ボックス! | |
クリエーター情報なし | |
太田出版 |
このところ百田尚樹の小説を読み始めている。有名どころは、まだ読んでいないが今回で3冊目となった。1冊目が「プリズム」で解離性同一障害を患う男と人妻が恋愛する話でちょっと異色のストーリーだった。女性の視点で書かれていたが、百田尚樹氏は女性目線の小説は苦手なのか、表現がぎこちない感じで今一つの内容だった。2冊目は「影法師」だ。これは時代物で、下級武士だった勘一と幼なじみの彦四郎との友情の物語であると同時に、究極のラブストーリーでもあった。彦四郎の自分の全人生を犠牲にしてまで勘一を出世させる行動には、深いわけがあったのだ。ずいぶん長いお話だったが、読みごとにぐいぐいひきこまれ、あっという間に読み終わってしまった。この作家は、男同士の友情とか闘志といったものを書かせたら抜群にうまいのではないだろうか。「影法師」は素晴らしい内容で、読み終わっても感動の余韻が残っていた。
さて、3冊目は高校のアマチュアボクシングが舞台の「ボックス!」だ。ボクシングにかけては天才の鏑矢義平と文武両道を目指す努力型の木樽優紀という仲の良い同級生二人を軸に展開する青春ストーリーだ。これも、どちらかといえばタイプの違った二人の高校生がボクシングを通して夢に向かっていく姿を軸にしたストーリーであり、高校生の熱い友情が気持ちいい。
当初、ストーリーが高校生のボクシングを題材にした小説ということで、何かマニアックすぎてあまり面白くないのではという心配もあったが、数ページ読んだだけでどんどん小説の中の世界にのめり込んでいった。物語は、優紀と、高校のボクシング部顧問の耀子の視点で展開する。ボクシングには初心者の耀子が、監督に質問するかたちでボクシングの解説を細かく書かれている部分が結構あり、ボクシングのことをよく知らない一般読者に対しては大分参考になった。600ページ近い小説だが、かなりの割合でボクシングに関するうんちくや対戦シーンで占められている。あまり馴染みがない世界の話だが、読みやすくスラスラ読めてしまう。ただ、読みやすいとはいっても薄っぺらな内容ではなくそれぞれ深みがある内容でもある。昨日は、1/3ほど残していたが、寝る前に読みだして止まらず結局最後まで読み終わってしまった。
後半は、鏑矢や優紀のボクシングの試合のシーンが多くなってくるが、試合の様子が実にリアルに表現されている。文字だけを読んでいるのにまるで目の前で試合が行われているような感覚になってしまうから不思議だ。殴り合いの連発で残酷なシーンとなりがちであるが、そんなことよりも人間の闘争本能のようなものも感じ、とにかく最後まで読まなければ終われないという気持ちにさせられてしまう。ここまで読者を引き込ませる描写は素晴らしい。しかも、二人だけでなく、それを取り巻くチームメイトや女性マネージャー丸野の存在も清々しい。また、年上の女性として顧問の耀子にあこがれる優紀の気持ちも判らなくもない。ボクシングを通しての単なる青春小説といった位置づけになるかもしれないが、ボクシングを通して人間的に強く大きくなっていくという人間の成長物語であるといってもいい。大人でも女性でも、大いに楽しめ爽やかな読後感に浸れる小説として勧めだ。
因みに、ボクシングに関してはいろんなうんちくが語られるが、ボクシングはすごく科学的なスポーツであるということで、英語で「science」という言葉に「ボクシングの攻防の技術」という意味があるというのは面白い。また、題名となった「ボックス!」という言葉だが、ボクシングのリング上で対戦する選手にレフェリーが試合開始を告げる言葉だという(ファイト!と同じ意味)。アマチュアではボックス!、プロではファイト!が通例とされている。ボックスの語源は「ボクシングをしろ!」という意味合いの英語が、短縮されたと云うことらしい。