廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

ダイナ・ショアは素晴らしい

2019年04月27日 | Jazz LP (Vocal)

Dinah Shore / Dinah Sings, Previn Plays  ( 米 Capitol T-1422 )


私が唯一聴かないジャンルが、白人の美人女性ヴォーカル。 私はゲイではないし、クラシックの女性声楽は好んで聴くし、TVの歌番組も女性アイドルが
歌う箇所しか観ないから、白人美人女性自体が嫌いということではなく、単純に音楽としての魅力を感じないからなんだろうと思う。 なぜ魅力を感じない
のかは自分でもよくわからない。

但し、単発でこれはいいと思うアルバムはもちろんあって、このダイナ・ショアのアルバムはその1枚。 彼女のいいところは、色香の押し売りをしない
清楚さ。 一歩引いたところに立って、素直な発声で普通に歌う。 その自然さが音楽を際立たせるから、こちらもいつの間にか聴き入ってしまう。
「私を見て!」という感じで迫ってこないから、こちらがもっとよく見ようと近づいていく感じになるのかもしれない。

副題にもあるように、真夜中に静かにそっと歌われるような雰囲気のアルバムで、とても素晴らしい。 何より、アンドレ・プレヴィンとそのトリオの
抑制が効いた演奏が圧巻。 必要最小限の音数と音量でダイナ・ショアに寄り添う。 どちらも雰囲気だけでやり過ごすのではなく、圧倒的な力で音楽を
知的にコントロールしているからこそ、の仕上がりが心を打つ。 そういう意味では、単なるヴォーカル作品というよりは、緻密に演奏されたインスト
アルバムの質感に通じるところがある。 そういうところに惹かれるのかもしれない。


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優しい歌声

2018年07月15日 | Jazz LP (Vocal)

Nat King Cole / Where Did Everyone Go ?  ( 米 Capitol W-1859 )


ボーカルのアルバムの出来を左右するのは、歌手の歌唱よりもバックの伴奏だ。 それはただの添え物ではない。 その歌手が好きでそのアルバムを手に
取るのだから、歌手への評価はその時点でクリアしている。 その歌唱を生かすのも殺すのも、それはバックの演奏の出来いかんによる。
そういう意味では、キャピトル・レーベルのレコードの場合、バックがゴードン・ジェンキンズのオーケストラであればまず間違いない。

恋を失った男の孤独を歌った曲を集めて、インディゴ・ブルーのジャケットでパッケージしたこのアルバムは、ナット・キング・コールの数多いアルバムの中では
あまりに地味過ぎて埋もれてしまっている。 ネルソン・リドルのような派手で目立つ伴奏ではないことも影響しているかもしれない。 でも、晩秋を想わせる
デリケートでスマートなこのオーケストラの伴奏じゃなければ、ここに集められた哀しい歌は歌えないだろう。

ナット・キング・コールの声質は基本的には明るいトーンで、本来的にはメジャーキーの曲に向いている。 彼が歌えばどの曲もマイルドなテイストになる。
そしてマイナーキーの曲を歌えば、深刻に成り過ぎることなく、ほんのりと優しい色調へと落ち着く。 このアルバムもシナトラが歌っていればかなり沈鬱な
内容になっていただろうと思うけど、ナット・コールの優しい表情のおかげで音楽が沈み込むことなく、しみじみと聴かせるバラードアルバムになっている。


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サラ・ヴォーンとチャーリー・パーカー

2018年03月17日 | Jazz LP (Vocal)

Sarah Vaughan / Hot Jazz  ( 米 Remington RLP-1024 )


昔は幻の1枚として高額だったこのレコードも、今じゃ立派な安レコ。 現代においてはもはや「稀少」や「レア」という言葉は本来の意味が機能として
失われている。 そして、ジャズ創成期を支えた大物たちは徐々に忘れられつつあるのかもしれない。 

長年続けられた過去の名盤ばかりを有難がる風潮に飽き飽きした反動で現代ジャズを称える動きが出ているのはいいことだけど、そこでも実態以上の
過剰な称賛がちらほら出るようになっていて、反動としてのモーメントの大きさがそうさせていることは理解できるけど、違和感を覚えることも少なくない。
一線を越えるとクラブ・ジャズや欧州ジャズのような末路を辿ることに成り兼ねないから、適切なコントロールの下に進行してくれるといいと思う。
まあ、たまにはこういう古い音楽も聴いて、バランスを取ることも必要なんじゃないだろうか。

1944年12月31日のセッションと1945年5月25日のセッションの2つの音源が収録されていて、特に後者はパーカーが参加している重要な音源だ。 18歳だった
彼女がアポロ劇場のアマチュア発掘コンテストで賞を取ったのが1942年の秋だから、プロの歌手としてスタートして間もない時期の歌唱ということになる。

フレーズ回しにはまだ未熟さが残っているけれど、この時期の彼女の伸びやかで清楚な声質は素晴らしく、私が最も好きな女性歌手としてのサラ・ヴォーンの
一番好きな時期の歌が聴けるのが嬉しい。 そして、"Mean To Me" で鳴るチャーリー・パーカーの野太いソロも素晴らしい。 それは尺としては短いけれど、
その存在感やインパクトは圧倒的で、今風に言えば「神アルト」ということだ。

当然SP録音で、LP10インチになった時にはジャケットが紙ペラのものや厚紙のもの、レーベルもコンチネンタルやレミントンなどが使われていて、
装丁としては数種類ある。 ただ、どの装丁であっても40年代の録音であるということが足を引っ張ることなく音質は良好で、音楽の素晴らしさを
ありのまま享受できる。


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深淵を覗き込むような感覚

2017年12月16日 | Jazz LP (Vocal)

Nina Simone / At Town Hall  ( 米 Colpix CP 409 )


無条件に心を揺さぶられる歌声がここにある。 聴いていると、真っ暗な深淵の縁に立って中を覗き込んでいるような錯覚に陥り、何だか恐ろしくなる。
ヴォーカルには稀にこういうアルバムがあるから怖い。 ジャニスにしてもグルヴェローヴァにしても、女性ヴォーカルはちょっと怖い世界だと思う。

ニーナ・シモンはピアノの演奏もヴォーカルに負けないくらい凄くて、ピアニストとしても食っていけただろう。 その歌声があまりに凄すぎて、ピアノの腕が
目立たないけれど、このライヴでは彼女のピアノもしっかりと聴くことができる。 そこにはリヒテルを聴いて受ける衝撃と似たものを感じるだろう。

この音楽が持っている重さは我々の日常生活の軽さとはなかなか相容れず、バランスを取ることが難しくて身近に置いておくのは容易ではないかもしれない。
でも、こういう本物でしか心が満たされない時間というのは必ず訪れる。 そういう時、音楽でしか癒されない類いのものがあるんだということがわかるのだ。

ニーナ・シモンの音楽はそういう音楽だと思う。 趣味の世界、などというような甘えた言葉の中に彼女の居場所はない。 最初から住む世界が違う。
これは日常的に聴いて愉しむというよりは、暗く冷たい地下室の中で静かに寝かされて出番を待っている旧いワインのボトルのように、然るべき時に
封を解かれるのが一番相応しいレコードかもしれない。 


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クリスマス・レコードを愉しむ

2016年12月24日 | Jazz LP (Vocal)

Dick Haymes / Christmas Songs  ( 米 Decca DL 5022 )


クリスマス関連のレコードは愉しい。 見かけると、なぜか嬉しい気持ちになってしまう。 特に、こういう古いレコードの方がクリスマスの雰囲気には
似つかわしい。

ディック・ヘイムズのこの10インチにもクリスマスの厳かで、それでいて親密な雰囲気が詰まっていて、ターンテーブルに載せてゆっくりと回転し出すと、
窓の外で雪が降っていなくても、暖炉で薪がパチパチと音を立てて燃えていなくても、部屋の中はクリスマスのムードに包まれる。 音楽の力はすごい。

クリスマス・ソングは男性ヴォーカルの方がしっくりくる。 ビング・クロスビーやナット・キング・コールの歌のイメージのせいかもしれないし、もともと
キリスト教が男性中心の物語だからかもしれない。

このレコードも本当は稀少盤で、お金を出せば買えるという類のレコードではない。 30数年の猟盤生活で2度目の邂逅。 それなのに、540円也。
神様に叱られそうな値段だ。




Bing Crosby, Danny Kaye, Peggy Lee / Irving Berlin's White Christmas  ( 米 Decca DL 8083 )


1954年公開の映画 "ホワイト・クリスマス" の中でビング・クロスビーとローズマリー・クルーニーがデュオで歌い映画はヒットしたが、クロスビーはデッカ専属、
ロージーはコロンビア専属ということで映画のサントラが作れなかったため、デッカがペギー・リーをロージーの代役にして同年に作成したアルバム。

ホワイト・クリスマスと言えばビング・クロスビーだけど、定番の白いジャケットのもの以外にもこういうレコードも作られているということで今回はこちらを採用。
独唱も素晴らしいが、デュオで歌われるヴァージョンも同様に素晴らしい。 アメリカ音楽の良心が詰まっている。

これも一連の安レコ買いの中で拾ったもので、980円。 今年のクリスマスは心もお財布も暖かい。


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Low Price Goes On

2016年11月26日 | Jazz LP (Vocal)

Sarah Vaughan / Sings George Gershwin  ( 米 Mercury MGP-2-101 )


新宿に寄るとロー・プライス品がたくさん出ていて、楽しい漁盤ができた。 買おうと思う盤自体たくさん混ざっているわけではないけれど、パタパタと
めくっていくだけで無条件に楽しい。 一通りチェックし終えて改めて店内をぐるりと眺めてみると、レコードって本当にたくさんあるなあ、と思った。
自分に引っかかるものや実際に買えるものはごく僅かだけど、それでもたくさんのレコードたちがこうやって棚の中で見染められるのを静かに待っている
様子はどことなく愛おしい。 営業時間が終わり、部屋の灯りが消え、従業員がみんな帰った後、レコードたちは何やらヒソヒソと話しをしているのかも
しれない。 「今日も誰にも手に取って貰えなかったよ」「もうちょっとで買って貰えそうだったんだけどなあ、残念」とかね。

サラのこのレコードもずいぶん久し振りに見かけたような気がする。 最近はこういう古い歌物は人気がないようで、全然流通しなくなった。
おかげで出てきた時には二束三文の投げ売り状態になっているから、その中から丁寧に拾っていくのだ。

マーキュリー時代のサラはキャリアの中でも安定期で、レコーディングもたくさん行ったし、歌唱も極めて安定していた。 こういうスタンダード作品も
まだ需要があった時期だし、レコードもたくさんプレスされた。 だからレコードは珍しくもなんともないので、また今度でいいや、と後回しにしがちになる。

高級シルクのように上質でリッチなオーケストラの演奏をバックに、深みのある澄んだ声で丁寧に歌い継がれていく。 2枚組というボリュームなのに
飽きることなく聴き通せるのは、サラの歌がただただ素晴らしいからだ。 歌い方もオケの演奏も本当に丁寧だし、録音が抜群にいい。 部屋の中いっぱいに
鮮度の高い音楽が拡がる。 ジャケットのインディゴ・ブルーのイメージ通りの素晴らしい内容に時間を忘れて聴き惚れてしまう。

こんなに満ち足りた内容なのに、1,296円。 なんだか申し訳ない。




Dick Haymes / Souvenir Album  ( 米 Decca 5012 )


白人クルーナーの雄としてビング・クロスビーと人気を二分したディック・ヘイムズのデッカの10インチは昔はまったく手に入らず稀少盤だった。
このレコードも存在は知っていたけど、現物を見たのはこれが初めてだ。 SP音源の33回転での切り直しで、古い真空管ラジオから流れてくるような
何とも言えない雰囲気が味わえる。 

シナトラがトミー・ドーシー楽団から独立する時に自分の後任に推薦したのがこの人で、シナトラよりも低音域で歌う本格派のクルーナーとして鳴らした。
デッカと契約していたのはSP期だったので、この時期に録音された歌のLPは10インチしか出ていない。 

こういう古い音楽は純粋に大衆が愉しむために作られているので、ややこしい話抜きに愉しめる。 1日の仕事が終わり、疲れて帰ってきた後にラジオから
流れてくるこういう歌を聴いて人々は癒された。 もともとそういう聴き方をするのが正しいので、私もそういう聴き方をする。

30数年で初めて手にしたレコードなのに、540円。 だから、今はロー・プライス品から目が離せないのだ。


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元祖チャイドルの代表作

2016年11月19日 | Jazz LP (Vocal)

Toni Harper / Toni  ( 米 Verve MG V-2001 )


9歳の時に初レコーディングした "キャンディ・ストア・ブルース" がヒットして一躍有名になり、アルバムを3枚残して29歳で引退した早熟の歌手として
ヴォーカル好きにはよく知られたトニ・ハーパーのファースト・アルバムで、彼女が18歳の時の作品だ。 その年齢が嘘のような落ち着きとしっとりとした
雰囲気に包まれている。

声質はエセル・エニスによく似ていて、黒人シンガーのアクの強さを敬遠する人にも歓迎されるあっさりとした質感が持ち味で、バックのピーターソンや
ハーブ・エリスの歌伴のシンプルさも相俟ってしっとりとした穏やかな作品に仕上がっている。 ただ、声質は似ていても、エセル・エニスはサラ・ヴォーンの
影響を受けている一方で、トニにはあきらかにエラ・フィッツジェラルドの歌い方の影響があって、そこが嗜好の分かれ目になる。

ずいぶん久し振りに聴いたが、以前は気が付かなかった "Little Girl Blue" の繊細な表情が素晴らしいと思った。 年を取ると、歌の良さに対する
感じ方がずいぶん変わって来る。 若い頃はメロディーの歌わせ方やサウンド全体のインパクトなんかに意識が向いていたけれど、今は地味な曲の中に
ある小さなさざ波みたいなものに聴き耳をたてるようになっている。 落ち着いて音楽を聴けるようになってきたのかもしれない。

昨日、仕事帰りにいつも通り新宿に寄ったら、US買い付けのロー・プライス品(2,000円以下)が新着コーナーに出ていて、その中にこれがあった。
値札は1,512円で、更に週末の値引きで-10%。 このレコード、こんなに安かったっけ? 昔はもっと高かったような気がするんだけどなあ。
とにかく、レコードが安いのだ。 お財布に優しい猟盤の日々がゆるゆると続いている。



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バーバーショップ・コーラスの快楽

2016年11月06日 | Jazz LP (Vocal)

The Mills Brothers / Famous Barber Shop Ballads  ( 米 Decca DL 5050 )


今から70年も前の録音だというのに、この洗練された感覚はどうだろう。 優れた感覚というのは不変で、時間を飛び越える。

バーバーショップ・コーラスと言われるスタイルだけれど、よく聴くと教会の讃美歌などの影響があることがわかる。 街中の床屋に人々が集まって世間話を
したり遊んだりしていた中から自然発生した庶民の音楽がルーツだと言われているが、集まった人々の感情表現を一段持ち上げて音楽という形へ昇華する際に
宗教的な感覚がそこに付与されるというのはキリスト教社会ではごく自然なことだったのだろう。 下町の讃美歌として親しまれたんだろうなあと思う。

ミルス・ブラザーズの結成は1928年で、メンバーの死去などに伴ってメンバーの入れ替えをしながら1982年まで活動して2,000曲を超えるレコーディングを
行ったというのだから驚かされる。 アメリカのポピュラー音楽の底力というのは恐ろしい。

中音域を厚くしたハーモニーが独特な雰囲気を醸し出していて、4人の声質は終始柔らかい。 ハーモナイズの和音の分散の仕方もセンスが良くて、よく
考えられていることがわかる。 SP録音の音源を集めた10インチなのでどの曲も短くて、あっという間に再生が終わってしまうのが残念だ。

ジャズという音楽は振り幅が広い。 こういうポップスに寄ったノスタルジックな歌謡から訳の分からない無調の音楽まであって、不思議なことにそのどれもが
「ジャズ」という音楽のカテゴリーに違和感なく収まっている。 だからそこ、愉しみは尽きないのだ。


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同時代としてのジャズヴォーカル

2016年11月05日 | Jazz LP (Vocal)

Mark Murphy / The Artistry of Mark Murphy  ( 日 KING RECORD K26P 6242 )


最も好きなジャズシンガーの1人であるマーク・マーフィーの作品の中でも、最も好きなアルバムの1つ。 ミューズ原盤だけど、アメリカ盤のジャケットは
ひどいデザインで持つ気にはなれず、この国内盤で聴いている。 こちらのほうがジャケットや盤の作りが丁寧で、日本盤をバカにしてはいけない良い見本だ。
30年来の愛聴盤で、思い入れの強さが他の作品とはちょっとばかし違う。

この人の素晴らしさは、その音程の正確さと音感の良さ。 この一言に尽きる。 ジャズ界では他の追従を許さない。 音程の正確さというのは音楽技法の
中では最も重要な要素の1つで、ジャズ・シンガーの世界ではエラ・フィッツジェラルドやバディ・グレコが秀でているけれど、マーク・マーフィーの場合は
ちょっと正確さの次元が違う。 楽器は上手い下手が明確にわかるからごまかしようがないけど、ボーカルの世界は雰囲気だけ良ければ許されるような
いい加減なところがあって、そういう中でマーク・マーフィーのような本物は一般的にはちょっと煙たがれる存在かもしれない。

トム・ハレルやジョージ・ムラーツら一流どころが名を連ねるバックの演奏も素晴らしく、音楽全体がセピア調の抒情的でせつない雰囲気でまとめられている。
ギターだけをバックに歌う "I Remenber Clifford" はこの曲のヴォーカライズとしては最高の出来だし、ガーシュインの "Long Ago And Far Away"と
ジェームス・テイラーの "Long Ago And Far Away" をメドレーで繋いでしまうなど、各楽曲のクオリティーの高さは圧倒的だ。

昔からジャズ本では "Rah" や "Midnight Mood" ばかりが判で押したように取り上げられるけれど、この人の本懐はミューズ時代にある。 ジャズを
懐古趣味のものとしてではなく、同時代の音楽としてリアレンジして自分だけの音楽に仕立てて作品を作り続けた。 そのおかげで、ダイアナ・クラールや
ノラ・ジョーンズのような人たちが活躍できる場ができたんじゃないだろうか。


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何か特別な力

2016年09月25日 | Jazz LP (Vocal)

Ethel Ennis / Sings Lullbys For Losers  ( 米 Jubilee LP-1021 )


エセル・エニスはサラ・ヴォーンの正統な後継者として1955年の23歳の時にジュビリーからデビューしている。 この作品は評判が良かったようで、
マイナー・レーベルのジャズ・ヴォーカルにしては珍しく版を重ねてプレスされているし、シングル・カットも1枚出ている。 そして、その後すぐに
大手レーベルに引き抜かれてコンスタントに作品を出す機会に恵まれ、2000年代以降もジャズ・シンガーとして仕事を続けている。

貧しい家庭に生まれ育ったので、15歳の時からクラブでピアノの弾き語りをして家計を助けていたという。 この作品が23歳のデビュー作だというのが
信じられないくらいのあまりの落ち着き払った様子に最初は驚かされるけれど、ここに来るまでは随分苦労してきたんだろう。

ハンク・ジョーンズ、ケニー・クラークのピアノトリオにリズムギターを加えたカルテットが伴奏をつけるが、これが終始控えめな歌伴に徹していて、非常に
静かで落ち着いた雰囲気が素晴らしい。 そこに彼女のクセのない伸びやかな歌声が入ってくると部屋の中の空気が一変するのがわかる。 そのくらい、
この人の歌声には何か特別な力がある。

若い黒人女性らしい声質がみずみずしく捉えられている録音も見事だし、バート・ゴールドブラットの写真もこのアルバムの真夜中のムードをうまく表現しており、
どの角度から見ても優れた作品になっている。 優れた歌声にはどんな楽器もかなわないなあ、と思わせられる数少ないヴォーカルアルバムだと思う。




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小編成によるバラード集

2016年09月24日 | Jazz LP (Vocal)

Frank Sinatra / Close To You  ( 米 Capitol W 789 )


最近、シナトラのレコードをあまり見かけなくなったような気がする。 昔はどこのレコード屋に行ってもそこそこの値段が付けられて、コロンビア、
キャピトル、リプリーズの各代表作が在庫として並んでいたものだ。 まあ、売れていたのかどうかはよくわからないけど、そういうこととは関係なく、
まるで彼のレコードを在庫として揃えておくのはレコード屋としての矜持である、という暗黙の了解のようなものがあったかのようだった。 何というか、
そういう光景こそが正統派の中古ジャズ廃盤屋としての風格だったような気がする。 在庫界の重鎮として常に睨みを利かせ、店内の秩序を保っていた。
それによって、他の在庫品たちは安心して棚の中で客がやってくるのを待つことができた。

そんなシナトラの作品の中でもこのレコードは稀少扱いされていて、他のレコードよりも大体高い値段が付けられていた。 だから、当時は手が出せなかったが、
今は10分の1以下の値段になっていて、私に見つけられるのを棚の中で静かに待っていた。 

キャピトル専属のレコーディングオーケストラの中から生まれたハリウッド弦楽四重奏団を中核に数本の管楽器を加えただけの小編成でバックを固めて
バラードばかりを集めた、とても落ち着いた内容のレコードだ。 キャピトル時代のシナトラと言えば、ネルソン・リドルやビリー・メイのフルバンドを
バックにスインギーに声量豊かに歌っているイメージがあるけれど、だからこそこういう静かなバラード集は人目につかなかったのかもしれない。

シナトラの歌はどこまでも真っすぐで、聴いていくうちに自分の中の知らず知らずのうちに歪んでしまったところが矯正されていくような感覚を覚える。
他の歌手の歌にはそういうところがなく、そういう意味でもこの人のレコードは「正しいレコード」だなあ、という感慨を覚えるのだ。



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"Young" を集めた古き良き時代

2016年09月17日 | Jazz LP (Vocal)

Rosemary Clooney / While We're Young  ( 米 Columbia CL 6297 )


今では俳優ジョージ・クルーニーの叔母としても知られるようになったローズマリー・クルーニーだが、若い頃はハリウッド女優にも負けない美貌を誇り、
レコードもたくさん作った。 お世辞にも美声とは言えず、歌い方もジャズの唱法ではなく普通のポピュラー歌手のそれだが、50年代前半の王道である
フル・バンドをバックに丁寧に朗々と歌っているものはなかなか聴き応えがある。

このレコードは "young" という言葉がタイトルに入る曲ばかりを集めたものだが、バックで演奏するストリングス入りのフル・オーケストラが非常に
ノスタルジックでシルキーな質感で、これに耳を奪われる。 目一杯お金をかけたゴージャズで夢見るようなサウンドが心地よい。

アート・ファーマーもアーゴ盤で取り上げた "Younger Than Springtime" がとてもいい。 これを聴くと、ファーマーのメロディーの歌い方は
歌手の歌い方と一緒なんだなということがわかる。 当時は他のインスト奏者は取り上げなかったけど、すごくいい曲だ。

写真映えする美貌を活かしたジャケットデザインも良く、当時のポップ・アートの趣味の良さが伺える。 ビートルズもプレスリーもいない、ジャズが
一般大衆向けのマス・ポピュラー音楽だった頃の、一番いいところを切り取った一コマとして残された可愛らしい小さなレコード。 コロンビアのエンジ
レーベルは基本的にSP録音音源のLPフォーマットへの切り直し用に使われたものだけど、これはその端境期の録音で音質もとてもいい。



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若き日のサラ・ヴォーン その3

2016年08月14日 | Jazz LP (Vocal)

Sarah Vaughan / Linger Awhile  ( 米 Columbia CL 914 )


サラ・ヴォーンはコロンビアに3枚のアルバムを残したが、"After Hours" や "In Hi-Fi" はジャズのインストでも演奏されるスタンダードが中心に
収録されているので昔から定番としてよく取り上げられるが、このアルバムはインストでは演奏されることのないポップスばかりが収録されているせいか、
ジャズの世界では相手にされてこなかった。 でも、それは間違っている。 若き日のサラ・ヴォーンの最もスイートな歌声が聴けるのがこれだからだ。
収録された楽曲の良さは、このアルバムが1番だ。

彼女がコロンビアと契約していたのは1948年から53年までで、この時期にたくさんの曲を録音した。 コロンビアのレコードにはレコーディングの詳細が
書かれていないが、この時期の彼女のマネージャーで音楽指導していたのはジョージ・スレッドウェルで、彼自身がトラペッターだったこともあり、彼が
レコーディング時にスタジオに集めたミュージシャンはなかなか凄いラインナップだった。 曲によってはマイルス・デイヴィス、J.J.ジョンソン、
バド・パウエルも参加してる。 

この時期のサラの歌声は素晴らしく、ノンヴィブラートで真っすぐに伸びていく声量の強さや声質の深みには他を寄せ付けない神々しさがある。 そういう
彼女の声をコロンビアの十分な録音設備が非常にノスタルジックな色合いを活かして上手く録り切っており、彼女の歌を最高の形で残すことができた。
このアルバムで聴かれる "A Lover's Quarrel"、"I Confess"、"Sinner or Saint" などは本当に素晴らしい。

ただ、彼女はこういうポピュラーソングを歌うことにだんだん飽きてきて、もっとジャズ色の濃いレコードを作りたいと思うようになった。 契約時期の
後期でマイルスをスタジオに呼んでスモールコンボ形式で演奏してもらったのも彼女のそういう意向からだったが、やがてコロンビアとの契約を解消し、
マーキュリー・レコードへ移籍する。 

後年の大御所扱いされるようになってからのイメージが強いだろうが、彼女にだって若い頃があったのだ。 すらりと細身で、精一杯おしゃれをして、
無心に歌っていたこの時期の作品はどれも本当に素晴らしい。


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明るい表情が印象的な時代

2016年08月13日 | Jazz LP (Vocal)

Teddy Wilson and his Orchestra feayuring Billie Holiday  ( 米 Columbia CL 6040 )


1935~38年にブランズウィックのSPとして録音された若き日のビリー・ホリデイの快活な歌声が聴けるマスターピース。 1940年に版権がコロンビアに
移ってSPとして発売され、その後1949年に10インチLPとして上載を含めて数枚が、更に50年代初頭に下載の12インチLPとして切り直され、と時代の
移り変わりに合わせるかのようにリリースされ続けた。 コモドア盤よりも明るい題材が取り上げられているおかげで、こちらのほうが一般的には好まれて
いるんじゃないだろうか。

ビリー・ホリデイを聴く時にこの10インチというのは非常に適切なサイズだと思う。 正直、12インチだと最後まで聴き通すのはしんどい。
バックを固めるのはベニー・グッドマン、レスター・ヤングら超一流のビッグネームばかりだけど、この時代の典型的スイングジャズなのでどれを聴いても
みんな同じように聴こえるから、2~3曲聴けばもうお腹いっぱいになってしまう。 10インチの片面の歌と演奏が終わるとちょうどよくて、ああ、いい音楽を
聴いたな、と思える。

若い頃に送った壮絶な人生、という紋切り型の話のせいで特定のイメージがついてまわるから敬遠されるのであって、そういうのをいったん横に置いて
聴くと非常に優れた歌手であることがよくわかるのだが、若い頃の歌唱はまだ一本調子なので長時間は聴いていられない。 この人は晩年になると表現の
幅が拡がり彫も深くなるから、アルバムとしてじっくり聴くならそちらのほうがいい。 SP時代の歌は深読みする必要はなく、もっと気楽に接すればいいのだ。

私が好きな "What A Little Moonlight Can Do" が聴けるのが嬉しい。 この曲はビリー・エクスタインの歌が一番いいけど、ビリー・ホリデイの
ヴァージョンも悪くない。 あくまで作品の上だけの様子で見ると、明るく柔らかい表情が印象的な時代だったように思える。




Billie Holiday / Lady Day  ( 米 Columbia CL 637 )



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シルヴィア・シムズの秀作

2016年07月20日 | Jazz LP (Vocal)

Sylvia Simms / Sylvia Is !  ( 米 Prestige PR 7439 )


シナトラが「最高のサルーン・シンガー」と絶賛したシルヴィア・シムズがプレスティッジに残したこのアルバムはギター・トリオがバッキングをつける。
ジャズ・スタンダードはケニー・バレル、ボサノヴァはバッキー・ピッツァレリが受け持っているが、ケニー・バレルが抜群の出来だ。 これを聴く限り、
ヴォーカルの伴奏はジョー・パスやジム・ホールよりもケニー・バレルのほうが上手い。 静かで奥行きのある空間を作り出し、シルヴィアが伸び伸びと
歌える場を提供している。 一聴してすぐにケニー・バレルとわかる褐色の澄んだトーンが夜の深い時間の雰囲気を醸し出している。

シルヴィアの声質は美声ではないが、実直に歌うことで相手の心に迫ろうとする。 その声をRVGが深いエコーを効かせた素晴らしい録音で録っており、
リッチで高級なサウンドが愉しめる。

時代の流行りを受けてボサノヴァのスタンダードも歌っているが、"How Insensitive" の揺蕩うような旋律を上手くコントロールしながら進めていく様は
素晴らしく、軽く流されがちなボサノヴァも非常に手応えのある音楽になっている。 

3大レーベルはヴォーカルをさほど熱心には録らなかったけれど、残された数少ない作品はその厳しい選球眼に耐えただけあって、よく出来た内容のものが
多い。 そしてジャズ専門レーベルらしく、バックの演奏陣にも一流どころを使って、単なる歌伴ではない本格的なジャズに仕上げられている。 
このアルバムは、その最も良い見本だと思う。


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