うちの父はカラスの行水でした。小さいころ、たまに父と風呂屋さんに行くと、「あれ、もうお父さん、出てしまうの?」と、不思議な感じがしたものでした。
父は、会社から帰ってくると、いつもホカホカのお風呂帰りみたいな感じだったし、ヘアトニックとかつけてたのか、ムンムン匂わせながら家に帰って来たものでした。
父が帰ってくる時間というのは三通りあって、朝の七時ごろと、お昼の二時ごろと、夜の九時ごろだったでしょうか。昔の父の日記を打ち込んでたら、ああ、そういうふうに過ごしてたんだなと改めて思ったりしました。
三交代で、朝いちばんと、昼からと、夜勤の三通りがあって、仕事の終わりは、お風呂に入り、そのままホカホカで帰って来てたんです。
うちの家は、父の仕事場から歩いて十分くらいだったろうか。遠くから通勤している会社の同僚とは全く違っていて、通勤がそんなで、もう少し仕事がしたかったりしたら、毎日のようにパチンコに出かけ、どこどこでは出た。はしごしたどこどこはダメだったと、丁寧に父は記録していて、どれだけ儲かったかは記録は残してないけど、そんなに大勝負ではないのでしょう。ささやかな勝ったり負けたりだったはずです。
ほとんど毎日、会社でお風呂に入るので、家族は風呂屋さんに行くけれど、父はめったに行かなかったのです。たまの休みの日に、息子と一緒に風呂屋に行く。けれども、会社でのお風呂とは違って、ゴチャゴチャして落ち着かなかっただろうし、イラチ(短気)なところもあった父のことですから、子どもは置いておいて、サッサと上がることもあったようです。
そんな父ですから、家でお風呂に入るようになっても、相変らず短くて、それはケチなところもある節約家でもあるし、余計なガス代もかかるし、サッと熱い湯に入り、サッと出てくるという生活を続けていました。
それが、孫たちができてから、ということは、会社も引退してからです。孫たちとたまには近所のお風呂屋さんでみんなで入ろうという時、あれこれして長風呂になったところで、フラフラーっと意識が遠くなって、倒れたことがありました。それが一回だけではなくて、二回くらい? 救急車を呼んだ時もあったかもしれない。
そういうのが、油断すると時々起きて、たまたまカゴシマの指宿の公衆浴場に親戚のものと一緒に行った時、ここでもフラフラと意識がなくなったことがあったそうです。
ボクは思うんです。
うちのお父さんは、あまり長風呂するのは好きではなかったし、すぐにカーッとなってしまう体質だったんだろうなって。
でも、うちのお父さんは、家族みんなでワイワイするのは好きな人で、自分がそんなにはしゃいだり、ギャグをいったり、お説教を垂れたり、そんなことはしないんですけど、いつも淡々とすることをするだけなんですけど、でも、みんなが楽しく入っているのなら、自分も適当にみんなに合わせてみるか、という気持ちにもなったと思うんです。少し無理してしまうところはありました。
そんなこんなしているうちに、「あれ、何かホカホカしすぎるし、心臓もトクトクするし、何かしんどいぞ」と思ったら、意識が急になくなっていく、そういうことがあったみたいです。
ああ、お父さん、自分のペースで、自分のやりたいようにやってたら、体もしんどくならなかったのに、無理しちゃうんだもんな。それも、お父さんなんですけど、お父さんは、わがままに生きていかなきゃ! と、今さらながら思います。
何度も、何度も風呂屋でフラフラになり、意識がなくなった父、ボクは、これから父のようなところも引き継ぎながら、変に無理するところもあるんですけど、なるべく無理しないで、すぐに弱音を吐いて、「イヤだ、やりたくない」「ああ、もうしんどい」と、まわりを見ながら言えるようになりたいです。
そして、「ああ、また、わがまま言ってる」「もう、仕方ないなあ」と思われるようになりたい。そうなれば、自分の体に無理なく生きていけますか。
いや、時には頑張ろう。「あれ、あの人どうしたの?」と驚かれるのも混ぜながら、変てこな人間として、変てこな道を歩いていきます!