>フェイク 第1577号 投稿者:宿坊 投稿日:2017年 4月13日(木)17時18分50秒
(発行=17.04.13)
「日成寺の住職が首吊り自殺!」
「無謀なノルマと人間関係に悩んだ安孫子信洋」
「冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠牲者」
日蓮正宗・日成寺(埼玉県朝霞市)住職で権大僧都の安孫子信洋(写真)が三月二十四日朝、寺の敷地内で首を吊って死んでいるのが発見された。四十六歳だった。
身内の嘆き悲しみは察するに余りあるが、知らせを受けた早瀬日如は顔色を変えて「えっ」と言った後、暫くの間、言葉を失っていたということである。
自殺の原因は、残された遺書によると、日如が打ち出した過酷な折伏ノルマの進捗状況を苦にしており、そのうえ、寺の法華講員との人間関係にも悩んでいたことがうかがえた。
日如が絶句したのも無理は無い。安孫子は昨年十一月二十四日、佐々木正演の後任として同寺の第二代住職に就任したばかりだった。
安孫子は就任の挨拶で「宗開両祖の御聖訓を心肝に染め、大法広布、寺運興隆、寺檀和合に精進し、以て仏祖三宝の御恩徳を報じ奉り、御法主日如上人猊下、御師範日顕上人猊下の御慈悲にお応え申し上げる覚悟でございます」と述べていた。
それから僅か四ケ月後に、このような悲劇が起こるとは誰も予想できなかった。
故人を良く知る人達は異口同音に「真面目な人でした」と言う。日蓮正宗の僧の中では珍しく正直で誠実な人柄だった。
それだけに宗務院布教部の度を過ぎた厳しい締め付けに耐えられず、自ら命を絶ったと思われる。実に痛ましいことである。
日蓮正宗の僧の中には、詐欺まがいの折伏を成果として数え、或いは帳尻合わせの成果で誤魔化すような狡猾な住職もいる。
そんな悪辣な坊主と違って、正直な安孫子を日如や布教部長の阿部信彰らは自殺するまで追い込んだ結果の悲劇であり、冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠牲者といえる。
「葬儀の導師を断った日如に『冷酷だ』の声」
本来なら住職の死は速やかに「宗務広報」などで宗内に知らされ、日如が大導師を勤めるのだが、安孫子の場合、直ぐには徹底されなかった。
しかも、日如は通夜にも告別式にも姿を見せず、埼玉布教区が主体になって二十七日に通夜、二十八日に葬儀が佐藤日栄の導師で行なわれた。その日如の仕打ちに「余りにも冷酷すぎる」と関係者は嘆いていた。
安孫子は昭和四十六年二月生まれ、同五十八年に得度。信善寺やブラジルの正法寺住職を経て昨年十一月に日成寺の住職になった。
毎年、信徒の一割増という乱暴なノルマに苦しみ、悩んだ末に還俗し、或いは隠居した者もいる。ストレスが溜まって性犯罪に走った住職もいたし、法敬院(対馬市)の長野良宏のように親元に逃げ帰った者もいる。そして遂に、住職の自殺という最悪の事態を招いた。
過去には火災で焼死した法主(日恭)、地震で倒れた石塔の下敷きになって死んだ学頭(久遠院日謄)、自業自得の罪で自ら命を絶った住職などはいた。だが、無謀なノルマを苦に前途ある住職が自殺するとは、日蓮正宗の末期的症状を象徴する出来事といえよう。(引用終わり)
さすがにお坊さんが自殺するのは異常だと思う。
顕正会員でもこんなことしないよ、多分。
いや、もしかしたらいるのかもしれないけど、少なくとも私が現役だった頃にはそんな話は聞かなかった。
当時は“あっつぁの顕正会体験記”が稼働中だったから、もしそんな自殺する顕正会員がいたなら、とっくに誰かがその情報を掴んで公表していただろう。
顕正会員でもしないことをお坊さんがやってしまったということは、はっきり言って宗門のどこかが顕正会以下に陥ってしまったと言えないか?
なんぼ御書をひけらかして、
「オラ!御書にはこう書いてあんだよ!よく読めや!」
みたいなことをしてもだな、或いは、
「はい、皆さん!これは偽本尊でーす!見て見て!」
と街頭で晒し物にしたところで、お坊さんが折伏誓願に悩んで自殺したという事実は覆らんぞ?はっきり言って。
今まで“フェイク”は事故や事件、早逝したお坊さんを晒し者にしていて、さすがにそこまでやるか?と思っていたのだが、さすがに今度のは宗門も分が悪いのではないか?(事件を起こした坊さんにあっても宗門として責任を取るべきだろうが、事故や病死はしょうがない気がする)
しかも、どこまで本当かは分からないけど、遺書には折伏誓願や信徒との人間関係の悩みが書かれていたというんだから。
全然、救われてないじゃん!というのが露呈してしまったね。
なあ?そこの武闘派さんよ。本当に、あんたがひけらかしている御書の内容と意味は本当に合っているのかい?
信徒が自殺してしまったというのなら、まだ分かるよ。
その御住職や講頭の力が足りなかったということにはなるけど。
だけど、その信徒を救い上げる立場にある住職さんが首吊りしたんじゃどうしようもないだろうよ。
私のような末端信徒は身軽だからすぐに辞めれるけれど、そういう退転者って意外と多いんじゃないの?
やっぱり辞めて良かったと思うよ。
ここの宗派は何かおかしい。
(発行=17.04.13)
「日成寺の住職が首吊り自殺!」
「無謀なノルマと人間関係に悩んだ安孫子信洋」
「冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠牲者」
日蓮正宗・日成寺(埼玉県朝霞市)住職で権大僧都の安孫子信洋(写真)が三月二十四日朝、寺の敷地内で首を吊って死んでいるのが発見された。四十六歳だった。
身内の嘆き悲しみは察するに余りあるが、知らせを受けた早瀬日如は顔色を変えて「えっ」と言った後、暫くの間、言葉を失っていたということである。
自殺の原因は、残された遺書によると、日如が打ち出した過酷な折伏ノルマの進捗状況を苦にしており、そのうえ、寺の法華講員との人間関係にも悩んでいたことがうかがえた。
日如が絶句したのも無理は無い。安孫子は昨年十一月二十四日、佐々木正演の後任として同寺の第二代住職に就任したばかりだった。
安孫子は就任の挨拶で「宗開両祖の御聖訓を心肝に染め、大法広布、寺運興隆、寺檀和合に精進し、以て仏祖三宝の御恩徳を報じ奉り、御法主日如上人猊下、御師範日顕上人猊下の御慈悲にお応え申し上げる覚悟でございます」と述べていた。
それから僅か四ケ月後に、このような悲劇が起こるとは誰も予想できなかった。
故人を良く知る人達は異口同音に「真面目な人でした」と言う。日蓮正宗の僧の中では珍しく正直で誠実な人柄だった。
それだけに宗務院布教部の度を過ぎた厳しい締め付けに耐えられず、自ら命を絶ったと思われる。実に痛ましいことである。
日蓮正宗の僧の中には、詐欺まがいの折伏を成果として数え、或いは帳尻合わせの成果で誤魔化すような狡猾な住職もいる。
そんな悪辣な坊主と違って、正直な安孫子を日如や布教部長の阿部信彰らは自殺するまで追い込んだ結果の悲劇であり、冷酷で無慈悲な邪宗門の悲しい犠牲者といえる。
「葬儀の導師を断った日如に『冷酷だ』の声」
本来なら住職の死は速やかに「宗務広報」などで宗内に知らされ、日如が大導師を勤めるのだが、安孫子の場合、直ぐには徹底されなかった。
しかも、日如は通夜にも告別式にも姿を見せず、埼玉布教区が主体になって二十七日に通夜、二十八日に葬儀が佐藤日栄の導師で行なわれた。その日如の仕打ちに「余りにも冷酷すぎる」と関係者は嘆いていた。
安孫子は昭和四十六年二月生まれ、同五十八年に得度。信善寺やブラジルの正法寺住職を経て昨年十一月に日成寺の住職になった。
毎年、信徒の一割増という乱暴なノルマに苦しみ、悩んだ末に還俗し、或いは隠居した者もいる。ストレスが溜まって性犯罪に走った住職もいたし、法敬院(対馬市)の長野良宏のように親元に逃げ帰った者もいる。そして遂に、住職の自殺という最悪の事態を招いた。
過去には火災で焼死した法主(日恭)、地震で倒れた石塔の下敷きになって死んだ学頭(久遠院日謄)、自業自得の罪で自ら命を絶った住職などはいた。だが、無謀なノルマを苦に前途ある住職が自殺するとは、日蓮正宗の末期的症状を象徴する出来事といえよう。(引用終わり)
さすがにお坊さんが自殺するのは異常だと思う。
顕正会員でもこんなことしないよ、多分。
いや、もしかしたらいるのかもしれないけど、少なくとも私が現役だった頃にはそんな話は聞かなかった。
当時は“あっつぁの顕正会体験記”が稼働中だったから、もしそんな自殺する顕正会員がいたなら、とっくに誰かがその情報を掴んで公表していただろう。
顕正会員でもしないことをお坊さんがやってしまったということは、はっきり言って宗門のどこかが顕正会以下に陥ってしまったと言えないか?
なんぼ御書をひけらかして、
「オラ!御書にはこう書いてあんだよ!よく読めや!」
みたいなことをしてもだな、或いは、
「はい、皆さん!これは偽本尊でーす!見て見て!」
と街頭で晒し物にしたところで、お坊さんが折伏誓願に悩んで自殺したという事実は覆らんぞ?はっきり言って。
今まで“フェイク”は事故や事件、早逝したお坊さんを晒し者にしていて、さすがにそこまでやるか?と思っていたのだが、さすがに今度のは宗門も分が悪いのではないか?(事件を起こした坊さんにあっても宗門として責任を取るべきだろうが、事故や病死はしょうがない気がする)
しかも、どこまで本当かは分からないけど、遺書には折伏誓願や信徒との人間関係の悩みが書かれていたというんだから。
全然、救われてないじゃん!というのが露呈してしまったね。
なあ?そこの武闘派さんよ。本当に、あんたがひけらかしている御書の内容と意味は本当に合っているのかい?
信徒が自殺してしまったというのなら、まだ分かるよ。
その御住職や講頭の力が足りなかったということにはなるけど。
だけど、その信徒を救い上げる立場にある住職さんが首吊りしたんじゃどうしようもないだろうよ。
私のような末端信徒は身軽だからすぐに辞めれるけれど、そういう退転者って意外と多いんじゃないの?
やっぱり辞めて良かったと思うよ。
ここの宗派は何かおかしい。
お疲れ様です。
正直、これはメッチャショックでした。
厳虎独白のほうでも、去年だったか一頻り
話題になったじゃないですか。
他の寺院様がやる事だから口を出しちゃ
いけないんだ!って思ってたんですけど、
これは・・・。
関東在住ではありませんので、イベント折伏
を実際に見た事はないんですけど、正直
めっちゃショックでした。
ご住職様だけじゃなく、信徒の方々もそうですけど
「命」だけは、自ら絶ってはいけない。
そう信じています。
安孫子信洋御尊師様のご冥福を、心より
お祈り申し上げます。
顕正会ですら自殺することの重罪さについて教えているのに、折伏する側があれではね、何の説得力も無いですよね。
妙観講も新願者の無条件受誡をやめたようですし(入講志願者には条件が必要)、末寺・支部レベルでは、数だけ増やせば良いというのがおかしいということに気づいているわけです。
でも、数が増えないとサボっているように見えてしまうのもまた事実。
そこで、やってる感を出す為にイベント折伏なんかをたまにやるんですよ。
見てご覧なさい。
慈悲など、欠片も伝わってこないでしょう?
やってる側もパフォーマンスなもんで、成果は期待していないんですよ。
本山にやってる感出す為のものです。
世知辛いですね。
ですから、テレビ等で自殺した人に対して
教育関係者や評論家が「命を大切に」なんて
死者に鞭打つ様な発言をしてるのを観ると
非常に腹がたちます。
自殺した人を「命を粗末にしやがって」と思うか
「死ななければならない程辛かったんだね」と思うか
どちらも正論ではあるけれども
微妙な一念の差だと思うのです。
なにやら日蓮正宗の僧侶の自殺について語っているようで。
私は勿論、僧侶の世界を知らないのでこんなこと言うのもなんですが、僧侶の方々の
法主上人から受ける圧力は、相当なものなのでしょう。
”広宣流布は大地を的とするなるべし“
法主上人から末端の弟子までが皆、この金言を信じるのならば
数の縛りはいらない気がするのですが。
1度も自殺を図ったことのない私がどんな言葉を掛けようとも、それは何の意味も無いことは承知しています。
創価学会で救われ、日蓮正宗で救われなかった者がいたという事実のみです。
命は実際、「軽いもの」だと思います。
私はトラックドライバーをしていた時、トラックがオシャカになるほどの事故を起こしたのにも関わらず、こうして生きています。
しかし、中にはその事故で死ぬ人もいるでしょう。
学校では命の「重み」を伝えようとするから、おかしいんです。
実際は、「人間、この程度のことで死ぬんだ」という「軽さ」を教える方が、よっぽど効果があると思うのですがね。
何だか、「僧侶オワコン説」が現実味を帯びてきているようですな。
実際何があったか、Y田さんと一緒に日成寺に聞きに行きたいくらいですよ。
取りあえず、そこの信徒達はしばらく折伏を控えた方がいいような気がします。
中途半端にやるから、変に上から圧力が掛かるんですよ。
宗派あっての信徒ではなく、信徒あっての宗派であることを本山に知ってもらうチャンスにしませんと、自殺した住職さんも浮かばれません。
百三さんやマイケルさんへ宛てて
書いたんではありません。
一般論として私個人の考えを書いただけです。
勿論、宝器たる自身の身を傷つける行為は
仏法上許される行為でない事は理解した上での
書き込みである事は御理解下さい。