新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

TPPが大筋合意

2015-10-06 09:32:11 | コラム
安倍総理、甘利大臣。お目出度う御座いました:

私はTPPが仮令大筋であろうと合意に達したことは、大変結構だとは思っている。しかしながら、TPPを如何にも良きことであるかの如く論じる向きがあるのは未だに良く解らない。それだけではない、米などが大量に入ってくれば、それでなくとも脆弱な我が国の農業が壊滅的な被害を被るという悲観論も良く解らない。それに12ヶ国を見回すと基本的に輸出国である所が多いとも思えないのだ。

中国関連:
何と言っても良い点は、世界最強乃至は最大の輸出国である中国が加盟していないことだと思っている。これまでに繰り返し指摘してきたことで、中国は根本的に多くの産業で内需を遙かに超えた過剰設備を抱え、前からずっと今もなお輸出に依存せざるを得ない態勢になっている。それのみならず、前からずっと今もなお「世界の下請け工場」の態勢から完全に抜けきってはいない。その傾向は対米貿易では顕著ではないのか。

その中国を外して(封じ込めて)、AIIBの設立など言わば自国の都合でやりたい放題であり、その傾向が習近平態勢となって益々激しくなってきた現在、全世界のGDPの40%を占めると言われるTPPの大筋合意は中国にとってはさぞかし「うざったい存在」になることだろうと言うこと。しかも、製紙産業の分野では、アメリカとEUは世界最大の製紙国・中国からの印刷用紙の輸入を高率の関税で閉め出してしまっているような例もある。

我が国の輸入に与える影響:
先ずマスコミ等がTPPと言うと直ぐに騒ぎ立てるのが「米」から。ここで私がこれまでに不思議だと感じていたことは、カリフォルニア米を採り上げながら一度も為替の変動が論じられなかった点だ。米に限った問題ではなく輸入品にとって最大の難敵は為替である。TPP交渉が始まってから何年経ったかは気にしていないが、あの頃と現時点は確実に円安となっている。何故、マスコミは「120円の円安でどれほどの脅威か」を論じないのかな。

為替の変動が与える影響は何も米だけの問題ではない。我が製紙産業等では多くの外紙メーカーがそれでなくとも需要不振の我が国向けの輸出に苦心惨憺している。しかも、紙類の多くは20年前の当方の在職時から無税だった。それでも我が国の世界最高の紙の品質には容易に勝てなかった実績と歴史がある。

「では貴殿が担当した紙は何故売れた」と訊かれそうだが、これは我が国では1 kgも生産されていない品目という幸運に恵まれていたのだった。我が方は既存の製紙会社との競合を回避出来た、日本にはない紙を売るという補完的輸出が出来たという幸運に恵まれたと言える。これから先に輸入される品種で競合しない物がどれほどあるのか。国産品と競合する仕事は精神的に楽ではあるまいと思うが、如何か。

それだけではあるまい。如何なる産業界でも既に輸入から最終需要家から消費者までの販路が確立されていても、TPPを契機に拡販していこうと計画すれば、それまで依存していた総合商社や専門商社に任せきっておく訳には行かないと、経験的にも言えるのだ。これは日本支社や営業所を設置することを意味する。その際に英語等の外国語を専門語までを含めて自在にこなし、業界に「顔」が売れた人材を確保せねばならなくなる。

これは「商社から適切な人材を引き抜いてくれば良い」等という安易な話ではないのが実態。既に高額な給与を得て言わば安住の地で活躍している人材が「何時まで”job security”が保証されるかも不明な外国の会社」に敢えて転身するかだ。しかも、引き抜くならば現状以上の高給を保証せねばならないのだ。それでも採算が採れるほど利益が出る製品か業界かを見極ねばなるまい。

自分でも経験があるから言えるのだが、もしもその会社が新規参入だった場合には、事務所を新設するビル探しから、内装の手配は言うに及ばず、手足となって実務を担当する若手と最低でも秘書と経理・総務の担当者を1人は確保せねばならないのだ。私は新しい事務所が消防の検査が一度で終わらずに内装を手直しした苦い経験があった。

雑務はさて措き、対日輸出で最も苦労させられるだろう事が「世界で最も細かく且つ厳しい品質」が当然のように要求される事だろう。その背景には我が国の世界最高水準にある優れた技術力と労働力の質に支えられた高品質の製品に馴れた(私はアメリカ人には「スポイルされた」と表現していたが)我が国の中間の加工業者等の需要家と消費者の存在だ。実に細かい点まで注文をつけてくるのだ、自国では考えられない領域まで厳しく。

我が社では”Technical services manager”と言う名の「トラブル・シューター」を置いていた。彼は常にユーザーの事務所どころか各社の全ての工場を「今日は。品質問題でお悩みではありませんか」と巡回し、一朝事あれば翌日にでもアメリカから飛んで来てクレームに対応していたものだった。それほどアメリカと我が国の間では「品質の基準」と生産工程における「品質管理の基準」が違い過ぎるのだ。それを承知で出て来るのなら話は別だが。

我が社の最大の”competitor”だったアメリカの製紙会社の日本代表者は言った「本国では絶対に補償しないクレームまで受けてでも大切にせねばならない市場か」と。彼の気持ちは良く理解出来た。以上は一種の回顧談だが、新規参入者は他国で市場を確保するためには最低でもこの程度は覚悟してかからねばならないものなのだ。

嘗て、USTR代表のカーラ・ヒルズ大使はアメリカの労働力の質が低いために対日輸出がはかばかしく進まない(製紙産業のことではない、大使が言われる以上一般論だ)のを認めた上で「それでも、買わない日本が悪い」と断定された。私はTPPが本格的に運用された後では、我が国の市場に本気で本格的に参入する企業がどれほど成功するかを興味深く見守っていたいと思う。なお、輸出は私の分野にはないので、ここでは言及しない。

最後に、甘利大臣はこれまでに見てきた無数の閣僚の中でも本当に苦労され、懸命に忠実に職務を遂行されたと評価申し上げたい。それは今日までの交渉期間中に急速に表情が厳しくなり、白髪が目立ち始めたことから言うのだ。嘗て、小泉純一郎元総理は在任期間が延びるのに伴って白髪が増え遂には全部が白くなっていった。その辺りと甘利大臣を重ねてみて言っているのだ。