続き
やがて逆さ川沿いを歩く様になると雨が止んで陽が差してきた。○○○心と秋の空ならず山の空、全くめまぐるしく変わる天候である。
左に大岸壁が見えて来た。ハーケンがあちこち打ち付けてあるが逆層なのでクライマーにとっては、かなり手こずりそうな岩場だ。谷川岳一の倉沢や北岳バットレス等にのめり込んでいた頃、このゲレンデを知り一度来たいと思いながら交通手段も勿論お金もなく果たせずじまいだったとルートを目で追いながら語る青ちゃんは見られただけでも満足と言った顔つきだ。
その時、さほど離れていない茂みからフーッという鋭い鳴き声(?)鼻息(?) 「何だ何だ」と実を構えると岩の斜面にカモシカの親子が私達をジッと見つめていた。母カモシカは再び鋭い息を吐きながら直ぐ上の岩へ駆け上った。残された子供のカモシカは後を追えず周辺をウロウロ。「ほらほら、お母さん、赤ちゃんを置いていっちゃ駄目じゃない」と友ちゃん。母カモシカは相変わらずフーッ息を吐き続け威嚇している。子供のカモシカはあの愛らしいマナコを私達に向けたままビクとも動かない。お蔭で疲れた体がリフレッシュできた一幕だった。
岸壁を巻くザレ場は雨が止んで石が乾いてきたので滑る事は無かったが浮石に足を取られ三人ともよく転んだ。何とか下方の逆さ川に滑り落ちそうになりながらも無事、通過すると再び足元が読めない草地に突入、濡れた石灰岩が又、待ち構えていた。足元ばかりに注意を集中するあまり私の太腿はパンク寸前、時間がかなりオーバーしたため青ちゃんが盛んに「雄ちゃん聞こえますか?」コールを繰り返すが届かない。
白い巨岩の間を勢いよく流れる逆さ川のエメラルドブルーが原生林の中に流れ落ちる様に私達も草いきれに咽ながら谷底に下り漸く小滝川に架かる橋に出た。
日本有数のロッククライミングのゲレンデを抱える明星山のその大岸壁が小滝川に落ち込んだ清流に翡翠の原産地が有る。
とにもかくにも苦しめられた道のりでは有ったが、この山に真髄を知るには下山路にとったこの道は通らなくてはならなかった道の様だ。青ちゃんは盛んに雄さんにコンタクトを取っているが応答が無い。
その時、雄さんは、なるべく下山口の近くまで行って上げようと私達が渡った橋(明星山登山口の標識が無い。ここには是非、設置すべきだ)を越え舗装が切れたその奥まで行ってしまったらしい。悪い事にここでパンク。見上げれば今にも落ちて来そうな岩の下。悪い事は重なるもので青ちゃんの車の何処を探しても工具が無くドライバー一つでタイヤを交換するものの骨折した足での交換は捗らず交換し終えるまで2時間かかったという。
橋を渡って林道に降り立ちヘトヘト・フラフラしながら最終地点、翡翠峡に着いた。観光客で賑わう翡翠峡の向こうに迫力ある大岸壁の全容が一望だった。「あの下を歩いてきたんだね」と友ちゃんと満足感いっぱいの中で暫く見入った。
70mまで掘り下げ空気の圧で水をボコボコ湧かせている。監視員の「美味しいから飲んでみて下さい」の言葉に一口。 オ イ シ イ! この水は私の座っている(↑)の所を通り翡翠峡に流れ込んでいる。
「ざっと眺めてどの石が翡翠ですか?」と聞くと「見える石、全てが翡翠だよ」と監視員さん。
監視員さんが「私の無線は感度が良いから」と雄さんに連絡を入れてくれた。それから暫くして翡翠峡の入り口に主人運転の車が停まった。眼鏡を手に盛んに照準を合わせている姿におもいきり手を振った。あ・あ・あ・行ってしまった・・・ここに居るのに。(後で聞いたら眼鏡が曇ってしまって分らなかったのだそうだ。「私が後を追います」と監視員さん。私達はもうエネルギー切れだったので、その言葉はとてもありがたかった。
やっと戻ってきた雄さん、虻の攻撃に遭いながら足が踏ん張れず尻を付いて手の力だけでタイヤを持ち上げて交換したとの事で顔も手も泥だらけ。川でタオルを濡らし泥を拭いてあげてやっと落ち着く。これでは持ってきた小説など読んでいる暇はなかった事だろう。
色々と世話をやいてくれた監視員さん、不動の滝(落差70m、幅4m、滝壺には竜神が住んで居ると言う)へ案内してくれると言う。そして帰りには町営の入浴施設パークイン美山まで誘導して下さった。「秋も良いので是非、出かけて下さい、その時には私の小屋を貸しましょう」・・・これほど親切な人も珍しい。残り物だったが口を開けていない幾つかの菓子をお孫さんにと渡し別れた。
美山で汗を流しサッパリした所で志乃に向かう。こうなるともう執念だ。今日も満員で断られたが一つだけテーブルが空いていたので強引に座り込む。30分ほど待つ事になったがお蔭で感じの良いご主人の握る新鮮なネタでお腹いっぱい食べる事が出来た。「これで心置きなく帰れます」と言って店を出る。23時には帰れるだろう。
軽井沢インターを抜け妙義サービスエリアまでは良かった。ところがそこからが大変。取り敢えずSAで様子を見ようとハンドルをSAに。駐車場は満杯で中にはカーテンを閉めて寝ている者もいる。
下仁田~富岡間が崩落と言う事で僅か5Kほどの道のりを3時間。家に着いたのが朝方4時だった。 こんなアクシデント続きの山行も珍しい事だが何時か思い出話として笑って語り合える日も来るだろう。(思い出の記録ですのでコメントは無理をなさいません様)