江戸時代の各地の歌を集めた本を読んでいます。まだほんの少しだけです。
そして、うちのお父さんに出会いました。うちのお父さんは、時々、芝居がかって変なこと(フレーズ)を口にすることがありました。私たち家族は、あまりそこは突っ込まないで、ただ面白いものだなと聞いていました。そこを、それはどういう意味? と、ちゃんと訊いていたら、話が深まったのに、よくわからないながらスルーしてしまっていました。残念でした。
あわれ石堂丸やな……! と聞くと、あら、お父さん、身の不運を何となく芝居がかって言ってみて、それで気を紛らわしているのかな。みたいに聞いていましたね。ストレートに「ああ、仕事か」とか、「それはイヤだよ」なんて父は言わない人でした。歌に託していたんですね、少しでも気分が軽くなるように。
他には、何か思い出すのがある? と思うと、そんなのはなかったと思っていました。ところが、『山家鳥虫歌』という本には、ちゃんと父のセリフが載っていました。あら、お父さん、こんな風に歌ってたんだねとうれしくなりました。十何年ぶりに父の言葉を聞いたようにうれしくてニコニコしてしまった。
朝は朝星(あさぼし)夜はまた夜星(よぼし) 昼は野畑の水をくむ
この歌の最初のフレーズ、これは父がお仕事に向かう時の気持ちをうたう時のものでした。メロディはありません。朗詠調・詠嘆調に声に出してみるのです。
朝仕事に行く時は、まだ早いから明けの明星が見える。そこからずっと働いて、おうちに帰る時は宵の明星が浮かんでいる。朝も早いし、夜までびっしり働く。昼間は、農業だったら畑の世話をする。普通の仕事だったら、仕事場にいて空も見ないで働く。空は、ふと何かから解放されたくて見上げることが多いのです。
スズメも歌が好きだそうで、いろんな場面で歌でコミュニケーションをするということですが、古い日本の人たちはずっと、歌で生活の場面を彩っていたんです。うちの父も細々と歌をうならないで、淡々と生活にリズムをつけていました。
私は、どれだけ歌を生活に生かせているのか、少し自信がないですね。こんなのもありました。
声はすれども姿は見えぬ 君は深山(みやま)のきりぎりす
自然を歌ったものなんでしよう。でも、うちの父はアレンジ版です。
音はすれども姿は見えず ほんにお前はへのような
「へ」のようなではなくて、本物の「へ(オナラ)」なのですが、それを歌にして、その人をからかうのです。自分はオナラをする人ではなかったから、母や子どもたちのオナラに対して歌を与えてあげるんです。
何となく、古代の日本人が、くしゃみをしたら、魔物がとりついてるから、その魔物に対して「くそはめ(クソくらえ)」「くっさめ」と何度も繰り返したみたいに、いろんな自然(整理)現象に言葉を与えることをしていた、ああいう言葉を信じる人々的な生き方だったようです。
私は、そういう声かけができているのかどうか。クシャミする人がいたら、「花粉かな?」、家族に対しては「クスリ飲み!」とか、声かけしているけど、歌にできてないですね。
日常の歌の復権をしていかなくちゃいけないな。こもった声しか出ない私ですけど、少しでもみんなに軽やかな気持ちになれるようにしたいです!