廃盤蒐集をやめるための甘美な方法

一度やめると、その後は楽になります。

マイルスが書いた美しい楽曲

2023年01月02日 | Jazz LP (Columbia)

Miles Davis / Someday My Prince Will Come  ( 米 Columbia CL1656 )


このアルバムは、私にとってはB面トップの "Drad-Dog" を聴くためにある。当時のコロンビアの社長だったゴダード・リーバーソンの名前を
逆さ綴りにしたという意味のよくわからないタイトルのせいでこの曲の良さが人目を引かないが、これはマイルスの抒情性がよく出た名曲だ。
マイルスはアルバムの中にそれまで誰も取り上げなかった隠れた名曲をひっそりと潜ませることがよくあって( "Summer Night" だったり、
"Something I Dreamed Last Night" だったり)、本人もそういうのを愉しんでやっていたフシがあるけれど、この "Drad-Dog" もそういう1曲だ。

ウィントン・ケリーの音数の少ないピアノが美しく、この音の積み重ねが抒情性を帯びた曲想を形作っていく。ハンク・モブレーの柔らかい音色が
短く呟くのもいいアクセントになっている。コルトレーンが加わる硬質な曲との対比が際立つ。とかくモブレーの弱さが批判されるアルバムだが、
この楽曲に関してはモブレーでよかったのだと思う。

マイルスのアルバムのいいところは、こういう美しい音楽を常に忘れないところだったんだよなあと思う。これだけのメンバーが揃い、せっかく
逞しくなったコルトレーンを呼び寄せることができたんだから、もっとハードな演奏でアルバム全体を埋め尽くすことだってできたはずなのに、
そうはしなかった。冒頭のタイトル曲も可憐な曲想と骨太で硬派な演奏が上手く両立しているし、バラードの配置も忘れない。他のアーティストの
アルバムをたくさん聴けば聴く程、彼のアルバムのそういう特異性が傑出して見えてくる。こんなアルバムを作った人は他に誰もいないのだ。

このレコードはマイルスのコロンビアの中でもダントツで音がいい。ちょうどプレス機の入れ替えやレーベルデザインの変更時期に製造された
関係でごく稀にCBSロゴのないレーベルや溝ありの個体が出てくるがそれらは単なるイレギュラープレスであり、この写真のようにCBSロゴが
あり溝のない形状のものがレギュラーのオリジナルということでいい。他のタイトルに比べてきれいな物があまり出てこない印象があるので、
価値があるのはそちらの方ではないか。



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疑似ステレオは悪なのか

2023年01月02日 | Jazz LP (Columbia)

Miles Davis / 'Round About Midnight  ( 米 Columbia CS 8649 )


新年の縁起物はマイルス・デイヴィスということで、今年もやる。

まだプレスティッジとの契約が切れていない中で録音したコロンビア第1弾のこのアルバムは天下の大名盤として不動の地位を保っているが、
実のところは各曲の演奏時間が短くて不完全燃焼感が残ることと、録音時期が古いせいで音場感がデッドで、コロンビアにしては珍しく
高音質とは言い難いレコードである。端正で優れたテーマ部のアレンジが物凄くカッコよく、音楽的には満点の出来だが、本人の自伝を読むと
同時期に併行して行われたプレスティッジへのマラソン・セッションの方へはたくさん言及していて、演奏内容にも非常に満足していた様子が
伺えるが、こちらの録音については録音した事実には触れているが内容については一切言及がない。マイルスはまだ自身が若くてやんちゃ盛り
だったプレスティッジ時代の日々に非常に愛着があったらしく、嬉しそうにそして慈しむようにその頃の出来事を話している。

それに引き換えこのアルバムの録音経緯については、ジョージ・アヴァキャンが大金を積んでマイルスを引き抜いたことへの後ろめたさから
移籍したことへの言い訳に終始していて、肝心のアルバム制作に関する自身の想いが語られていない。だからそれを補完するとすれば、
おそらくマイルスはこのアルバムでグループのエキサイティングなアドリブ至芸を披露したかったのではなく、ジャズという音楽がクラシック
などの他の音楽様式と比較しても何も遜色はないのだということを示したかったのではないだろうか。

このアルバムの最初の発売はコロンビアがモノラルとステレオを同時発売するようになる前のことだったので、ステレオプレスはかなり後に
なってからリリースされている。当然疑似ステレオで、ジャケットにも仰々しくその旨が書かれていたりして、このステレオプレスについては
誰も相手にしない。でも、モノラルプレスの音質に満足できない私は、ちょうど安レコとして転がっていたこの版としては3rd プレスくらいの
盤を拾って聴いてみた。

疑似ステによくある左右に楽器を極端に振り分けたような感じではなく、音場全体に残響を付加したようなサウンドで、これが悪くない。
楽器の音色はモノラルプレスとさほど変わらないが、空間に拡がりが感じられて、チェンバースのベースの音圧が上がり、よりクリアに聴こえる。
残響がこの音楽の仄暗い雰囲気を盛り上げるのに一役かっており、"'Round Midnight" や "Dear Old Stockholm" のようなハードボイルドな楽曲の
良さがより引き立つ感じだ。高音質になったかというとそこまでは行っていなけれど、このアルバムが持っていたカッコよさみたいなものが
半歩ほど前進した感じはある。疑似ステレオという言葉には「偽物」という語感が伴いイメージが悪いけれど、これは全然悪くはないと思った。






素晴らしいカヴァー・アートだが、これはコロンビア専属のデザイナーだった Sadamitsu Neil Fujita というハワイへ入植した日本人移民の
家に生まれた日系アメリカ人がデザインした。デイヴ・ブルーベックの "Time Out" も彼のデザインだ。






録音風景がこうして残されている。まるで音楽が聴こえてくるかのよう。ジャケットの写真は裏焼きだったのだ。





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