[7月26日 東京都江東区森下 ワン・スター・ホテル エレーナ・マーロン]
「今日、スカイツリーの近くで花火大会があるみたいだけど、ここから花火は見えるのかい?」
「えっ?」
エレーナがフロント業務のアルバイトをしていると、外国人宿泊客からそんなことを聞かれた。
確かにこのホテルからは、他のビルやマンションの間をぬってスカイツリーが見えなくもない。
その近くで花火が打ち上がるということは……。
「今日は特別に屋上を解放します」
オーナーが横から顔を出した。
「……だ、そうです」
エレーナはオーナーの日本語をスペイン語に訳した。
「そりゃいいサービスだ!楽しみにしてるよ!」
「そういうわけだから、エレーナも今日は飛ばないように。皆、空の方に関心を持ってるから、飛んでるとすぐにばれる」
オーナーにはバレていたエレーナだった。
いや、元々知っていたか?だが、さすがに今は最上階から1階に部屋を移されていた。
その代わり、離発着を屋上から行うことが許可された。
「はい」
しかし、エレーナは今日その必要は無かった。
何故なら、オーナーに言われなくても、唯一無二の師匠ポーリンに言われているからである。
(残念ね。今日は打ち上げと同時に、ポーリン先生が壮大な魔法の実験を行われるというのに……)
[同日同時刻 埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 ユタ、威吹、マリア、イリーナ、カンジ]
ユタは庭に出て、真夏の空を見上げていた。
「うん。いい快晴!正に絶好の……」
「花火日和だな」
「おわっ、マリアさん!」
「しかし、やたら暑いな」
「そうなんですよねぇ……。日本の夏って、こんなもんですよ。涼しいのはごく一部です」
「マリア〜、ちょっと来て〜」
家の中からイリーナの間延びした声が聞こえて来た。
「ごめん。ちょっと……」
「ええ」
マリアが家の中に入って行くのと同時に、威吹とカンジが出て来た。
「ここに戻って来て、逆に2人っきりになりにくくなったかな?」
「いや、別に……」
「これから庭の雑草取りをします」
と、カンジ。
「ああ、悪いね。暑いから気をつけて」
「はははっ!人間じゃないんだから……。ユタは家の中にいて」
「うん」
「あ、そうそう。稲生さん、今日の“異世界通信”なんですが……」
「うん?」
「そちらでも隅田川花火大会のことが報道されてるんです」
「へえ……。魔界でも有名なんだね」
「まあ、といってもブラッドプール王朝になってからのことですがね。まだ女王が人間界にいた頃、同じく総理になる前の安倍首相に隅田川花火大会に連れて行かれて、大感激したというエピソードがあったんだそうですよ」
「凄いエピソードだ」
「昨年はゲリラ豪雨で中止になったそうですね」
「ああ。開始30分くらいで、どうしようもないゲリラ豪雨だったらしいね」
「女王が痛く残念がっていたそうなので、今日は物凄く期待されているということでした」
「えっ、まさか、魔王様が人間界に?」
「さすがにそれは無理なので、テレビ中継をするそうですね。それをご覧になると」
「なるほど。(どういう回線でテレビ見てるんだか、あんまり知りたくないが……)」
ユタは笑みを浮かべた後で、
「魔王様の肝煎りなら、積乱雲も逃げて行くだろうね」
「ええ」
[同日15:20.西武バス上落合8丁目バス停 ユタ、威吹、マリア、イリーナ、カンジ]
「いや〜、よく似合ってますよ❤」
バス停でバスを待つ間、鼻の下を伸ばし続けるユタ。
マリアは浴衣を着ていた。
ゴールデンウィーク、宮城県に行った時に買ったものだ。
「ありがとう」
「アンタは着ないのか?」
威吹はいつもの通り、魔道師の恰好をしているイリーナに言った。
「私はね、非常時にすぐ動けるようにしておかないとね。最年長者として」
「4桁超えは、アンタくらいしかおらんよ」
「そうねぇ……」
そこへバスがやってくる。
ガラガラの車内はクーラーが効いて涼しかった。
「あー、涼し〜」
〔次は上小小学校、上小小学校。……〕
バスが走り出して、ふとユタが気づいた。
「そういえば、栗原さんの所なんだけど……。今、キノの実家から妹さんが来てるんだって」
「へえ……」
「『2人の浴衣姿、期待して待ってろよ』と自慢げだったね」
ユタがキノの発言を代弁すると、
「自分は私服で行くくせに……」
威吹は苦笑いした。
「そういう威吹君も、いつもの着物じゃない。暑くないの?」
「オレはいいんだ。ただの着物じゃない」
「そのキノ達とは大宮駅で待ち合わせですか?」
カンジが聞いて来た。
「いや、あいつらは東武線経由で行くらしいよ。まあ、春日部乗り換え1回で済むってのもあるんだろう」
「なるほど」
「まあ、帰りは僕達もそのルートだけどね」
「はい?」
ユタが取り出したのは、東武スペーシアの特急券だった。
(もしかしてユタのヤツ、花火よりそっちの方が楽しみなんじゃ……?)
威吹はピンと来るものがあった。
[同日16:00.JR大宮駅宇都宮線ホーム ユタ、威吹、マリア、イリーナ、カンジ]
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の4番線の列車は、16時3分発、普通、上野行きです。この列車は、4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
「お待たせしました。これ、グリーン券です」
「ありがとう。でも、高くなかった?」
ユタからグリーン券を受け取って、イリーナが言った。
「ホリデー料金と言いまして、土休日ダイヤの時は平日ダイヤの時より安くなるんですよ」
「そうなの」
〔まもなく4番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
なまじっか大宮駅の地上ホームは、中途半端に天井があるため、そこは空気が籠って蒸し暑い。
まだ地下の埼京線ホームの方が涼しいかもしれない。
駅構内にはマリアのような浴衣姿の女性も、よく見られた。
電車がゆっくり入線してくる。
宇都宮線の入線速度が高崎線より遅いのは前後にポイントがあるからだが、歴史上、高崎線の方が先に開通したので、そちらが優遇されているという。
鉄道というのは先に開通したものが勝ち(利権確保)なのだ。
冥鉄と魔界高速電鉄が、魔界で凌ぎを削るのもここに理由がある。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮です。……」〕
最近では魔界高速電鉄も、愛称をアルカディア・メトロにして更に地域密着を図る動きもあるとユタはイリーナから聞いた。
グリーン車に乗り込むと、威吹とカンジ以外は座席を向かい合せにした。
「よく2階席、空いてたね」
「まあ、宇都宮線は高崎線より空いてるので……」
と、ユタ。
電車は2分ほど停車した後、大宮駅をあとにした。
〔この電車は宇都宮線、普通、上野行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。……次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
駅を出ると、夏の暑い日差しが車内に入って来る。
普通車には無いが、グリーン車にはブラインドが付いていて、それを下ろしている乗客もいる。
全車両共通でUVカット・熱線吸収ガラスにはなっているのだが、追加料金を払って乗っている客へのサービスのつもりか。
「この分なら、雨の心配は無さそうですね」
「そうね……」
イリーナはユタの言葉に微笑を浮かべながらも、何故か目だけは笑わず、窓の外を見ていた。
「今日、スカイツリーの近くで花火大会があるみたいだけど、ここから花火は見えるのかい?」
「えっ?」
エレーナがフロント業務のアルバイトをしていると、外国人宿泊客からそんなことを聞かれた。
確かにこのホテルからは、他のビルやマンションの間をぬってスカイツリーが見えなくもない。
その近くで花火が打ち上がるということは……。
「今日は特別に屋上を解放します」
オーナーが横から顔を出した。
「……だ、そうです」
エレーナはオーナーの日本語をスペイン語に訳した。
「そりゃいいサービスだ!楽しみにしてるよ!」
「そういうわけだから、エレーナも今日は飛ばないように。皆、空の方に関心を持ってるから、飛んでるとすぐにばれる」
オーナーにはバレていたエレーナだった。
いや、元々知っていたか?だが、さすがに今は最上階から1階に部屋を移されていた。
その代わり、離発着を屋上から行うことが許可された。
「はい」
しかし、エレーナは今日その必要は無かった。
何故なら、オーナーに言われなくても、唯一無二の師匠ポーリンに言われているからである。
(残念ね。今日は打ち上げと同時に、ポーリン先生が壮大な魔法の実験を行われるというのに……)
[同日同時刻 埼玉県さいたま市中央区 ユタの家 ユタ、威吹、マリア、イリーナ、カンジ]
ユタは庭に出て、真夏の空を見上げていた。
「うん。いい快晴!正に絶好の……」
「花火日和だな」
「おわっ、マリアさん!」
「しかし、やたら暑いな」
「そうなんですよねぇ……。日本の夏って、こんなもんですよ。涼しいのはごく一部です」
「マリア〜、ちょっと来て〜」
家の中からイリーナの間延びした声が聞こえて来た。
「ごめん。ちょっと……」
「ええ」
マリアが家の中に入って行くのと同時に、威吹とカンジが出て来た。
「ここに戻って来て、逆に2人っきりになりにくくなったかな?」
「いや、別に……」
「これから庭の雑草取りをします」
と、カンジ。
「ああ、悪いね。暑いから気をつけて」
「はははっ!人間じゃないんだから……。ユタは家の中にいて」
「うん」
「あ、そうそう。稲生さん、今日の“異世界通信”なんですが……」
「うん?」
「そちらでも隅田川花火大会のことが報道されてるんです」
「へえ……。魔界でも有名なんだね」
「まあ、といってもブラッドプール王朝になってからのことですがね。まだ女王が人間界にいた頃、同じく総理になる前の安倍首相に隅田川花火大会に連れて行かれて、大感激したというエピソードがあったんだそうですよ」
「凄いエピソードだ」
「昨年はゲリラ豪雨で中止になったそうですね」
「ああ。開始30分くらいで、どうしようもないゲリラ豪雨だったらしいね」
「女王が痛く残念がっていたそうなので、今日は物凄く期待されているということでした」
「えっ、まさか、魔王様が人間界に?」
「さすがにそれは無理なので、テレビ中継をするそうですね。それをご覧になると」
「なるほど。(どういう回線でテレビ見てるんだか、あんまり知りたくないが……)」
ユタは笑みを浮かべた後で、
「魔王様の肝煎りなら、積乱雲も逃げて行くだろうね」
「ええ」
[同日15:20.西武バス上落合8丁目バス停 ユタ、威吹、マリア、イリーナ、カンジ]
「いや〜、よく似合ってますよ❤」
バス停でバスを待つ間、鼻の下を伸ばし続けるユタ。
マリアは浴衣を着ていた。
ゴールデンウィーク、宮城県に行った時に買ったものだ。
「ありがとう」
「アンタは着ないのか?」
威吹はいつもの通り、魔道師の恰好をしているイリーナに言った。
「私はね、非常時にすぐ動けるようにしておかないとね。最年長者として」
「4桁超えは、アンタくらいしかおらんよ」
「そうねぇ……」
そこへバスがやってくる。
ガラガラの車内はクーラーが効いて涼しかった。
「あー、涼し〜」
〔次は上小小学校、上小小学校。……〕
バスが走り出して、ふとユタが気づいた。
「そういえば、栗原さんの所なんだけど……。今、キノの実家から妹さんが来てるんだって」
「へえ……」
「『2人の浴衣姿、期待して待ってろよ』と自慢げだったね」
ユタがキノの発言を代弁すると、
「自分は私服で行くくせに……」
威吹は苦笑いした。
「そういう威吹君も、いつもの着物じゃない。暑くないの?」
「オレはいいんだ。ただの着物じゃない」
「そのキノ達とは大宮駅で待ち合わせですか?」
カンジが聞いて来た。
「いや、あいつらは東武線経由で行くらしいよ。まあ、春日部乗り換え1回で済むってのもあるんだろう」
「なるほど」
「まあ、帰りは僕達もそのルートだけどね」
「はい?」
ユタが取り出したのは、東武スペーシアの特急券だった。
(もしかしてユタのヤツ、花火よりそっちの方が楽しみなんじゃ……?)
威吹はピンと来るものがあった。
[同日16:00.JR大宮駅宇都宮線ホーム ユタ、威吹、マリア、イリーナ、カンジ]
〔本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございます。今度の4番線の列車は、16時3分発、普通、上野行きです。この列車は、4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
「お待たせしました。これ、グリーン券です」
「ありがとう。でも、高くなかった?」
ユタからグリーン券を受け取って、イリーナが言った。
「ホリデー料金と言いまして、土休日ダイヤの時は平日ダイヤの時より安くなるんですよ」
「そうなの」
〔まもなく4番線に、普通、上野行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、4つドア、10両です。グリーン車が付いております。……〕
なまじっか大宮駅の地上ホームは、中途半端に天井があるため、そこは空気が籠って蒸し暑い。
まだ地下の埼京線ホームの方が涼しいかもしれない。
駅構内にはマリアのような浴衣姿の女性も、よく見られた。
電車がゆっくり入線してくる。
宇都宮線の入線速度が高崎線より遅いのは前後にポイントがあるからだが、歴史上、高崎線の方が先に開通したので、そちらが優遇されているという。
鉄道というのは先に開通したものが勝ち(利権確保)なのだ。
冥鉄と魔界高速電鉄が、魔界で凌ぎを削るのもここに理由がある。
〔「ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮です。……」〕
最近では魔界高速電鉄も、愛称をアルカディア・メトロにして更に地域密着を図る動きもあるとユタはイリーナから聞いた。
グリーン車に乗り込むと、威吹とカンジ以外は座席を向かい合せにした。
「よく2階席、空いてたね」
「まあ、宇都宮線は高崎線より空いてるので……」
と、ユタ。
電車は2分ほど停車した後、大宮駅をあとにした。
〔この電車は宇都宮線、普通、上野行きです。グリーン車は、4号車と5号車です。……次はさいたま新都心、さいたま新都心。お出口は、右側です〕
駅を出ると、夏の暑い日差しが車内に入って来る。
普通車には無いが、グリーン車にはブラインドが付いていて、それを下ろしている乗客もいる。
全車両共通でUVカット・熱線吸収ガラスにはなっているのだが、追加料金を払って乗っている客へのサービスのつもりか。
「この分なら、雨の心配は無さそうですね」
「そうね……」
イリーナはユタの言葉に微笑を浮かべながらも、何故か目だけは笑わず、窓の外を見ていた。