[12月28日12:45.天候:晴 JR秋葉原駅 稲生勇太、マリアンナ・ベルフェ・スカーレット、イリーナ・レヴィア・ブリジッド]
ヨドバシAkibaで昼食を取り、そこを後にしてきた魔道師達。
「先生が気持ち良く寝てらしたんで、逆に、誰も声を掛けなかったというのが凄いですね」
稲生が1時間半前までくらいの出来事を思い出した。
「本当、日本のマッサージチェアは高性能だったねぃ……。ああいうのは一家に1台欲しいねぇ……」
チラッチラッとマリアを見ながら喋るイリーナ。
しかしマリアはイリーナの方を見ずに、
「ずっとそれで寝てばっかりで、指導が疎かになっても困ります」
と、暗に却下した。
「マリアだって一人前になったんだから、マリアが指導してもいいじゃないのよー?」
「一人前にはなりましたが、弟子を取れる師範格にはまだなってませんから」
簡単に言えば、大学を卒業しただけのようなもの。
大学を卒業すれば学士の資格を得られるが、それだけでは『先生』にはなれない。
卒業した学部によっては、『先生』になれる資格を得ることはできるだろう。
稲生も、高校教員になれる資格は得ている。
教育実習で、母校の高校に行ったことがあるくらいだ。
だが実際そうなる為には、公立学校なら公務員試験を受けなければならないし、稲生の母校は私立であったが、そういう所であれば、そこでの採用試験を受けて合格しなければならない。
今、マリアはそういう立場にいるだけなのである。
大学の教壇に立ちたかったら、更に大学院に進まなければならない。
「まだ私は、師匠から教わっていない所がありますからね」
「先生という仕事も、なかなか因果なものだねぇ……」
「ハハ……。僕なんかまだ駆け出しですから、色々と御指導のほど、お願いしますよ?」
「あいよ」
〔まもなく2番線に、上野、池袋方面行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください〕
山手線の電車が接近してきた。
魔界高速電鉄環状線にも、秋葉原駅に相当する駅があったが、稲生は行ったことがない。
イリーナに言わせると、秋葉原駅ほど賑わってはおらず、町を横断する川を渡った所にあり、船着き場の方が賑わっているのだという。
〔あきはばら〜、秋葉原〜。ご乗車、ありがとうございます〕
電車が到着しても、すぐにはドアが開かない。
山手線ホームにはホームドアがあり、これが開いてからである。
確かに人身事故防止にはなっているのだろうが、京浜東北線の方には設置されていないので、そっちで事故が起きれば、結局ヤテ線も巻き添えで止まることに変わりは無い。
ホームドアも、稲生なら胸の高さなので、悪意のある線路内立ち入りであれば乗り越えてしまえるため、それも防ぐことはできない。
〔2番線の山手線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
先頭車に乗り込むと、電車は陽気な発車メロディの後で発車した。
JR東日本の在来線電車は、車掌の発車合図(ブザー)が省略されている。
だからドアが閉まると発車までのブランクが気になった。
その辺は都営大江戸線もそうだった。
〔次は御徒町、御徒町。お出口は、左側です。都営地下鉄大江戸線は、お乗り換えです〕
稲生は運転室すぐ後ろに立って、前面展望を眺めていた。
一応、隣にはマリアが立っている。
イリーナは5分もしない乗車時間だが、空いている席に座った。
「上野で、そこ始発の宇都宮線に乗り換えます。始発だから、必ず座れると思います」
と、稲生が言った。
もっとも、それは殆どの場合、“低いホーム”から出るので、“高いホーム”の山手線・京浜東北線からは乗り換えしにくいかもしれない。
[同日13:00.天候:晴 JR上野駅 稲生、マリア、イリーナ]
「えっ?グリーン車?乗車時間は25分くらいですが……」
「いいのいいの。これで、グリーン券買ってきなー」
イリーナはローブの中から1000円札2枚を出した。
「僕はSuicaがあるので……」
「改札の外に出ないと買えないのでは?」
「あー、いえ。上野駅はラチ内にも券売機はあります」
稲生はさらっと専門用語を使ったが、ラチとは改札のことである。
ラッチと言う場合もある。
稲生はそこで普通列車のグリーン券を2枚買い求め、あとは低いホームへの長いエスカレーターを降りた。
〔まもなく13番線に、当駅始発、普通、宇都宮行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、10両です。……〕
ほんの少し前まで、“北斗星”や“カシオペア”が発着していた13番線ホーム。
そこに短い10両編成の普通列車が入ってきた。
寝台車サイズのグリーン車だけが圧巻だ。
〔「業務連絡。13番541M、準備できましたら半自動扱いでドア操作願います」〕
「あっ、なるほど」
4号車のグリーン車の所まで来た時、開扉指示放送を聞いた稲生は、すぐにグリーン車にもあるドアボタンを押した。
「大糸線と同じだな」
「そういうことです。折り返し時間、開けっぱにすると寒いので」
稲生はそう言いながら、荷物を持って2階席に上がった。
こういう時、1番後ろの席だと楽である。
何故なら、座席の後ろに荷物が置けるからである。
「アタシは前に座って寝てるよ。改札が来たら、よろしく」
「あ、はい」
稲生はイリーナからグリーン券を受け取った。
「改札が来るまで、起きてたらいいじゃないですか」
マリアは呆れた様子で言った。
イリーナはそんな弟子の言葉を意に介することなく、ブラインドを閉めてローブのフードを被り、リクライニングを最大まで倒した。
もっとも、そこは普通列車。
グリーン車といっても、グレードは特急列車の普通車と大して変わらない。
だから料金も、それら優等列車のグリーン車よりも廉価に設定されている。
2階席があるのも、何も眺望をサービスしているのは表向きで、実際はなるべく多くの座席定員を確保する為である。
稲生は少し立ち上がって、頭上のSuica読取機に自分のSuicaを当てた。
こうすることで、稲生は改札を省略してもらうことができる。
〔この電車は宇都宮線、普通電車、宇都宮行きです。4号車と5号車はグリーン車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください〕
[同日13:08.JR宇都宮線541M普通列車4号車内 稲生、マリア、イリーナ]
13番線にオリジナルの発車ロメディが鳴り響く。
“あゝ上野駅”をアレンジしたものだ。
流れるのは13番線だけで、他のホームは汎用の発車メロディだったり、普通の発車ベル(電子電鈴)である。
〔13番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕
電車はドアを閉めて、ゆっくりと走り出した。
低いホームからの線路の方が本線であり、尾久駅の手前のポイントを渡らずに進むことができる。
「……本当にイリーナ先生、寝ちゃいましたねぇ……」
稲生が呆れたような感心したような様子で言った。
それに対しマリアが、
「もう婆さんだからしょうがない。魔法で美魔女の姿を保ってはいるけど、実態はポーリン先生と同じだから」
エレーナの師事するポーリンは、イリーナと違い、普段は老婆の姿をしている。
今回のパーティーの時は、さすがに若作りの魔法を使って、イリーナのようなL35の姿をしていた。
「弟子が若い魔女なら、師匠は老婆というのがベタな法則みたいです」
稲生が言うと、
「それはそうかもしれないな」
マリアも大きく頷いた。
「本来、師匠たるもの、それくらいベテランになってから弟子を取るものだからね」
「そういうものですかぁ……」
稲生はまた魔道師の世界の法則を知って、感嘆の声を上げた。
電車はようやく鶯谷、日暮里駅の辺りで加速を始めた。
上野駅を出てからしばらく徐行しなければならないのは、低いホームでも高いホームでも変わらないようである。
ヨドバシAkibaで昼食を取り、そこを後にしてきた魔道師達。
「先生が気持ち良く寝てらしたんで、逆に、誰も声を掛けなかったというのが凄いですね」
稲生が1時間半前までくらいの出来事を思い出した。
「本当、日本のマッサージチェアは高性能だったねぃ……。ああいうのは一家に1台欲しいねぇ……」
チラッチラッとマリアを見ながら喋るイリーナ。
しかしマリアはイリーナの方を見ずに、
「ずっとそれで寝てばっかりで、指導が疎かになっても困ります」
と、暗に却下した。
「マリアだって一人前になったんだから、マリアが指導してもいいじゃないのよー?」
「一人前にはなりましたが、弟子を取れる師範格にはまだなってませんから」
簡単に言えば、大学を卒業しただけのようなもの。
大学を卒業すれば学士の資格を得られるが、それだけでは『先生』にはなれない。
卒業した学部によっては、『先生』になれる資格を得ることはできるだろう。
稲生も、高校教員になれる資格は得ている。
教育実習で、母校の高校に行ったことがあるくらいだ。
だが実際そうなる為には、公立学校なら公務員試験を受けなければならないし、稲生の母校は私立であったが、そういう所であれば、そこでの採用試験を受けて合格しなければならない。
今、マリアはそういう立場にいるだけなのである。
大学の教壇に立ちたかったら、更に大学院に進まなければならない。
「まだ私は、師匠から教わっていない所がありますからね」
「先生という仕事も、なかなか因果なものだねぇ……」
「ハハ……。僕なんかまだ駆け出しですから、色々と御指導のほど、お願いしますよ?」
「あいよ」
〔まもなく2番線に、上野、池袋方面行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください〕
山手線の電車が接近してきた。
魔界高速電鉄環状線にも、秋葉原駅に相当する駅があったが、稲生は行ったことがない。
イリーナに言わせると、秋葉原駅ほど賑わってはおらず、町を横断する川を渡った所にあり、船着き場の方が賑わっているのだという。
〔あきはばら〜、秋葉原〜。ご乗車、ありがとうございます〕
電車が到着しても、すぐにはドアが開かない。
山手線ホームにはホームドアがあり、これが開いてからである。
確かに人身事故防止にはなっているのだろうが、京浜東北線の方には設置されていないので、そっちで事故が起きれば、結局ヤテ線も巻き添えで止まることに変わりは無い。
ホームドアも、稲生なら胸の高さなので、悪意のある線路内立ち入りであれば乗り越えてしまえるため、それも防ぐことはできない。
〔2番線の山手線、ドアが閉まります。ご注意ください。次の電車を、ご利用ください〕
先頭車に乗り込むと、電車は陽気な発車メロディの後で発車した。
JR東日本の在来線電車は、車掌の発車合図(ブザー)が省略されている。
だからドアが閉まると発車までのブランクが気になった。
その辺は都営大江戸線もそうだった。
〔次は御徒町、御徒町。お出口は、左側です。都営地下鉄大江戸線は、お乗り換えです〕
稲生は運転室すぐ後ろに立って、前面展望を眺めていた。
一応、隣にはマリアが立っている。
イリーナは5分もしない乗車時間だが、空いている席に座った。
「上野で、そこ始発の宇都宮線に乗り換えます。始発だから、必ず座れると思います」
と、稲生が言った。
もっとも、それは殆どの場合、“低いホーム”から出るので、“高いホーム”の山手線・京浜東北線からは乗り換えしにくいかもしれない。
[同日13:00.天候:晴 JR上野駅 稲生、マリア、イリーナ]
「えっ?グリーン車?乗車時間は25分くらいですが……」
「いいのいいの。これで、グリーン券買ってきなー」
イリーナはローブの中から1000円札2枚を出した。
「僕はSuicaがあるので……」
「改札の外に出ないと買えないのでは?」
「あー、いえ。上野駅はラチ内にも券売機はあります」
稲生はさらっと専門用語を使ったが、ラチとは改札のことである。
ラッチと言う場合もある。
稲生はそこで普通列車のグリーン券を2枚買い求め、あとは低いホームへの長いエスカレーターを降りた。
〔まもなく13番線に、当駅始発、普通、宇都宮行きが参ります。危ないですから、黄色い線までお下がりください。この列車は、10両です。……〕
ほんの少し前まで、“北斗星”や“カシオペア”が発着していた13番線ホーム。
そこに短い10両編成の普通列車が入ってきた。
寝台車サイズのグリーン車だけが圧巻だ。
〔「業務連絡。13番541M、準備できましたら半自動扱いでドア操作願います」〕
「あっ、なるほど」
4号車のグリーン車の所まで来た時、開扉指示放送を聞いた稲生は、すぐにグリーン車にもあるドアボタンを押した。
「大糸線と同じだな」
「そういうことです。折り返し時間、開けっぱにすると寒いので」
稲生はそう言いながら、荷物を持って2階席に上がった。
こういう時、1番後ろの席だと楽である。
何故なら、座席の後ろに荷物が置けるからである。
「アタシは前に座って寝てるよ。改札が来たら、よろしく」
「あ、はい」
稲生はイリーナからグリーン券を受け取った。
「改札が来るまで、起きてたらいいじゃないですか」
マリアは呆れた様子で言った。
イリーナはそんな弟子の言葉を意に介することなく、ブラインドを閉めてローブのフードを被り、リクライニングを最大まで倒した。
もっとも、そこは普通列車。
グリーン車といっても、グレードは特急列車の普通車と大して変わらない。
だから料金も、それら優等列車のグリーン車よりも廉価に設定されている。
2階席があるのも、何も眺望をサービスしているのは表向きで、実際はなるべく多くの座席定員を確保する為である。
稲生は少し立ち上がって、頭上のSuica読取機に自分のSuicaを当てた。
こうすることで、稲生は改札を省略してもらうことができる。
〔この電車は宇都宮線、普通電車、宇都宮行きです。4号車と5号車はグリーン車です。車内でグリーン券をお買い求めの場合、駅での発売額と異なりますので、ご了承ください〕
[同日13:08.JR宇都宮線541M普通列車4号車内 稲生、マリア、イリーナ]
13番線にオリジナルの発車ロメディが鳴り響く。
“あゝ上野駅”をアレンジしたものだ。
流れるのは13番線だけで、他のホームは汎用の発車メロディだったり、普通の発車ベル(電子電鈴)である。
〔13番線、ドアが閉まります。ご注意ください〕
電車はドアを閉めて、ゆっくりと走り出した。
低いホームからの線路の方が本線であり、尾久駅の手前のポイントを渡らずに進むことができる。
「……本当にイリーナ先生、寝ちゃいましたねぇ……」
稲生が呆れたような感心したような様子で言った。
それに対しマリアが、
「もう婆さんだからしょうがない。魔法で美魔女の姿を保ってはいるけど、実態はポーリン先生と同じだから」
エレーナの師事するポーリンは、イリーナと違い、普段は老婆の姿をしている。
今回のパーティーの時は、さすがに若作りの魔法を使って、イリーナのようなL35の姿をしていた。
「弟子が若い魔女なら、師匠は老婆というのがベタな法則みたいです」
稲生が言うと、
「それはそうかもしれないな」
マリアも大きく頷いた。
「本来、師匠たるもの、それくらいベテランになってから弟子を取るものだからね」
「そういうものですかぁ……」
稲生はまた魔道師の世界の法則を知って、感嘆の声を上げた。
電車はようやく鶯谷、日暮里駅の辺りで加速を始めた。
上野駅を出てからしばらく徐行しなければならないのは、低いホームでも高いホームでも変わらないようである。