[7月26日22:20.東武浅草駅 ユタと愉快な仲間たち]
〔「今度の特急スペーシアは、3番線から22時30分発、“けごん”39号、春日部行きが発車致します。ご利用の際、乗車券、定期券、回数券の他、特急券が必要となります。本日の特急スペーシア最終列車です。お乗り遅れの無いよう、ご注意ください。毎度ご乗車ありがとうございます」〕
「特急券は1人ずつ持ちましょう」
ユタは仲間達に1枚ずつ特急券を渡した。
「ユタ、オレは江蓮と隣にしてくれ」
「あ、ハイハイ」
特に江蓮から異議は無かったので、ユタはキノのリクエストに答えた。
「妹さんはどうするんだ?」
ユタは改札口の手前で、入線してくるスペーシアを物珍しそうに見る魔鬼の方を見た。
時速15キロ以下の超低速で、それでも車輪を軋ませてそろりそろりとやってくる。
「あー……ウチ、いいです。キノ兄ィ達の邪魔はしたくないので」
「おっ、しっかりした妹さんだ」
ユタが感心してみせると、
「おうよ。さすがはオレの妹だぜ」
「……肝心の兄貴はバカだけどな」
江蓮がボソッと放った呟きに、
「カンベンしてくれよ……」
汗だくのキノだった。
「これだけの人数なら、むしろ個室を取っても良かったかな?でも春日部まで個室ってのも勿体ないな……」
ユタは呟いた。
「よっし。お近づきの印に、先生が魔道師について教えてあげましょう」
イリーナはポンと魔鬼の肩を叩いた。
「先生?」
「私の魔道師の師匠だ」
マリアが言うと、
「それじゃ、夏休みの宿題、教えてもらえませんか!?」
鼻の息を荒くする魔鬼だった。
「学校の教師ではないのよ」
イリーナは軽く溜め息をついた。
「2号車ですね。前から2番目だ」
ユタがスマホで6号車のフロント部分を撮影していると、魔鬼が興味を示していたので、一緒に撮影してあげた。
それから乗車車両まで進むと、段々とホームが狭くなってくる。
それもそのはず。
東武浅草駅は1番線以外は6両編成までしか入線できない有り様で、その1番線も何とか8両編成まで入れても、下り方向2両はドアが開けられない状態なのである。
駅を出てすぐ、90度右カーブがあるから。もう、ホームの時点でカーブになっている。
先ほど時速15キロ以下と書いたが、90度もカーブしているので、これがギリギリの入線速度なのである。
その為か、ホームと乗降ドアとの間には何十センチもの隙間が空くため、停車時間中は渡り板が設置されている。
それを踏んで、ようやく乗車である。
渡り板は発車直前、係員によって回収される。
ある意味、駆け込み乗車が防止できているホームでもある。
「! 稲生さん、スカイツリーはどっち!?」
車中の人……いや、鬼になって、ふと魔鬼がユタに話し掛けて来た。
「えーと、進行方向がそっちで直角カーブだから……。あっちだね」
ユタが指さすと、兄の後ろの席に座って窓の外に目を凝らすのだった。
「まだ見えないよ」
「地獄界の中学校は修学旅行とか行かないのかい?」
隣の通路側に座ったイリーナが聞いた。
「行きますよ。でも、無間地獄巡りで人間界には行かないんです」
魔鬼はつまらなさそうに答えた。
「いいじゃないか。無間地獄なんて、そう滅多に行けるものじゃないよー」
「えっ、そうなんですか!?」
ユタはびっくりして聞いた。
「あ、ヤベ。ネタバレしちゃった?……あ、いや……」
イリーナは軽く咳払い。
「ユウタ君は真面目に信仰しているから、その調子で行けば八大地獄の最下層に堕ちることはないさ。ね?」
「はあ……」
「なに、叫喚地獄に堕ちたなら、蓬莱山家のコネを使って……」
「おい!」
勝手なことを言う魔道師に、キノがツッコんだ。
[同日22:30.特急“けごん”39号2号車 ユタと愉快な仲間たち]
スペーシアの最終列車は定刻通りに発車した。
予想通り、走り出してすぐに加速を止めると、列車が大きく右に傾く。
大きな車輪の軋み音が車内にも響く。窓から後ろの方向を見ると、まるで脱線しているかのようだ。
〔♪♪♪♪。本日も特急スペーシア“けごん”39号をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車は、春日部行きです。次は、とうきょうスカイツリーに止まります〕
「そういえば、花火に夢中でスカイツリーはゆっくり見れなかったな」
マリアが車窓から、ライトアップされているスカイツリーを見て言った。
「あー、そうですね。それにしてもイリーナさん、よく平和的に解決しまたね?」
「まあ、ケンカするだけが魔道師じゃないから。持てる知恵を総動員して、なるべく良い方法で解決するのも魔道師の腕の見せどころだからね」
「エレーナから連絡がありました。『唯一無二の師匠、ポーリン先生のお役に立てなくて申し訳無い』と」
「ああ……。まあ、あれはしょうがない。そんなこともあろうかと先生……あなたから見れば大師匠ね。エレーナは悪くないから、ポーリンがあまり怒らないようにお願いしますって言っておいたから」
「大師匠様が関わったんですか?」
「平和的な話し合いが無理なら、いつでも相談しなさいというお言葉に甘えてみた」
「はー……」
「ん?冥鉄電車がいるよ?」
と、窓の外を見ていた魔鬼が言った。
「まだ終電車も終わってないのに……」
イリーナが苦笑いした。
「あー、8000系か。しかも初期車の顔だね。まだいたんだ、伊勢崎線に。東武は古い車両も大事に使うからなぁ……」
ユタはしみじみと言った。
「魔鬼ちゃんは、修学旅行で乗らなかったのかい?」
イリーナが聞くと、
「修学旅行列車は黄色と赤の電車で、やたらエンジンの音がうるさかったです」
「それ……電車じゃなくて気動車じゃ?(キハ58系かな?)」
[同日23:05.春日部駅 ユタと愉快な仲間たち]
電車は1分遅れで春日部駅に到着した。
思ったよりそんなに高速で走った感が無いのは気のせいだろうか。
「春日部で降りるのも勿体ないけど、ここ止まりなんだからしょうがない」
ユタは行き先表示が春日部となっているうちに写真を撮っておこうかと思ったが、既に回送表示になっていた。
スカイツリーラインからアーパー……アーバンパークラインへ乗り換える為に階段を登る。
「浴衣だと階段は登りづらいですかね?」
と、ユタ。
「ユウタ君も手ェ繋いであげたら?」
イリーナが先を行く鬼族達を指さす。
「あ、ああ……」
キノは既に当たり前の如く、江蓮の手を引いていた。
更にその先を行くのは魔鬼。
「いいの?私の手、汚いよ?」
「えっ?いや、そんなこと無いですよ!」
ユタがマリアの言葉に驚いた。
「既に泳ぎの手習いで、ユタの手ェ握ってたくせに何を今更……」
威吹は銀色の眉毛を潜めた。
ピンと来たカンジ。
「先生、別の意味では?復讐劇に染めていた手が汚いという……」
「分かってる。ユタの機嫌が悪くなるから、それ以上は言うな」
「ハイ」
[同日23:18.春日部駅野田線ホーム→各駅停車、大宮行き最後尾車内 ユタと愉快な仲間たち]
(※やっぱりアーパーラインよりも、野田線の方がしっくり来るって!)
〔「アーバンパークライン、各駅停車の大宮行き、到着です」〕
「あらま、毎度お馴染みの8000系が来たなぁ……」
ユタは苦笑い。
ブレーキシューの焦げた臭いを漂わせてやってきた。
「魔鬼ちゃんが伊勢崎線で見たヤツは、これの古いヤツでしょ?」
と、ユタ。
「もっと霊感漂わせてたよ?幽霊電車らしく」
「だから、幽霊電車並みに古いタイプの8000系……」
乗り込んでユタ、ふと気づく。
「……いや。確か、もう伊勢崎線の浅草側に8000系はいなくなったはず……」
「回送電車に紛れ込んで、早くも出発準備してたかねぇ……」
冷や汗を出すユタを横目に、空いてる席にどっかり座るイリーナ。
「花火ってのは本来、供養の一環だからね。冥鉄もそれを見込んで、今日は伊勢崎線を中心に臨時列車を走らせるそうだよ」
「そ、それを早く言ってください……」
電車は1分ほど停車した後、大宮に向けて走り出した。
〔「今日も東武アーバンパークラインをご利用頂きまして、ありがとうございます。各駅停車、大宮行きです。次は八木崎、八木崎です。……」〕
「う、うん。良かった。間違えて、冥鉄に乗り込んだのかと思った」
「終電車が走り終える前までは、絶対に生きた乗客を乗せない協定があるから安心しな」
イリーナは口角を上げて言った。
「稲生さん、アタシら大宮公園で降りるから」
「あっ、そうだね。夜道に気をつけ……って、鬼の兄妹がいるから大丈夫か」
「人間相手なら、妹だけでもフルボッコだぜ?なあ?」
「お兄ィ、ヒドい」
「今から救急車……いや、霊柩車呼んどかねーとな」
「それって、既に栗原さんが暴漢に襲われる前提なのかい?」
[同日23:39.東武大宮駅 ユタ、マリア、イリーナ、威吹、カンジ]
〔ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮、終点です。……2番線の電車は折り返し、各駅停車、七光台行きです〕
帰りの旅、最後の電車が目的地の駅に到着した。
「あとはタクシーに乗るだけです」
「やっと着いたねー。早く帰って、休みたいねぇ。何しろ、ポーリン相手に魔力の無駄使いしちゃったからなぁ……」
「そうですね。どうでした、花火は?」
するとマリアは、
「凄く良かった」
真顔で答えた。
「初めて生で見た。本当に、ありがとう」
「いえいえ。実は30日、今度は市内で花火大会があるようです。上手く行けば、これも僕の家から見えそうなので、見てみましょう」
「おー!さすが日本の夏だねぇ……」
「あの、稲生さん」
「ん?」
カンジがポーカーフェイスを崩さずに言った。
「大変申し上げにくいのですが、家の前に建ったマンションが妨げて、今年から花火観賞は絶望的かと……」
「ああーっ!」
さすがに、そこまでは上手く行かなかったもようである。
〔「今度の特急スペーシアは、3番線から22時30分発、“けごん”39号、春日部行きが発車致します。ご利用の際、乗車券、定期券、回数券の他、特急券が必要となります。本日の特急スペーシア最終列車です。お乗り遅れの無いよう、ご注意ください。毎度ご乗車ありがとうございます」〕
「特急券は1人ずつ持ちましょう」
ユタは仲間達に1枚ずつ特急券を渡した。
「ユタ、オレは江蓮と隣にしてくれ」
「あ、ハイハイ」
特に江蓮から異議は無かったので、ユタはキノのリクエストに答えた。
「妹さんはどうするんだ?」
ユタは改札口の手前で、入線してくるスペーシアを物珍しそうに見る魔鬼の方を見た。
時速15キロ以下の超低速で、それでも車輪を軋ませてそろりそろりとやってくる。
「あー……ウチ、いいです。キノ兄ィ達の邪魔はしたくないので」
「おっ、しっかりした妹さんだ」
ユタが感心してみせると、
「おうよ。さすがはオレの妹だぜ」
「……肝心の兄貴はバカだけどな」
江蓮がボソッと放った呟きに、
「カンベンしてくれよ……」
汗だくのキノだった。
「これだけの人数なら、むしろ個室を取っても良かったかな?でも春日部まで個室ってのも勿体ないな……」
ユタは呟いた。
「よっし。お近づきの印に、先生が魔道師について教えてあげましょう」
イリーナはポンと魔鬼の肩を叩いた。
「先生?」
「私の魔道師の師匠だ」
マリアが言うと、
「それじゃ、夏休みの宿題、教えてもらえませんか!?」
鼻の息を荒くする魔鬼だった。
「学校の教師ではないのよ」
イリーナは軽く溜め息をついた。
「2号車ですね。前から2番目だ」
ユタがスマホで6号車のフロント部分を撮影していると、魔鬼が興味を示していたので、一緒に撮影してあげた。
それから乗車車両まで進むと、段々とホームが狭くなってくる。
それもそのはず。
東武浅草駅は1番線以外は6両編成までしか入線できない有り様で、その1番線も何とか8両編成まで入れても、下り方向2両はドアが開けられない状態なのである。
駅を出てすぐ、90度右カーブがあるから。もう、ホームの時点でカーブになっている。
先ほど時速15キロ以下と書いたが、90度もカーブしているので、これがギリギリの入線速度なのである。
その為か、ホームと乗降ドアとの間には何十センチもの隙間が空くため、停車時間中は渡り板が設置されている。
それを踏んで、ようやく乗車である。
渡り板は発車直前、係員によって回収される。
ある意味、駆け込み乗車が防止できているホームでもある。
「! 稲生さん、スカイツリーはどっち!?」
車中の人……いや、鬼になって、ふと魔鬼がユタに話し掛けて来た。
「えーと、進行方向がそっちで直角カーブだから……。あっちだね」
ユタが指さすと、兄の後ろの席に座って窓の外に目を凝らすのだった。
「まだ見えないよ」
「地獄界の中学校は修学旅行とか行かないのかい?」
隣の通路側に座ったイリーナが聞いた。
「行きますよ。でも、無間地獄巡りで人間界には行かないんです」
魔鬼はつまらなさそうに答えた。
「いいじゃないか。無間地獄なんて、そう滅多に行けるものじゃないよー」
「えっ、そうなんですか!?」
ユタはびっくりして聞いた。
「あ、ヤベ。ネタバレしちゃった?……あ、いや……」
イリーナは軽く咳払い。
「ユウタ君は真面目に信仰しているから、その調子で行けば八大地獄の最下層に堕ちることはないさ。ね?」
「はあ……」
「なに、叫喚地獄に堕ちたなら、蓬莱山家のコネを使って……」
「おい!」
勝手なことを言う魔道師に、キノがツッコんだ。
[同日22:30.特急“けごん”39号2号車 ユタと愉快な仲間たち]
スペーシアの最終列車は定刻通りに発車した。
予想通り、走り出してすぐに加速を止めると、列車が大きく右に傾く。
大きな車輪の軋み音が車内にも響く。窓から後ろの方向を見ると、まるで脱線しているかのようだ。
〔♪♪♪♪。本日も特急スペーシア“けごん”39号をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車は、春日部行きです。次は、とうきょうスカイツリーに止まります〕
「そういえば、花火に夢中でスカイツリーはゆっくり見れなかったな」
マリアが車窓から、ライトアップされているスカイツリーを見て言った。
「あー、そうですね。それにしてもイリーナさん、よく平和的に解決しまたね?」
「まあ、ケンカするだけが魔道師じゃないから。持てる知恵を総動員して、なるべく良い方法で解決するのも魔道師の腕の見せどころだからね」
「エレーナから連絡がありました。『唯一無二の師匠、ポーリン先生のお役に立てなくて申し訳無い』と」
「ああ……。まあ、あれはしょうがない。そんなこともあろうかと先生……あなたから見れば大師匠ね。エレーナは悪くないから、ポーリンがあまり怒らないようにお願いしますって言っておいたから」
「大師匠様が関わったんですか?」
「平和的な話し合いが無理なら、いつでも相談しなさいというお言葉に甘えてみた」
「はー……」
「ん?冥鉄電車がいるよ?」
と、窓の外を見ていた魔鬼が言った。
「まだ終電車も終わってないのに……」
イリーナが苦笑いした。
「あー、8000系か。しかも初期車の顔だね。まだいたんだ、伊勢崎線に。東武は古い車両も大事に使うからなぁ……」
ユタはしみじみと言った。
「魔鬼ちゃんは、修学旅行で乗らなかったのかい?」
イリーナが聞くと、
「修学旅行列車は黄色と赤の電車で、やたらエンジンの音がうるさかったです」
「それ……電車じゃなくて気動車じゃ?(キハ58系かな?)」
[同日23:05.春日部駅 ユタと愉快な仲間たち]
電車は1分遅れで春日部駅に到着した。
思ったよりそんなに高速で走った感が無いのは気のせいだろうか。
「春日部で降りるのも勿体ないけど、ここ止まりなんだからしょうがない」
ユタは行き先表示が春日部となっているうちに写真を撮っておこうかと思ったが、既に回送表示になっていた。
スカイツリーラインからアーパー……アーバンパークラインへ乗り換える為に階段を登る。
「浴衣だと階段は登りづらいですかね?」
と、ユタ。
「ユウタ君も手ェ繋いであげたら?」
イリーナが先を行く鬼族達を指さす。
「あ、ああ……」
キノは既に当たり前の如く、江蓮の手を引いていた。
更にその先を行くのは魔鬼。
「いいの?私の手、汚いよ?」
「えっ?いや、そんなこと無いですよ!」
ユタがマリアの言葉に驚いた。
「既に泳ぎの手習いで、ユタの手ェ握ってたくせに何を今更……」
威吹は銀色の眉毛を潜めた。
ピンと来たカンジ。
「先生、別の意味では?復讐劇に染めていた手が汚いという……」
「分かってる。ユタの機嫌が悪くなるから、それ以上は言うな」
「ハイ」
[同日23:18.春日部駅野田線ホーム→各駅停車、大宮行き最後尾車内 ユタと愉快な仲間たち]
(※やっぱりアーパーラインよりも、野田線の方がしっくり来るって!)
〔「アーバンパークライン、各駅停車の大宮行き、到着です」〕
「あらま、毎度お馴染みの8000系が来たなぁ……」
ユタは苦笑い。
ブレーキシューの焦げた臭いを漂わせてやってきた。
「魔鬼ちゃんが伊勢崎線で見たヤツは、これの古いヤツでしょ?」
と、ユタ。
「もっと霊感漂わせてたよ?幽霊電車らしく」
「だから、幽霊電車並みに古いタイプの8000系……」
乗り込んでユタ、ふと気づく。
「……いや。確か、もう伊勢崎線の浅草側に8000系はいなくなったはず……」
「回送電車に紛れ込んで、早くも出発準備してたかねぇ……」
冷や汗を出すユタを横目に、空いてる席にどっかり座るイリーナ。
「花火ってのは本来、供養の一環だからね。冥鉄もそれを見込んで、今日は伊勢崎線を中心に臨時列車を走らせるそうだよ」
「そ、それを早く言ってください……」
電車は1分ほど停車した後、大宮に向けて走り出した。
〔「今日も東武アーバンパークラインをご利用頂きまして、ありがとうございます。各駅停車、大宮行きです。次は八木崎、八木崎です。……」〕
「う、うん。良かった。間違えて、冥鉄に乗り込んだのかと思った」
「終電車が走り終える前までは、絶対に生きた乗客を乗せない協定があるから安心しな」
イリーナは口角を上げて言った。
「稲生さん、アタシら大宮公園で降りるから」
「あっ、そうだね。夜道に気をつけ……って、鬼の兄妹がいるから大丈夫か」
「人間相手なら、妹だけでもフルボッコだぜ?なあ?」
「お兄ィ、ヒドい」
「今から救急車……いや、霊柩車呼んどかねーとな」
「それって、既に栗原さんが暴漢に襲われる前提なのかい?」
[同日23:39.東武大宮駅 ユタ、マリア、イリーナ、威吹、カンジ]
〔ご乗車ありがとうございました。大宮、大宮、終点です。……2番線の電車は折り返し、各駅停車、七光台行きです〕
帰りの旅、最後の電車が目的地の駅に到着した。
「あとはタクシーに乗るだけです」
「やっと着いたねー。早く帰って、休みたいねぇ。何しろ、ポーリン相手に魔力の無駄使いしちゃったからなぁ……」
「そうですね。どうでした、花火は?」
するとマリアは、
「凄く良かった」
真顔で答えた。
「初めて生で見た。本当に、ありがとう」
「いえいえ。実は30日、今度は市内で花火大会があるようです。上手く行けば、これも僕の家から見えそうなので、見てみましょう」
「おー!さすが日本の夏だねぇ……」
「あの、稲生さん」
「ん?」
カンジがポーカーフェイスを崩さずに言った。
「大変申し上げにくいのですが、家の前に建ったマンションが妨げて、今年から花火観賞は絶望的かと……」
「ああーっ!」
さすがに、そこまでは上手く行かなかったもようである。