は、国民に降りかかり、民主主義は泡と消えてしまうかもしれないのです。
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