報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「次なる目的は」

2016-01-20 21:01:24 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[1月16日08:00.天候:晴 アルカディア王国西部辺境の町オークタウン郊外の廃洋館 稲生勇太&アレクサンドラ(サーシャ)]

 突然、沈没しかけた船の客室のように大きく前後左右に揺れた屋敷の主人の部屋。
 成す術もなく、とにかく脱出することだけを考えた稲生達は、ようやく主人の部屋を脱出することができた。
 そしてその後、2人はとんでもない光景を目の当たりした。
「おーい!こっちに早く荷車持ってこーい!」
「廃材はちゃんと分別しろよ!そこのゴブリン!廃石材は向こうだ!」
「ピッケル余ってないか、そっちィ!?」
 既に外は明るくなっていた上、屋敷は完全に瓦礫と化し、その周りには人間や魔族を問わず、土木作業員達が闊歩していた。
「な、何だこりゃーっ!?」
「んっ?」
 稲生が驚愕の声を上げると、近くにいた現場監督らしき人間の中年男性が稲生達を咎めるように見た。
「何なんだ、あんた達は!?取り壊し作業の邪魔だ!早く出てってくれ!」
「と、取り壊しぃーっ!?」

[同日10:00.天候:晴 オークタウン中心部の番所 稲生&サーシャ]

「……だからね、ちゃんと門の所に『立ち入り禁止』って書いてあったでしょ?何で勝手に入るの?作業中にケガ人出したってなったら、王国の威信にも関わるわけよ?分かる?」
「はあ、すいません……」
 後で番所に呼び出され、こってり搾られた稲生達だった。
 一般民衆宅と違い、旧貴族の屋敷の解体は王国の威信が関わっているらしい。
 役人の話によると、それまで甘い汁を吸っていた旧貴族が、それを奪った新政権に素直に頭を下げるかって言ったら、そんなことは普通無い。
 最悪、反政府ゲリラ活動をするのがオチだ。
 だから歴史上、そういった旧政権に関わっていた者達は悉く死刑にされてきたわけである。
 つまり、例え無人と言えど、旧政権時代の物件を取り壊すということは、それだけ新政権の威信を見せつけやることの表れなのだという。
 その中枢である魔王城も半分くらいは取り壊され(といっても内戦で元々瓦礫と化したような所だが)、旧館に指定されたそこは急ピッチで建て直しの作業が行われている。

 何とか調書を取って厳重注意で済んだ稲生達は、ようやく番所から解放された。
 さすがにこの小役人に、稲生が安倍春明首相と知り合いだって言っても、信じてもらえそうに無かったからやめておいた。
 こういう時に限って、安倍からもらった名刺は持っていない。
「何だか疲れましたねぇ……」
「もう一泊休んでから、出発しようか。アルカディアシティはまだ先だ。もしかしたら途中の町で、もっといい情報があるかもしれない」
「そうですね」
「ま、何だかんだ言って収穫もあったからさ」
 そう言ってサーシャは笑みを浮かべながら、玉虫色に輝く宝石と金貨5枚を出した。
 貴族の屋敷にあったものにしては、それでもちゃっちぃものであったが、旅の資金としてはまあまあか。
「取り壊し予定の屋敷であっても、これだけのものがまだ残されていたんですねぇ……」
「ま、そんなもんさ。貴族の屋敷なんて……。もっと早く探せば良かったねぇ……」
 因みに番所で取り調べを受けた時、屋敷から持ち出したものとかは何故か調べられなかった。
 稲生が魔道師の名前を出すと、何故か役人はそれ以上追及してこなかったのだ。
 稲生自身が見習とはいえど、魔道師だということに気づいたというのもある。
 そこで取り調べではなく、お説教に変わったのである。
「どれだけ溜め込んでいたんでしょ?旧貴族達は、やっぱり一般民衆から搾取とかしてたのかなぁ……」
「……私が見る限り、そうだったね」
「あっ、そうか!サーシャはその貴族に仕えてたんですもんね」
「まあな……」
 サーシャは複雑そうな顔をした。
 本来ならサーシャも搾取される側だったのだろう。
 それが一応、貴族を守る仕事に就いたことで、間接的ながら搾取する側に回ったということである。
「思えば、旧貴族達も調子に乗り過ぎたんだよ。魔民党(魔界民主党)が出て来た時点で、そいつらに付けば良かったのに」
「まあ、結果論ですからねぇ……」
 例え魔民党についたところで、彼らは魔界の王制廃止・共和制化を訴えていたから、結局は貴族制度は廃止されていただろう。
 その魔民党も安倍率いる魔界共和党との戦いに負け、人間界に追放されたり、魔界共和党に吸収されたりした。
 急速な共和制を廃止した魔界共和党は、再び弱い王制を立ち上げた。
 ルーシーを女王に担ぎ上げ、新憲法で、ある程度の王権は与えた上で、議会にもそれなりの権限を与えた。
 しかし、貴族制度は復活させなかった。
「サーシャはまた仕える貴族みたいなのが出てきたら、そうする?」
「いや……。私はもっと別の……もう少し平和な仕事がしたいね。エリックと結婚したら、こんな剣を振るう仕事なんてできなくなるしさ」
「なるほど」

[同日12:00.天候:晴 オークタウン中心部の宿屋1F食堂 稲生&サーシャ]

「はい、白ローラム鳥のパエリア、お待たせしました!」
 稲生達より年上の青年店員が、2人が注文した昼食を持って来る。
「この町の名産品なんですね。この鳥肉料理は」
「まあ、そういうことだな」
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経。いただきます」
「何だい、それは?魔法の呪文?食事を美味しくする為の?それとも稲生の……人間界の神へのお祈りか?」
「まあ、後者に近いです」
 稲生は照れ笑いを浮かべた。
(つい、まだやっちゃうんだよなぁ……)
 サーシャは鎧を脱いで、スポーツブラとビキニショーツだけになっていた。
 とはいえ、さすがに下が心許ないと思ったか、股当てとショーツの間に着ける前垂れは着けていた。
 それでも股当ての下に着ける程度のものなので、そんなに長いものではない。
「稲生の御師匠さん達とは、まだ連絡は?」
「いえ、ダメです。やっぱり、アルカディアシティに向かうか、その近くまでは行く必要がありそうです。せめて、先生が隠れ家として使っていた郊外の宿屋まで行ければいいんですが……」
 そこのマスターは“魔の者”に殺されたと思われていたが、地下室に閉じ込められていただけであったことが判明し、魔王軍治安維持部隊に救助されている。
「私は夕方くらいまで寝てるよ。さすがに疲れた」
「そうですね」
「いや、大ボスとの対決を期待していたのに、変な展開になったんで、精神的に疲れた」
「あ、はははは……」
 まさか、取り壊し作業というオチだったとは。
「僕は何とか、この町に魔道師さんがいないか探してみます」
「ああ。あまり町の外れには行かない方がいいぞ」
「ええ、気をつけます」
「それと、暗くなる前に宿に戻った方がいい」
「分かってます」

 2人は昼食を取ると、それぞれ行動を開始した。
 当面の資金は確保できたものの(といっても、ある程度の資金は稲生が最初から持っていたが)、肝心の情報が入ってこないようではさすがに困ったものであった。
 せめて、イリーナ達と連絡が取れれば良いのだが……。
コメント (3)
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