[7月25日22:20.長野新幹線“あさま”554号7号車内 ユタ、マリア、威吹、イリーナ]
まもなく北陸へ延伸されようとしている新幹線。
しかし当の主人公達は、逆方向に向かっている。
車窓に広がるは真っ暗な闇。
冥界鉄道公社の自社路線のようだ。
第2種鉄道事業者としての冥鉄は人間界や魔界の他社線の上を借りて走るが(リアルで言えばJR貨物が代表例)、第1種鉄道事業者としての冥鉄はほぼ全線が専用トンネルとなっている。
しかし、ここはれっきとした新幹線であり、さしもの冥鉄も新幹線車両は持って……。
ゴォッ!(←対向列車とすれ違う)
……今、200系とすれ違ったような???
まあ、気のせいということにしておこう。
「えっ、東海道新幹線に?」
「そうなのよ。1990年代……特に前半は魔界の出入口が活発化した時でね、冥鉄も景気が良かったせいなのか、調子に乗って廃車になった古い車両の……」
「0系ですか?」
ユタはスマホで0系の画像を出した。
東海道・山陽新幹線、開業当時の車両である。
「そう、それ。それを手に入れて、東海道新幹線の上まで走るようになったの」
「葛西会長が嫌がりそうな話ですね」
「まあ、大丈夫でしょう。当時の社長は須田寛氏だから」
「その幽霊0系がどうかしたんですか?」
「冥鉄の連中、新幹線なんて初めて手を出すものだから、0系を制御しきれなくてね。何でも、指令センターからの信号?を送る方式ってのに慣れてなくて……」
「ATC(自動列車制御装置)だ!」
「暴走して、本来は最終列車が走り終えてから走るはずの“幽霊電車”がまだ終電前に走るようになっちゃって、夜の新幹線のダイヤがメチャクチャになったことがあったの」
「へえ……。そんなことあったかなぁ……???」
ユタは首を傾げた。
「私が対応に当たったんだけど、その時、やっぱり仲間がいた方がいいなって思った。それで弟子を探すことにしたの」
「それがマリアさんでしたか。でも、日本からヨーロッパまで探しに行くの大変だったでしょう?」
「まあね。闇雲に探し回ったんじゃ、私のこの体の耐用年数の方が先に来ちゃうからね。しょうがないから、裏ワザを使うことにしてね」
「裏ワザって?」
「私と契約してる悪魔。こいつに聞いて、他に手の空いている悪魔で、いま人間と契約してるヤツはいないかって。悪魔と契約するには、それなりの高い霊力が必要になるからね」
「えっ?じゃあ、僕も?僕は悪魔と契約するのは嫌だなぁ……」
「大丈夫。もうしてるじゃない」
「オレかよ!?」
威吹は心外だという顔をした。
「狐は、西洋では強欲の悪魔マモンの化身とされてるわ。事実、威吹君と契約してからお金に困ることはなくなったでしょう?」
「た、確かに……」
稲荷大明神は商売繁盛への利益があるとされるが、日蓮正宗系統から見れば謗法の1つだ。
イリーナは魔道師の観点から、そこへの参拝は意味が無いと言ったのである。
なぜなら、直接契約していないからという、これまた魔道師ならではの発言。
(あれ?もしかして僕、威吹と“盟約”している時点で謗法なんじゃ……?)
という疑問が湧いた。
「えー、酒を1つ」
「はい、ありがとうございます」
威吹はやってきた車内販売を呼び止め、そこから純米酒のワンカップを買い求めた。
懐から小銭入れを出して支払う。
飲み慣れているのか、パカッと蓋を開けてから、
「ユタ、心配無いよ。ボクん所は、勝手に『稲荷大明神の御使い』を僭称していただけだから」
と、言った。
「えっ?」
「ボクが封印される前は、今よりもずっと迷信深い時代でね。そうした方が人間を油断させやすかったんだよ。だから、『化け物』と言われても仕方が無いが、神や仏からは遠い存在だ。だから、大丈夫だよ」
「そうかぁ……。何となくスッキリ」
「素直な人間大好きー」
「仲がいいわねぇ……」
[同日23:15.埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 威波莞爾]
「お、来たか……」
ユタの家で留守を預かっていたカンジ。
家の表に1台のタクシーが到着したのに気づいて、急いで出迎えに行った。
外に出ると、先ほどまで降り続いていたゲリラ豪雨の後の湿った臭いが鼻をついた。
今ではウソみたいに雨は止んで、空には月が見えているくらいだ。
「先生、お帰りなさい!」
「おう、カンジ。出迎え御苦労」
威吹が降りてきた。
「荷物を降ろすの手伝ってくれ」
「ハイ」
助手席で料金の支払いをしていたユタは最後に降りて、
「あ、ごめんごめん」
カンジにトランクから降ろされた自分の荷物を取った。
「さあ、どうぞ。中へ」
蒸し暑い外から家の中に入る。
「はー、涼しい」
「長野ではお世話になりましたので、ここではイリーナさん達も寛いでください」
「すまないねぇ」
「それより、ユウタ君。明日はどこに連れて行ってくれるのか、教えてくれてもいいんじゃない?」
「おっ、そうでした。明日はですね、花火を見に行こうと思います」
「花火!?」
[7月26日00:00.同場所・リビングルーム ユタ、威吹、マリア、カンジ]
「イリーナさん、休んじゃいました?」
「若作りしているが、やっぱり体の交換時期が迫っているらしいね」
と、マリア。
ポーリンは無理せず、普段は老婆の姿をしているが、本来はイリーナもそうすべき状態なのである。
何しろ魔法で若作りしてアラサーなのだから、やはり耐用年数が迫っているのは事実だろう。
「明日……といっても、もう日付変わっちゃったか。隅田川の花火大会に行こうかと。威吹は知ってるかい?江戸時代からある伝統的な花火大会らしいんだけど……」
「いや、知らないな」
威吹は首を傾げた。
カンジがフォローするように言う。
「稲生さん、隅田川花火大会のルーツは、遡って1700年代前半です。あいにくと先生はその100年前に封印されてしまいました。先生がご存知無いのも無理ありません」
「それもそうか。とにかく、会場の近くに藤谷班長が住んでいるので、そこへお邪魔して間近で花火を見せてもらうことになりました」
「ユウタ君、そんなツテがあったのか」
マリアが驚いた顔をした。
「何事も、普段の付き合いですからー」
したり顔して答えるユタに、
(ベルフェゴールみたいなこと言って……)
と、おかしくなった。
かつて復讐劇の手伝いのため、人間だった頃に契約した“怠惰の悪魔”ベルフェゴール。
魔道師になってから、再び見習に格下げされるまで契約していた。
今でも時々営業に来ては、『普段の付き合い』を理由に契約を勧めてくる。
もっとも、それは一化身であって、本体は魔界の王国、魔王城の地下深くに封印されている。
「会場には栗原さんやキノも来るみたいなんで、よろしくお願いします」
と言うと、
「そうか……。あの鬼族も来るのか……」
と、マリアは複雑な顔をした。
「マリアさん。一応、表向きには仲直りしたことになってるんですからケンカは無しですよ?キノの方にも、それは強く言ってありますから」
「分かってる」
「しかしユタ、珍しいな。キミ、今まで花火に興味あったっけ?」
威吹がほろ酔い加減で聞いて来た。
「うーん……。まあ、今回は藤谷班長がせっかく誘ってくれたこともあるからね。ちょうどマリアさん達にも、日本の文化ってのを見てもらうチャンスだ」
「私はともかく、師匠は花火くらい見てると思うが……」
と、マリアは口を開いたが、
「まあ、楽しみにしてるよ」
とのことだ。
「明日……というか、もう今日か。晴れるといいね」
「うん」
「そうだね」
まもなく北陸へ延伸されようとしている新幹線。
しかし当の主人公達は、逆方向に向かっている。
車窓に広がるは真っ暗な闇。
冥界鉄道公社の自社路線のようだ。
第2種鉄道事業者としての冥鉄は人間界や魔界の他社線の上を借りて走るが(リアルで言えばJR貨物が代表例)、第1種鉄道事業者としての冥鉄はほぼ全線が専用トンネルとなっている。
しかし、ここはれっきとした新幹線であり、さしもの冥鉄も新幹線車両は持って……。
ゴォッ!(←対向列車とすれ違う)
……今、200系とすれ違ったような???
まあ、気のせいということにしておこう。
「えっ、東海道新幹線に?」
「そうなのよ。1990年代……特に前半は魔界の出入口が活発化した時でね、冥鉄も景気が良かったせいなのか、調子に乗って廃車になった古い車両の……」
「0系ですか?」
ユタはスマホで0系の画像を出した。
東海道・山陽新幹線、開業当時の車両である。
「そう、それ。それを手に入れて、東海道新幹線の上まで走るようになったの」
「葛西会長が嫌がりそうな話ですね」
「まあ、大丈夫でしょう。当時の社長は須田寛氏だから」
「その幽霊0系がどうかしたんですか?」
「冥鉄の連中、新幹線なんて初めて手を出すものだから、0系を制御しきれなくてね。何でも、指令センターからの信号?を送る方式ってのに慣れてなくて……」
「ATC(自動列車制御装置)だ!」
「暴走して、本来は最終列車が走り終えてから走るはずの“幽霊電車”がまだ終電前に走るようになっちゃって、夜の新幹線のダイヤがメチャクチャになったことがあったの」
「へえ……。そんなことあったかなぁ……???」
ユタは首を傾げた。
「私が対応に当たったんだけど、その時、やっぱり仲間がいた方がいいなって思った。それで弟子を探すことにしたの」
「それがマリアさんでしたか。でも、日本からヨーロッパまで探しに行くの大変だったでしょう?」
「まあね。闇雲に探し回ったんじゃ、私のこの体の耐用年数の方が先に来ちゃうからね。しょうがないから、裏ワザを使うことにしてね」
「裏ワザって?」
「私と契約してる悪魔。こいつに聞いて、他に手の空いている悪魔で、いま人間と契約してるヤツはいないかって。悪魔と契約するには、それなりの高い霊力が必要になるからね」
「えっ?じゃあ、僕も?僕は悪魔と契約するのは嫌だなぁ……」
「大丈夫。もうしてるじゃない」
「オレかよ!?」
威吹は心外だという顔をした。
「狐は、西洋では強欲の悪魔マモンの化身とされてるわ。事実、威吹君と契約してからお金に困ることはなくなったでしょう?」
「た、確かに……」
稲荷大明神は商売繁盛への利益があるとされるが、日蓮正宗系統から見れば謗法の1つだ。
イリーナは魔道師の観点から、そこへの参拝は意味が無いと言ったのである。
なぜなら、直接契約していないからという、これまた魔道師ならではの発言。
(あれ?もしかして僕、威吹と“盟約”している時点で謗法なんじゃ……?)
という疑問が湧いた。
「えー、酒を1つ」
「はい、ありがとうございます」
威吹はやってきた車内販売を呼び止め、そこから純米酒のワンカップを買い求めた。
懐から小銭入れを出して支払う。
飲み慣れているのか、パカッと蓋を開けてから、
「ユタ、心配無いよ。ボクん所は、勝手に『稲荷大明神の御使い』を僭称していただけだから」
と、言った。
「えっ?」
「ボクが封印される前は、今よりもずっと迷信深い時代でね。そうした方が人間を油断させやすかったんだよ。だから、『化け物』と言われても仕方が無いが、神や仏からは遠い存在だ。だから、大丈夫だよ」
「そうかぁ……。何となくスッキリ」
「素直な人間大好きー」
「仲がいいわねぇ……」
[同日23:15.埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 威波莞爾]
「お、来たか……」
ユタの家で留守を預かっていたカンジ。
家の表に1台のタクシーが到着したのに気づいて、急いで出迎えに行った。
外に出ると、先ほどまで降り続いていたゲリラ豪雨の後の湿った臭いが鼻をついた。
今ではウソみたいに雨は止んで、空には月が見えているくらいだ。
「先生、お帰りなさい!」
「おう、カンジ。出迎え御苦労」
威吹が降りてきた。
「荷物を降ろすの手伝ってくれ」
「ハイ」
助手席で料金の支払いをしていたユタは最後に降りて、
「あ、ごめんごめん」
カンジにトランクから降ろされた自分の荷物を取った。
「さあ、どうぞ。中へ」
蒸し暑い外から家の中に入る。
「はー、涼しい」
「長野ではお世話になりましたので、ここではイリーナさん達も寛いでください」
「すまないねぇ」
「それより、ユウタ君。明日はどこに連れて行ってくれるのか、教えてくれてもいいんじゃない?」
「おっ、そうでした。明日はですね、花火を見に行こうと思います」
「花火!?」
[7月26日00:00.同場所・リビングルーム ユタ、威吹、マリア、カンジ]
「イリーナさん、休んじゃいました?」
「若作りしているが、やっぱり体の交換時期が迫っているらしいね」
と、マリア。
ポーリンは無理せず、普段は老婆の姿をしているが、本来はイリーナもそうすべき状態なのである。
何しろ魔法で若作りしてアラサーなのだから、やはり耐用年数が迫っているのは事実だろう。
「明日……といっても、もう日付変わっちゃったか。隅田川の花火大会に行こうかと。威吹は知ってるかい?江戸時代からある伝統的な花火大会らしいんだけど……」
「いや、知らないな」
威吹は首を傾げた。
カンジがフォローするように言う。
「稲生さん、隅田川花火大会のルーツは、遡って1700年代前半です。あいにくと先生はその100年前に封印されてしまいました。先生がご存知無いのも無理ありません」
「それもそうか。とにかく、会場の近くに藤谷班長が住んでいるので、そこへお邪魔して間近で花火を見せてもらうことになりました」
「ユウタ君、そんなツテがあったのか」
マリアが驚いた顔をした。
「何事も、普段の付き合いですからー」
したり顔して答えるユタに、
(ベルフェゴールみたいなこと言って……)
と、おかしくなった。
かつて復讐劇の手伝いのため、人間だった頃に契約した“怠惰の悪魔”ベルフェゴール。
魔道師になってから、再び見習に格下げされるまで契約していた。
今でも時々営業に来ては、『普段の付き合い』を理由に契約を勧めてくる。
もっとも、それは一化身であって、本体は魔界の王国、魔王城の地下深くに封印されている。
「会場には栗原さんやキノも来るみたいなんで、よろしくお願いします」
と言うと、
「そうか……。あの鬼族も来るのか……」
と、マリアは複雑な顔をした。
「マリアさん。一応、表向きには仲直りしたことになってるんですからケンカは無しですよ?キノの方にも、それは強く言ってありますから」
「分かってる」
「しかしユタ、珍しいな。キミ、今まで花火に興味あったっけ?」
威吹がほろ酔い加減で聞いて来た。
「うーん……。まあ、今回は藤谷班長がせっかく誘ってくれたこともあるからね。ちょうどマリアさん達にも、日本の文化ってのを見てもらうチャンスだ」
「私はともかく、師匠は花火くらい見てると思うが……」
と、マリアは口を開いたが、
「まあ、楽しみにしてるよ」
とのことだ。
「明日……というか、もう今日か。晴れるといいね」
「うん」
「そうだね」