山形Qの第39回定期演奏会に演奏する予定のB.H.クルッセルのクラリネット四重奏曲第2番 ハ短調 Op.4は、山形Qの初陣第1回定期演奏会で取り上げた曲です。山形Qは、定期演奏会では常に初めて演奏する曲をプログラムで組んできましたが、結成10年を過ぎそろそろ再演したい曲を定期演奏会で取り上げても良いのでは?という意見を取り入れてみました。
この作曲家は、フィンランドに生まれ12才の時に軍楽隊のクラリネット奏者になり、軍楽隊の移動と共にストックホルムに移りました。1793年、18才の時に宮廷音楽家になりました。作曲はゴセックに学んだそうです。
11鍵のグレンザークラリネット(これはクラリネット奏者に質問しても詳細はわかりませんでした)を使って、名手として名をはせたそうです。1818年にストックホルムのゴセック協会のメンバーになって他の作曲家達と交流を深めて、作品を発表していたようです。
この作曲家は第1回の定期演奏会の時に、プログラムノートを書くのに困ったくらい実は情報があまりありません。ニューグローヴ世界音楽大事典にも少ししか説明がなくて・・・・・。
要するにクラリネットの名手だった作曲家が、クラリネットの作品を書いてそれが後世まで残ったというような事ですかね?と乱暴に書いてしまっては作曲家に申し訳ないです。B.H.クルッセルは語学が堪能だったようで、仏・独・伊に通じていたために、スウェーデンでのオペラ舞台用に主要なものを翻訳したそうです。
そのためか、室内楽も協奏曲もクラリネットの作品ながらイタリアなどの歌劇から影響を受けたであろう歌心満載の作品になっています。
1838年にスウェーデンのストックホルムでその生涯をとじました。
この作曲家について詳しい人がもしいたら、色々ご教授下さいませ。
この作曲家は、フィンランドに生まれ12才の時に軍楽隊のクラリネット奏者になり、軍楽隊の移動と共にストックホルムに移りました。1793年、18才の時に宮廷音楽家になりました。作曲はゴセックに学んだそうです。
11鍵のグレンザークラリネット(これはクラリネット奏者に質問しても詳細はわかりませんでした)を使って、名手として名をはせたそうです。1818年にストックホルムのゴセック協会のメンバーになって他の作曲家達と交流を深めて、作品を発表していたようです。
この作曲家は第1回の定期演奏会の時に、プログラムノートを書くのに困ったくらい実は情報があまりありません。ニューグローヴ世界音楽大事典にも少ししか説明がなくて・・・・・。
要するにクラリネットの名手だった作曲家が、クラリネットの作品を書いてそれが後世まで残ったというような事ですかね?と乱暴に書いてしまっては作曲家に申し訳ないです。B.H.クルッセルは語学が堪能だったようで、仏・独・伊に通じていたために、スウェーデンでのオペラ舞台用に主要なものを翻訳したそうです。
そのためか、室内楽も協奏曲もクラリネットの作品ながらイタリアなどの歌劇から影響を受けたであろう歌心満載の作品になっています。
1838年にスウェーデンのストックホルムでその生涯をとじました。
この作曲家について詳しい人がもしいたら、色々ご教授下さいませ。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます