新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

2月12日 その3 宮崎謙介が議員辞職した

2016-02-12 16:30:17 | コラム
醜態である:

本日の午前中、ジムにいた時に宮崎謙介の記者会見が始まって、議員辞職を確認出来ました。既に「宮崎謙介には国会議員の資格なし」と言ってあったので、辞めて当然で何の感想もありません。だが、こんな事で民主党に付け入る隙を与え、枝野だの岡田だのに悪口雑言を浴びせられて自民党に傷がつく方が余程怖いと思うのです。安倍内閣の支持率にも好ましからぬ影響があるでしょう。

宮崎が「出直す」と言ったのには呆れて言葉がありません。恥の上塗りでしょう。自民党もプロ野球のコミッショナーが新人の講習会を開催して社会人としての基本を説き聞かせたような教育をする必要があるかも知れません。尤も、自民党だけではなく、全新人議員に社会人としての基本的な基礎を教え込むべきでしょうが。

2月12日 その2 Lady Gagaの歌唱力に刺激されて

2016-02-12 13:38:03 | コラム
ジャズ・ボーカル論:

昨年に「頂門の一針」誌上で室佳之氏に「何れジャズを語ります」と言っておきながら、未だに約束を果たしていないのが気がかりだった。そこで先日のレイデイ-・ガガの見事な歌唱力に刺激されて、少しだけジャズのボーカルについて語ってみたい。私はジャズであれポピュラーーソングであれ歌謡曲であれ、歌う場合には上手く歌って貰うのに越したことはないと思っている。その次に気になるのが「歌詞」を大切にしているか否かである。即ち、何を歌っているのか、その歌詞の情感なり何なりを何処まで作詞者と作曲者の意図を解釈して歌うかが肝腎だと理解し認識している。

その点を最も尊敬する医師にしてジャズ評論家の粟村政昭氏は「歌詞を大事にしない歌手は・・・」と言われて、その代表に2006年11月に惜しくも87歳で亡くなった白人の歌手の最右翼だったアニタ・オデイ(Anita O’day)を挙げておられた。アニタの代表作と言われている”This is Anita”や”Anita swings the most”などを聞けば、そのスウイング感、躍動感、リズム感覚が素晴らしいと解るだろう。だが、残念ながら何を言っているのか聴き取れない曲が多いのだ。彼女はイリノイ州シカゴの出身であるから、それほど訛りもないはずにも拘わらずだ。

その点では私が好んで聞くアフリカ系のエラ・フィッツジェラルド(Ella Fitzgerald)やセアラ・ヴォーン(Sarah Vaughan)などは非常に明解且つ正確に歌詞の通りに歌っている。今回初めて聞いたレイデイー・ガガは決してジャズ歌手ではないと思うが、ニューヨーク州出身である事も手伝ってか、あの難しい言葉をちりばめた解釈が難しいアメリカ国歌の歌詞を、私にも聴き取りやすく歌っていたのは立派だと思った。あそこまで歌えるのならば、何時か本気でジャズを歌う事でもあれば、それを聞きたいものだとすら感じた。因みに、Wikipediaによれば、あの歌詞は1814年に詩人で弁護士のフランシス・スコット・キー(Francis Scott Key)が作詞した由。200年も前の古文だから理解が難しいのだろうか。

Lady Gagaの国歌独唱に思う

2016-02-12 09:00:41 | コラム
国歌は皆で歌うべき:

既に採り上げたように、岡氏に加えて佐藤一氏のお陰であのレイデイ-・ガガが歌ったアメリカ国歌をもう一度聞けた。彼女の服装も普通だったしこれほど歌える人だと再認識出来た。サッカー協会は何時だったか国際試合で和田アキ子に歌わせたことがあったが、何故彼女を選んだのかとその考え方を疑いたくなった。それと比べれば、遺憾ながらNFLの歌手起用の方が良いかなと考えてしまった。

個人的に正直な感想を言えば「もうあのようなというか、あれに近い雰囲気の場には行けなくなったのか(注)」と思う時、やや感傷的になっていた。矢張りアメリカに慣れ親しみすぎたのかと思うと同時に「我が国では日本代表の選手たちでも試合会場で歌っていない者が多く観衆からも湧き上がるような国歌が聞こえない。国歌は選手たちも観客も一斉に歌うのが本筋だろう」と思う。(注:健康問題もあるが、パスポートが切れたままでもう一度取得する気になれないので)

但し、アメリカのような多人種・多階層・多国籍人の国では何か全体を統一する旗印になるものが必要不可欠なのだと、アメリカに行く度に感じていた。それが何処に行っても国旗がはためいているし、大きな試合の会場では必ず試合開始前に観客全員が起立して国歌斉唱となるのだ。在職時には「我が国では何故こういう風に出来ないのか」と思って悲しい思いをしたものだった。

それにつけても一寸気になることがある。それは現在までのここ百人町・大久保界隈のように必ずしも芳しい意味ではない国際化が進めば、何時の日かアメリカのように何処に行っても星条旗がはためいているような統一感の象徴になる存在が必要になるのかと思うからだ。W社の本社には全米最大を誇る星条旗が365日掲げられていた。テレビなどの映し出される会社の社屋内にも国旗があるではないか。我が国では官房長官を始めとする閣僚の記者会見の場には必ず国旗があり、皆一礼してから登壇するではないか。

先ほど買い物に出て、久しぶりに韓国語で語り合う者たち二組に出会い、中国人の増加振りを今更ながら実感させられた。こういう状態が今後とも進んでいくような感があるので、私は我々が日本国民としての誇りを忘れずに、国歌と国旗を尊敬して欲しいものだと言いたいのだが。