新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

対外交渉術

2015-10-16 07:42:01 | コラム
UNESCOの世界記憶遺産登録は不当だ:

この登録にありもしない南京の事件を中国が一方的に押し込んで登録させたことは大いに遺憾である。そこで政府は新任の馳浩文科相を派遣して抗議すると報じられた気がする。それ自体は大変結構なことであると思う。お役目ご苦労様だ。だが、私は我が国の外国を相手にした交渉力には大いなる疑問を持っている。即ち、腹芸は通じない石頭だと思ってかかるべきだということ。

一寸古い実例を挙げれば、アメリカが猛烈に牛肉の売り込みをかけていた頃のことだった。アメリカは我が国が要求した全頭検査を完全に実行出来ず、混入されてはならない部位が入った肉を輸出してきたので、完全に検査出来ないのならば(買えない)と申し渡したはずだった。

その際にアメリカは我が国に大規模な売り込み団を派遣してきた。そこで時の農水大臣・亀井善之氏は使節団に「何故全頭検査が必要かをご説明申し上げて十分に納得して頂きました。これで(何故買わないかを)お解りだったでしょう」と得々と語った。即ち、「完全な全頭検査が出来ないアメリカ側はもう売り込みをかけてこないだろう」という意味だ。

だが、その直後にアメリカは又もや「買え」と迫ってきた。日本側は慌てた「全頭検査の必要性をあれほど強調したのに何故」と言って。これは極めて簡単な理屈で亀井農水省相「全頭検査が出来れば買う。出来ないのでは買わない」と申し渡していなかったからだ。アメリカの売り込み使節団でも全頭検査の必要性くらいを理解出来る頭はある。だが、買わないとの意思表示が明確に行われなかった以上、もう一押しと思って当然なのだ。

長い導入部になったが、馳文科相がUNESCOで主張すべきは中国の不当な登録の推進や史実のねじ曲げの指摘ではなく、先ず開口一番「登録抹消せよ」から強力に入っていくことだ。彼は此処まで来た目的を鮮明にすることが絶対必要である。幾ら中国のやり方を非難し批判しても、それでは故・亀井義之氏の「十分に納得して頂きました」と同じ結果になる危険性が極めて高いと断じる。「何をしに来たのか」と訝られるだろう。

「ここまで丁寧に理を尽くして背景と理由を説明すれば、相手は皆は必ず我が心中と主張を察して我々の意のある所を汲んで、必ず善処してくれるだろう」は海外では絶対にあり得ないのである。外国人は裏を読んだり、書かれていないか言われていないことを、気を利かして読み取ることは出来ない頭脳構造になっているのだ。ましてや、今回の案件は中国が対象ではないか。言うべき事を真っ先に言っても、どうなるか解らない相手だ。

先日の安倍総理の中国の何とやら言う首脳部の一員との会談でも、総理が申し渡されたことは私が危惧する禅問答的な論法だった。W社で我が国のお客様から「貴社がそういうこと(例えば値上げ等)をなされば、長い年月かけて築き上げた御社との友好関係に傷がつく」という趣旨の申し入れを何度受けたことだろう。これは言外に撤回せよとの意味が込められている。

この厳しい表現でも我が方の無言の解釈は「我々は関係と取引しているのではない。これは日本的な感情論だ」であり、却下乃至は反対論の展開とは思わず、その反論を聞き入れなかった。「値上げは拒否する」と言えば十分だったのだ。日本的気遣いや配慮は無用だったのだ。馳文科相の交渉の成功を祈る。