[1月14日?17:00.天候:晴 魔界アルカディア王国西部辺境の町 稲生勇太&サーシャ]
「うぃー!夕方に着けて良かったなー!」
「つか、れた……」
女戦士サーシャは予定通り夕方に町に着けたことを喜び、稲生は膝の笑いを堪えるのに精一杯だった。
(明日は筋肉痛かも……)
「何だい、人間界の魔道師様は足腰が弱いなぁ……」
「まあ、向こうには便利な乗り物がありますから……」
稲生はパンパンになった足を摩った。
「ま、早く宿に入ろうよ。私も疲れたしなぁ」
「そうですね」
江戸時代、日本の宿場町では、旅籠の従業員達がよく旅人を客引きしていたらしいが、西洋(といっても魔界だが)の町ではそんなこともないらしい。
稲生達は手近な宿屋を探した。
「いらっしゃい!この宿屋はベッドも食事も最高だよ」
手頃な宿屋を見つけて中に入ると、フロントに50代くらいの恰幅の良い女将が笑顔で迎えた。
「そりゃちょうど良かった。私も仲間も長旅で疲れててね、一泊いくら?」
「それならちょうど、いい部屋が空いてるよ。お2人さんで100ゴッズでどう?」
「ひゃ、ひゃくご……」
サーシャはいかにも高いといった顔をしたが、稲生は、
「100ゴッズですね」
普通に財布の中から100ゴッズ札を出した。
「イノー!いいの?ちょっと高いよ?」
「え?そうなんですか?」
稲生にとっては1000円くらいの感覚だ。
「毎度ー!じゃ、2階の201号室と202号室ね!」
「はい、お世話になります」
稲生は普通に鍵を受け取った。
「階段登るのもキツいなぁ……」
「私が担いであげようか?」
「いや、別に。ゆっくり上がればいいです」
宿屋はベタなRPGの宿屋の法則で、1階が酒場、2階が宿屋になっていた。
酒場としての営業は夕方からで、昼は食堂として営業しているらしい。
サーシャにとっては1泊1万円くらいの感覚だったのだろうが、稲生は1000円くらいの感覚。
これは魔界の物価と人間界(日本国)の物価に格差がある結果である。
レート的には1ゴッズが日本円で10円くらい。
それで100ゴッズが1000円くらいの感覚なのである。
中国の元よりも安い。
これはアルカディア王国が、まだまだ発展途上国であることを意味している。
稲生はこんなこともあろうかと、魔道師のローブの中に魔界のお金を入れていた。
当面の資金は中に入っているので、しばらく金に困ることはなさそうだった。
「イノー、金持ってるんだね?」
部屋に入る時、サーシャは目を丸くして言った。
「そうなんですかね?人間界の……僕の国の物価が高過ぎるだけかもしれませんよ?」
「ふーん……。凄い所から来たんだね」
稲生は普通に自分の小遣いを魔界の通貨に変えたのだが、普通に札束が出て来たことに驚いたが。
魔界を総べる王は魔族の女王ルーシーであるが、その宰相(首相)は人間代表の安倍春明である。
日本人があるが故、アルカディア王国の人間では日本人の地位が高い。
その為か、日本円は高値で取り引きされているようである。
「まあいいや。今日はゆっくり休んで、明日に備えよう。明日は情報収集をするよ」
「分かりました」
[同日18:00.魔界西部オークタウンの宿屋 稲生&サーシャ]
「もしもし?こちら稲生です。もしもし?もしもーし!……やっぱダメだ」
稲生は手持ちのスマホでイリーナかマリアに連絡を取ろうしたが、圏外で全く繋がらなかった。
アルカディアシティまで行かないと、アンテナが無いのだろうか。
いや、そんなはずはないのだが……。
バッテリーについてはソーラー充電器を持っているから、それで充電できる。
電化されているのはアルカディアシティだけらしく、こういった辺境の町においては、未だに電化されていないようだった。
「はぁ〜……」
稲生は深い溜め息をついた。
その時、稲生の部屋がノックされた。
「はい?」
稲生がドアを開けると、
「そろそろ夕食にしない?せっかく2人で旅してるんだからさ、一緒に食べよう」
「あ、はい」
稲生が部屋を出ると、サーシャは鎧を脱いで、ノースリーブのワンピースに着替えていた。
髪も下ろしているが、これだと普通の女性のようである。
靴もブーツの上から脛当てなどの武具を着けていたのだが、今では一転してサンダル履きである。
「イノーがいい部屋を取ってくれたおかげでサッパリしたわー」
この宿屋ではある程度の料金を支払うと、入浴ができるらしい。
電化されていないということは水道も無いということだから、水を汲んできたり、それを湧かす労力が必要になるので、そうなるのだろう。
「それは良かったですね」
「イノーも後で入りなよ。その権利があるんだからさ」
「ええ、そうします」
階段を下りると、既に夕方オープンの酒場ではあちこちのテーブルで盛り上がっていた。
「せっかくだから、お互い身の上話でもしよう。アルカディアシティまでの付き合いとはいえ、そこまでは遠い道のりなんだからさ」
「そうですね」
[同日21:00.同宿屋202号室 稲生勇太]
稲生はベッドに潜り込んで、色々なことを思い出していた。
寝るにはまだ早いような時間であるが、さすがに1日中歩いての移動は疲れていた。
これがいつまで続くのか分からないが、当分続くということを考えると気が滅入る。
交通網が発達する前の時代、歩いて移動するのが当たり前の感覚には恐れ入った稲生だった。
サーシャは“ベタな女戦士の法則”通り、夕食時に酒をよく飲んだ。
それで気を良くしたのか、ある身の上話をした。
今でこそアルカディア王国は立憲君主制であり、日本の天皇よりもまだ女王には権力が残されているが、それでも国民には人権が憲法で保障されており、奴隷は禁止されている。
その前はバァル大帝による絶対王制の政治であり、魔界に迷い込んだ人間達は漏れなく自動的に奴隷階級に落とされるのがベタであった。
しかし、その中にも例外は存在した。
一部の人間の中には特権が与えられ、貴族として同じ人間の奴隷を支配する権利が認められた者もいるという。
それは現在ルーシー女王が即位し、魔界共和党が議会を形成するようになってから、強制的に没落させられた。
サーシャはそんな貴族に仕えていた傭兵だったという。
奴隷階級ではあったが、貴族の間近で仕えている者にはそれにりの役得もあったような話もしてくれた。
今の政治体制になってから仕える貴族もいなくなり、手持無沙汰になった戦士の中には、拡充された新体制の魔王軍に入隊した者もいる。
その中で出世して大佐の地位にいるレナフィール・ハリシャルマンは、女戦士達のあこがれの的だという。
(人間界にいては体験できないことばかりだ。意外と、こういうのもいいかもしれない。どうせ、アルカディアシティに着くまでの間だしな……)
枕元に置いたスマホにはアラームを仕掛けているが、相変わらず圏外のままだった。
明日は魔法の結界が張られているというダンジョンを探索する。
もし魔道師が掛けたものであるならば、その魔道師に頼んでイリーナやマリアと連絡が付くように依頼することも可能であるはずだ。
ただ……そのサーシャについて気になることがある。
確かに女戦士らしく、豪放な性格で口調も姉御肌といった感じだが、完全にそうとも言えない部分があるような気がした。
食事を共にした時も、その性格の割には意外と上品な食べ方をするなど、根っからの傭兵気質のようには見えなかった。
(まあ、貴族に仕えていたんだから、ある程度上品には振る舞わないとダメ的なところもあっただろうからな……)
「うぃー!夕方に着けて良かったなー!」
「つか、れた……」
女戦士サーシャは予定通り夕方に町に着けたことを喜び、稲生は膝の笑いを堪えるのに精一杯だった。
(明日は筋肉痛かも……)
「何だい、人間界の魔道師様は足腰が弱いなぁ……」
「まあ、向こうには便利な乗り物がありますから……」
稲生はパンパンになった足を摩った。
「ま、早く宿に入ろうよ。私も疲れたしなぁ」
「そうですね」
江戸時代、日本の宿場町では、旅籠の従業員達がよく旅人を客引きしていたらしいが、西洋(といっても魔界だが)の町ではそんなこともないらしい。
稲生達は手近な宿屋を探した。
「いらっしゃい!この宿屋はベッドも食事も最高だよ」
手頃な宿屋を見つけて中に入ると、フロントに50代くらいの恰幅の良い女将が笑顔で迎えた。
「そりゃちょうど良かった。私も仲間も長旅で疲れててね、一泊いくら?」
「それならちょうど、いい部屋が空いてるよ。お2人さんで100ゴッズでどう?」
「ひゃ、ひゃくご……」
サーシャはいかにも高いといった顔をしたが、稲生は、
「100ゴッズですね」
普通に財布の中から100ゴッズ札を出した。
「イノー!いいの?ちょっと高いよ?」
「え?そうなんですか?」
稲生にとっては1000円くらいの感覚だ。
「毎度ー!じゃ、2階の201号室と202号室ね!」
「はい、お世話になります」
稲生は普通に鍵を受け取った。
「階段登るのもキツいなぁ……」
「私が担いであげようか?」
「いや、別に。ゆっくり上がればいいです」
宿屋はベタなRPGの宿屋の法則で、1階が酒場、2階が宿屋になっていた。
酒場としての営業は夕方からで、昼は食堂として営業しているらしい。
サーシャにとっては1泊1万円くらいの感覚だったのだろうが、稲生は1000円くらいの感覚。
これは魔界の物価と人間界(日本国)の物価に格差がある結果である。
レート的には1ゴッズが日本円で10円くらい。
それで100ゴッズが1000円くらいの感覚なのである。
中国の元よりも安い。
これはアルカディア王国が、まだまだ発展途上国であることを意味している。
稲生はこんなこともあろうかと、魔道師のローブの中に魔界のお金を入れていた。
当面の資金は中に入っているので、しばらく金に困ることはなさそうだった。
「イノー、金持ってるんだね?」
部屋に入る時、サーシャは目を丸くして言った。
「そうなんですかね?人間界の……僕の国の物価が高過ぎるだけかもしれませんよ?」
「ふーん……。凄い所から来たんだね」
稲生は普通に自分の小遣いを魔界の通貨に変えたのだが、普通に札束が出て来たことに驚いたが。
魔界を総べる王は魔族の女王ルーシーであるが、その宰相(首相)は人間代表の安倍春明である。
日本人があるが故、アルカディア王国の人間では日本人の地位が高い。
その為か、日本円は高値で取り引きされているようである。
「まあいいや。今日はゆっくり休んで、明日に備えよう。明日は情報収集をするよ」
「分かりました」
[同日18:00.魔界西部オークタウンの宿屋 稲生&サーシャ]
「もしもし?こちら稲生です。もしもし?もしもーし!……やっぱダメだ」
稲生は手持ちのスマホでイリーナかマリアに連絡を取ろうしたが、圏外で全く繋がらなかった。
アルカディアシティまで行かないと、アンテナが無いのだろうか。
いや、そんなはずはないのだが……。
バッテリーについてはソーラー充電器を持っているから、それで充電できる。
電化されているのはアルカディアシティだけらしく、こういった辺境の町においては、未だに電化されていないようだった。
「はぁ〜……」
稲生は深い溜め息をついた。
その時、稲生の部屋がノックされた。
「はい?」
稲生がドアを開けると、
「そろそろ夕食にしない?せっかく2人で旅してるんだからさ、一緒に食べよう」
「あ、はい」
稲生が部屋を出ると、サーシャは鎧を脱いで、ノースリーブのワンピースに着替えていた。
髪も下ろしているが、これだと普通の女性のようである。
靴もブーツの上から脛当てなどの武具を着けていたのだが、今では一転してサンダル履きである。
「イノーがいい部屋を取ってくれたおかげでサッパリしたわー」
この宿屋ではある程度の料金を支払うと、入浴ができるらしい。
電化されていないということは水道も無いということだから、水を汲んできたり、それを湧かす労力が必要になるので、そうなるのだろう。
「それは良かったですね」
「イノーも後で入りなよ。その権利があるんだからさ」
「ええ、そうします」
階段を下りると、既に夕方オープンの酒場ではあちこちのテーブルで盛り上がっていた。
「せっかくだから、お互い身の上話でもしよう。アルカディアシティまでの付き合いとはいえ、そこまでは遠い道のりなんだからさ」
「そうですね」
[同日21:00.同宿屋202号室 稲生勇太]
稲生はベッドに潜り込んで、色々なことを思い出していた。
寝るにはまだ早いような時間であるが、さすがに1日中歩いての移動は疲れていた。
これがいつまで続くのか分からないが、当分続くということを考えると気が滅入る。
交通網が発達する前の時代、歩いて移動するのが当たり前の感覚には恐れ入った稲生だった。
サーシャは“ベタな女戦士の法則”通り、夕食時に酒をよく飲んだ。
それで気を良くしたのか、ある身の上話をした。
今でこそアルカディア王国は立憲君主制であり、日本の天皇よりもまだ女王には権力が残されているが、それでも国民には人権が憲法で保障されており、奴隷は禁止されている。
その前はバァル大帝による絶対王制の政治であり、魔界に迷い込んだ人間達は漏れなく自動的に奴隷階級に落とされるのがベタであった。
しかし、その中にも例外は存在した。
一部の人間の中には特権が与えられ、貴族として同じ人間の奴隷を支配する権利が認められた者もいるという。
それは現在ルーシー女王が即位し、魔界共和党が議会を形成するようになってから、強制的に没落させられた。
サーシャはそんな貴族に仕えていた傭兵だったという。
奴隷階級ではあったが、貴族の間近で仕えている者にはそれにりの役得もあったような話もしてくれた。
今の政治体制になってから仕える貴族もいなくなり、手持無沙汰になった戦士の中には、拡充された新体制の魔王軍に入隊した者もいる。
その中で出世して大佐の地位にいるレナフィール・ハリシャルマンは、女戦士達のあこがれの的だという。
(人間界にいては体験できないことばかりだ。意外と、こういうのもいいかもしれない。どうせ、アルカディアシティに着くまでの間だしな……)
枕元に置いたスマホにはアラームを仕掛けているが、相変わらず圏外のままだった。
明日は魔法の結界が張られているというダンジョンを探索する。
もし魔道師が掛けたものであるならば、その魔道師に頼んでイリーナやマリアと連絡が付くように依頼することも可能であるはずだ。
ただ……そのサーシャについて気になることがある。
確かに女戦士らしく、豪放な性格で口調も姉御肌といった感じだが、完全にそうとも言えない部分があるような気がした。
食事を共にした時も、その性格の割には意外と上品な食べ方をするなど、根っからの傭兵気質のようには見えなかった。
(まあ、貴族に仕えていたんだから、ある程度上品には振る舞わないとダメ的なところもあっただろうからな……)