[稲生のスマホでは1月14日06:00.天候:曇 魔界アルカディア王国・西部辺境 稲生勇太&サーシャ]
「……おい、起きな。もう朝だよ」
「う……」
稲生は初めて野宿をするハメになった。
「この辺もモンスターがうろついている所だからね、いつまでも寝てらんないよ」
女戦士が簡単な寝具を片付けながら言う。
「あ……はい。おはようございます」
「律儀なヤツだな。おはよう。まあいい。早いとこ朝食べて出発だ」
「は、はい」
稲生は指示された通り動きながら、昨夜のことを思い出していた。
魔法陣が謎の暴走を起こし、魔界に呼び込まれて倒れていたところを助けてくれたという女戦士。
年は稲生と大して変わらないように見える。
ただ、身長は稲生よりも高く、鎧で覆われていない所は人間界のアスリート以上に引き締まっているのが分かった。
名前はサーシャと名乗った。
名字もあるようなのだが、それはどういうわけだか名乗りたがらなかった。
それに、サーシャというロシア系の名前だが、これは愛称で、正式にはアレクサンドラとなるはずだ。
稲生がそれを指摘すると不快そうな顔をして、一応は肯定した。
だが、サーシャはアレクサンドラという本名を呼ばれるのが嫌いらしく、愛称のサーシャで呼ぶように強く言った。
「じゃ、準備はできたか?」
「はい」
「目指す場所は、あっちだ。夕方までに着くといいんだけどな」
「夕方!……歩きで?」
「他に何がある?」
「魔界にはバスは……無いし、タクシーも……無いし」
そもそも魔界には自動車交通自体が無い。
「魔界高速電鉄とか走ってませんか?」
「何言ってるんだ?分かりやすく説明して……あ、いや。魔道師に説明させると、余計こんがらがるからいい。とにかく、歩きだ。行こう」
「はい……」
「なぁに。魔道師様の体力の無さは知ってるよ。ちゃんとあなたに合わせて歩くさ」
「はあ、どうも」
稲生は女戦士サーシャについて歩いた。
彼女は軽装の鎧を着けている。
恐らく、これがビキニアーマー(和製英語。本当の英語ではメタル・ビキニまたはビキニ・メイル)と呼ばれるものだろう。
ただ、人間界でのイラストなどと比べれば、まだ現実的な恰好をしているように見える。
具体的には人間界におけるそれと違って、比較的露出は少ないし、肌の上から直接鎧を着けているわけではないようだ。
スポーツブラの上から胸当てと肩当てを着け、ビキニショーツ(というか、陸上競技におけるレーシング・ショーツに似ている)の上から腰当てと股当てを着装している。
彼女は元々別のパーティーを組んで旅をしていたが、その仲間の重戦士の男と恋仲になり、婚約までしたところで、その重戦士が行方不明になってしまったという。
その手かがりを求めて、このアルカディア王国までやってきたとのこと。
「魔道師さんは顔が広いって言うからね。何か知らないかと思った」
「……師匠のイリーナ先生なら知ってるかもしれませんが、僕はまだ見習の身で……」
「私が聞いた話では、ここ最近、魔界と人間界との均衡が不安定だってことだ。あなたが想定外で魔界に来たってことは、あいつももしかしたら、人間界に飛ばされたかもしれない」
「いくら人間でも、生まれも育ちも魔界の人が、人間界に行ったら大変ですよ」
「だろうね。人間界には、こんな恰好したヤツなんていないんだろう?」
「ええ、まあ。(コスプレ会場なら、あるいは……)」
「で、イノーの御師匠様とやらはどこにいる?」
「それが、連絡が取れないんです」
稲生は手持ちのスマホを取り出した。
魔界なんだから人間界のスマホが使えないのは当然だろうと思うところだが、実はイリーナが魔法で、魔界からでもイリーナやマリアの水晶球や屋敷の電話に通じるようにしてくれたのだ。
だが、それが何故か圏外のままである。
「僕がここにいると知って、捜しに来てくれないかなぁ……」
「その御師匠さん達は、ここで待っていたら来てくれるのかい?」
「分かりません」
「だったら、行動しよう。あの人も、『迷ったらとにかく行動してみよう』って言ってたしね」
恋仲の重戦士のことである。
パーティーではリーダー的な役割を果たしていたようだ。
「アルカディアシティに行けば、何とかなるかもしれません。あそこは連絡網も発達してますし、最悪、安倍総理を知っているので、何とかしてもらいます」
「おおっ、アベ首相か。確かイノーと同じ、人間界から来た『元・勇者』だったね。さすがは魔道師さん、顔が広い」
「いや、そんなことは……。アルカディアシティまで、どのくらいありますかね?」
「あー、そうだねぇ……」
サーシャは荷物の中から地図を取り出した。
それはアルカディア王国の地図。
国土はとても広いが、王都は殆ど東部に偏っている。
まるで、東京都のようだ。
「そもそもアルカディア王国の国土って……?東京都くらいですか?」
「トーキョート?それがイノーの故郷か?」
「あ、いえ、まあ……。それとアルカディア王国の形って似てるなあって……」
「まあ、いいや。ここが『魔界富士』だろ?」
三鷹市に当たる部分に『魔界富士』が鎮座している。
「今、ここにいる」
「……奥多摩郡……ですか」
「オーク・タ・マーグ山地だね。名前の通り、オークが多く生息している場所だそうだよ」
「オークと言うと、2足歩行の人型の豚モンスターでしたっけ?」
「その通りさ」
サーシャは立ち上がると、同時に左腰の剣を抜いた。
「!?」
稲生がびっくりしてその剣の切っ先を見ると、わらわらと5〜6匹のオークがいた。
手にはコンボウや槍を持っていて、全体的に青っぽい肌をしている。
確かに2足歩行だが、頭は豚や猪の姿をしていた。
稲生達を見て下卑た笑みを浮かべたり、涎を垂らしたり、牙を剥いたりしているので、
「こんにちはー」
「はい、どうもー」
ってな感じで、すれ違いはさせてもらえなさそうである。
「サーシャさん!」
「あんなザコ達、私1人で十分だ。後ろに下がってて」
「は、はい!」
サーシャは簡単にオーク達を屠ってしまった。
「少し歩いただけでこのザマだ。こりゃ夕方までに町か村まで着けるかどうかだね」
「ええーっ!?」
「さすがに連続で野宿はキツいね。せめて宿屋に泊まりたいよ」
「そうですよね」
稲生もあまり眠れなかった。
ここでふと稲生は気づいた。
稲生を引き込んだあの魔法陣。
周囲にマリアがいなかったのは、マリア自身もまた魔法陣に引き込まれてしまったのではいないかと。
「どうした?」
「い、いや。もしかしたら、マリアさん……僕の先輩魔道師が、既にこの魔界に来ているかもしれないと思いまして……」
「そりゃいい。やっぱり王都に行く必要があるな。急ごう」
「はい」
サーシャはオークの血糊のついた剣から汚れを拭き取ると、それを鞘にしまった。
兜は頭全体を覆うものではなく、ヘッドギアに装飾を施したものになっている。
そのヘッドギア型の兜を取って、汗を拭う。
黒髪をポニーテールにしている。
「ん?」
明るい所でサーシャの顔をはっきり見た稲生は、彼女をどこかで見たよう気がした。
黒い髪に緑の瞳。
典型的なロシア系の女性の顔立ちだが、ダンテ一門は往々にして7割方くらいロシア系なので、それで見たことがあるような気がするのかもしれない。
日本人にとって、白人や黒人は同じような顔に見えるのと同じか。
(気のせいか……)
「ああ、そうそう。もう1つ気になる場所があるんだ」
「何ですか?」
「とあるダンジョンの話を聞いたことがあって、ただ、それが入口を魔法の結界で塞がれているらしいんだ。もしかしたら、魔道師さんなら何か分かるかと思ってね」
「そのダンジョン、何かあるんですか?」
「いわゆる、トレジャーハンターってヤツから聞いた話だから、お宝でも隠されてるんじゃないの?別に私はそんなのに興味があるわけじゃないけど、せっかく魔道師さんが一緒なんだから行ってみようかと思って」
「はあ……。(こんなことしてる場合じゃないのに……。早いとこアルカディアシティに行って、善後策を考えないと……)」
稲生ははっきり言って乗り気ではなかったが、
(魔法の結界を張っているってことは、魔道師の誰かが管理しているってことなのかもしれない。もし上手く魔道師と会えたら、何とかなるかも……)
「どうだい?興味無いかい?」
「分かりました。一応、行ってみることにしましょう」
「そうこなくちゃ!……って言っても、まずはこの地域の中で大きな町に行かないと。ダンジョンはその町の郊外にあるからね」
「ああ、それが夕方までに着ければって話なんですね」
「そういうこと」
2人は先に進んだ。
町に着くまでに、オークやそれの亜種と思われるモンスターの歓迎を受けながら……。
「……おい、起きな。もう朝だよ」
「う……」
稲生は初めて野宿をするハメになった。
「この辺もモンスターがうろついている所だからね、いつまでも寝てらんないよ」
女戦士が簡単な寝具を片付けながら言う。
「あ……はい。おはようございます」
「律儀なヤツだな。おはよう。まあいい。早いとこ朝食べて出発だ」
「は、はい」
稲生は指示された通り動きながら、昨夜のことを思い出していた。
魔法陣が謎の暴走を起こし、魔界に呼び込まれて倒れていたところを助けてくれたという女戦士。
年は稲生と大して変わらないように見える。
ただ、身長は稲生よりも高く、鎧で覆われていない所は人間界のアスリート以上に引き締まっているのが分かった。
名前はサーシャと名乗った。
名字もあるようなのだが、それはどういうわけだか名乗りたがらなかった。
それに、サーシャというロシア系の名前だが、これは愛称で、正式にはアレクサンドラとなるはずだ。
稲生がそれを指摘すると不快そうな顔をして、一応は肯定した。
だが、サーシャはアレクサンドラという本名を呼ばれるのが嫌いらしく、愛称のサーシャで呼ぶように強く言った。
「じゃ、準備はできたか?」
「はい」
「目指す場所は、あっちだ。夕方までに着くといいんだけどな」
「夕方!……歩きで?」
「他に何がある?」
「魔界にはバスは……無いし、タクシーも……無いし」
そもそも魔界には自動車交通自体が無い。
「魔界高速電鉄とか走ってませんか?」
「何言ってるんだ?分かりやすく説明して……あ、いや。魔道師に説明させると、余計こんがらがるからいい。とにかく、歩きだ。行こう」
「はい……」
「なぁに。魔道師様の体力の無さは知ってるよ。ちゃんとあなたに合わせて歩くさ」
「はあ、どうも」
稲生は女戦士サーシャについて歩いた。
彼女は軽装の鎧を着けている。
恐らく、これがビキニアーマー(和製英語。本当の英語ではメタル・ビキニまたはビキニ・メイル)と呼ばれるものだろう。
ただ、人間界でのイラストなどと比べれば、まだ現実的な恰好をしているように見える。
具体的には人間界におけるそれと違って、比較的露出は少ないし、肌の上から直接鎧を着けているわけではないようだ。
スポーツブラの上から胸当てと肩当てを着け、ビキニショーツ(というか、陸上競技におけるレーシング・ショーツに似ている)の上から腰当てと股当てを着装している。
彼女は元々別のパーティーを組んで旅をしていたが、その仲間の重戦士の男と恋仲になり、婚約までしたところで、その重戦士が行方不明になってしまったという。
その手かがりを求めて、このアルカディア王国までやってきたとのこと。
「魔道師さんは顔が広いって言うからね。何か知らないかと思った」
「……師匠のイリーナ先生なら知ってるかもしれませんが、僕はまだ見習の身で……」
「私が聞いた話では、ここ最近、魔界と人間界との均衡が不安定だってことだ。あなたが想定外で魔界に来たってことは、あいつももしかしたら、人間界に飛ばされたかもしれない」
「いくら人間でも、生まれも育ちも魔界の人が、人間界に行ったら大変ですよ」
「だろうね。人間界には、こんな恰好したヤツなんていないんだろう?」
「ええ、まあ。(コスプレ会場なら、あるいは……)」
「で、イノーの御師匠様とやらはどこにいる?」
「それが、連絡が取れないんです」
稲生は手持ちのスマホを取り出した。
魔界なんだから人間界のスマホが使えないのは当然だろうと思うところだが、実はイリーナが魔法で、魔界からでもイリーナやマリアの水晶球や屋敷の電話に通じるようにしてくれたのだ。
だが、それが何故か圏外のままである。
「僕がここにいると知って、捜しに来てくれないかなぁ……」
「その御師匠さん達は、ここで待っていたら来てくれるのかい?」
「分かりません」
「だったら、行動しよう。あの人も、『迷ったらとにかく行動してみよう』って言ってたしね」
恋仲の重戦士のことである。
パーティーではリーダー的な役割を果たしていたようだ。
「アルカディアシティに行けば、何とかなるかもしれません。あそこは連絡網も発達してますし、最悪、安倍総理を知っているので、何とかしてもらいます」
「おおっ、アベ首相か。確かイノーと同じ、人間界から来た『元・勇者』だったね。さすがは魔道師さん、顔が広い」
「いや、そんなことは……。アルカディアシティまで、どのくらいありますかね?」
「あー、そうだねぇ……」
サーシャは荷物の中から地図を取り出した。
それはアルカディア王国の地図。
国土はとても広いが、王都は殆ど東部に偏っている。
まるで、東京都のようだ。
「そもそもアルカディア王国の国土って……?東京都くらいですか?」
「トーキョート?それがイノーの故郷か?」
「あ、いえ、まあ……。それとアルカディア王国の形って似てるなあって……」
「まあ、いいや。ここが『魔界富士』だろ?」
三鷹市に当たる部分に『魔界富士』が鎮座している。
「今、ここにいる」
「……奥多摩郡……ですか」
「オーク・タ・マーグ山地だね。名前の通り、オークが多く生息している場所だそうだよ」
「オークと言うと、2足歩行の人型の豚モンスターでしたっけ?」
「その通りさ」
サーシャは立ち上がると、同時に左腰の剣を抜いた。
「!?」
稲生がびっくりしてその剣の切っ先を見ると、わらわらと5〜6匹のオークがいた。
手にはコンボウや槍を持っていて、全体的に青っぽい肌をしている。
確かに2足歩行だが、頭は豚や猪の姿をしていた。
稲生達を見て下卑た笑みを浮かべたり、涎を垂らしたり、牙を剥いたりしているので、
「こんにちはー」
「はい、どうもー」
ってな感じで、すれ違いはさせてもらえなさそうである。
「サーシャさん!」
「あんなザコ達、私1人で十分だ。後ろに下がってて」
「は、はい!」
サーシャは簡単にオーク達を屠ってしまった。
「少し歩いただけでこのザマだ。こりゃ夕方までに町か村まで着けるかどうかだね」
「ええーっ!?」
「さすがに連続で野宿はキツいね。せめて宿屋に泊まりたいよ」
「そうですよね」
稲生もあまり眠れなかった。
ここでふと稲生は気づいた。
稲生を引き込んだあの魔法陣。
周囲にマリアがいなかったのは、マリア自身もまた魔法陣に引き込まれてしまったのではいないかと。
「どうした?」
「い、いや。もしかしたら、マリアさん……僕の先輩魔道師が、既にこの魔界に来ているかもしれないと思いまして……」
「そりゃいい。やっぱり王都に行く必要があるな。急ごう」
「はい」
サーシャはオークの血糊のついた剣から汚れを拭き取ると、それを鞘にしまった。
兜は頭全体を覆うものではなく、ヘッドギアに装飾を施したものになっている。
そのヘッドギア型の兜を取って、汗を拭う。
黒髪をポニーテールにしている。
「ん?」
明るい所でサーシャの顔をはっきり見た稲生は、彼女をどこかで見たよう気がした。
黒い髪に緑の瞳。
典型的なロシア系の女性の顔立ちだが、ダンテ一門は往々にして7割方くらいロシア系なので、それで見たことがあるような気がするのかもしれない。
日本人にとって、白人や黒人は同じような顔に見えるのと同じか。
(気のせいか……)
「ああ、そうそう。もう1つ気になる場所があるんだ」
「何ですか?」
「とあるダンジョンの話を聞いたことがあって、ただ、それが入口を魔法の結界で塞がれているらしいんだ。もしかしたら、魔道師さんなら何か分かるかと思ってね」
「そのダンジョン、何かあるんですか?」
「いわゆる、トレジャーハンターってヤツから聞いた話だから、お宝でも隠されてるんじゃないの?別に私はそんなのに興味があるわけじゃないけど、せっかく魔道師さんが一緒なんだから行ってみようかと思って」
「はあ……。(こんなことしてる場合じゃないのに……。早いとこアルカディアシティに行って、善後策を考えないと……)」
稲生ははっきり言って乗り気ではなかったが、
(魔法の結界を張っているってことは、魔道師の誰かが管理しているってことなのかもしれない。もし上手く魔道師と会えたら、何とかなるかも……)
「どうだい?興味無いかい?」
「分かりました。一応、行ってみることにしましょう」
「そうこなくちゃ!……って言っても、まずはこの地域の中で大きな町に行かないと。ダンジョンはその町の郊外にあるからね」
「ああ、それが夕方までに着ければって話なんですね」
「そういうこと」
2人は先に進んだ。
町に着くまでに、オークやそれの亜種と思われるモンスターの歓迎を受けながら……。