廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

風説の流布

2014年06月15日 | Jazz LP (Jazz Line/Jazz Time)
5か月前、最後に買ったレコードはこれでした。



Duke Pearson / Hush ! ( Jazz Line 3302 )


内容については以前からCDで聴いていて知っていたのですが、世評の高さに反して私にはあまり良さが感じられませんでした。 ただ、それは
CDの音質のせいなのかもしれないな、と自分の感想に自信が持てませんでした。 そう思った理由は、どこかでオリジナル盤は音がいいという話を
読んだ記憶があったからで(どこだったか思い出せませんが)、ちゃんとした音で聴けば印象も変わるのかもな、とぼんやり思っていました。
こういうのは如何にもコレクター的な発想です。 

でも、実際にオリジナルを聴いてみると、音は別によくありませんでした。 いや、正確に言うと、録音自体がプアなんです。 でも、その貧弱さを
そのまま再現してくれているので、そういう意味では盤の音鳴り自体は悪いとは言えないのかもしれません。 うーん、わかりにくい。

全体的に薄いベールで覆ったようなくすんだ録音で、全体の音圧も低く、特にベースやドラムは音が小さすぎてよく聴こえない。 
だから、演奏の躍動感が全く伝わってこない。 実際の演奏にはあったのかもしれませんが、それを伝えないような音です。 
ドナルド・バードとジョニー・コールズの2トランペットという珍しい構成ですが、2人の違いがよくわからないという声が聞かれるのも
これでは無理もないと思います。 

じゃあ、内容はどうかというと、1962年のニューヨーク録音ということがちょっと信じられないような軽やかで清潔な感じの演奏です。
これは全てデューク・ピアソンという人の稀有で得難い個性の賜物です。 "Childs Play" の最後で見せる印象的なアレンジを聴けば
この人が後年ビッグバンドの編曲を手掛けるようになるのも頷けるし、"Angel Eyes" で見せるピアノトリオのクリスタルのような響きも
この人にしかできないもの。 そういうこのアルバムにしかない美質を、プアな録音が台無しにしているような気がします。
つまり、CDで聴いてもオリジナルで聴いても、どうも本当の良さがよくわからない、ということです。

このレーベルを興したFred Norsworthyは英国から渡米後、最初はパシフィック・ジャズでプロモーションの仕事をしながらレコードビジネスを学び、
出資者を集めて夢であった自身のレーベル "Jazz Time"を設立、有名な3枚を3日間で録音しますが、これが全く売れなかった。 だから、レーベルは
すぐに活動不能となります。 そこへドラマーのデイヴ・ベイリーが共同出資者となり、名前も"Jazz Line"と変えて"Bash"とこのレコードを
創りますが、これも全く売れず、すぐに倒産しました。 だから、録音がプアなのは仕方ないのだと思います。 とにかく、金が無かった。

1962年のニューヨークと言えば、その数ヶ月前にコルトレーンはヴィレッジ・ヴァンガードで"Impressions"を録音し、マイルスは自身の音楽の
根本的な見直しを図るためにスタジオには一切入らなかった時期。 そういう時代が大きく変わろうとしている最中に、こんな牧歌的で
覇気のない音楽が評価されるはずがない。 明らかに、KYです。 

どこかであるレコードのオリジナル盤の音がいいという話が出ると、それがあっという間に流布します。 でも、稀少盤だから音がいい、
オリジナルだから音がいい、稀少盤だから内容が素晴らしい、オリジナルだから内容が素晴らしい、というような幻想や思い込みが
拙い文章表現力と相俟って、稀少盤を買った喜びと内容の評価がごちゃ混ぜになって語られていることが多い。 でも、高額盤は簡単には
手に入れられないし、そもそも手にできる人は限られてくるから、大抵の場合、真実を確かめようがないというのが実情でしょう。

結局は真実を知るには自分で確かめるしかない世界ですが、このブログはあまり風説には惑わされず、ありのままを書いていこうと思います。
誰かがいいと言ったから私もいいと言う、そんなことはないように。



コメント (4)
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