新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

2月2日 その2 英語の定冠詞と不定冠詞の使い分け

2019-02-02 09:06:31 | コラム
アメリカ人たちは言った「我々だって・・」:

この使い分けは英語を学ぶ中で最難関の一つであると誰もが言うし、そういう経験をさせられる “a”と“the”の使い分けについて、偶々別件で畏友RS氏から問題提起があったので、私なりにどういう経験をしてきたかを簡単に纏めてみた次第。「へー、そんなものだったか」と受け止められる方もおられるかと思う。

>引用開始
一度、現地でアメリカの同僚たちに「君等は定冠詞と不定冠詞の使い分けにどのように対処しているのか。我々外国人は非常に難儀しているが」と尋ねてみたことがありました。彼らは大笑いして「俺たちだって屡々どう使い分けるべきか解らないことがある。君が迷っても当然。あんな面倒なものはないぜ」と言っていました。半分は冗談のような響きがありましたが、私が尋ねたインテリ階層に属している連中でもこんなものかと知って、一寸安心したことがありました。

経験上は the を入れるべきかどうか迷った時は(勿論、原則的な使い方は心得ているつもりでしたが)無しで話す事にしていました。会話中なら記録に残らないので安心です。だが、文章を書いている時は悩まされます。会話中は言ってみれば「口から出たままでいってやれ」と割り切って考えていました。仮令間違っていたとしても、学校の試験ではありませんから、減点される気遣いがないのです。

以上、ご参考まで。
<引用終わる

うぞ「何だ、彼らでもそんなことだったか」とご安心下さい。


体調不備にして観戦叶わず

2019-02-02 08:48:20 | コラム
アジア杯決勝戦でカタールに負けた:

実は、昨1日夜は体調が思わしくなく、5時間時差のUAEで23時から試合開始では終わるのが翌日の1時にもなってしまう試合の観戦には耐えられないだろうとの判断で、早々に寝てしまった。だが、信頼できないとは言えFIFAのランキングが93位というカタールが相手では何と勝ってくれれば良いがとは願っていた。しかしながら、カタールには出場資格に疑問がある帰化した選手が2名も出てきそうなのは「嫌な予感」を生じさせてくれていた。

今朝は何とか6時前に起きて中継したはずのテレ朝のニュースを見れば、最初の項目ではなかったので「これはダメだったのだな。矢張りそういう結果になっていたのか」と直ぐに解ってしまったのは残念だった。テレ朝では試合の経過をある程度は詳細に流してくれたが、矢張りそれでは「どういう流れの中で負けたのか。敗因が何処にあったのか」などは読み切れなかった。だが、あのアルマエズ・アリとやらと言う資格に疑問のあるとされていたポイントゲッターのサイクルキックによる先取点には少し驚かされた。

あそこまで行って負けたのは残念だったが、未だ未だ集まったばかりの顔ぶれで不十分だと思わせてくれる点が残っている寄せ集めの代表だったことを考えれば、「良くやった」と褒めて上げて良いだろう。要するに「未だ発展途上にある」ということだが、南野があの1点が大会での初ゴールだったという点辺りにこのテイームの問題点が出ていたように思えるし、私は解説者たちが何と言おうと「大迫君は未だ半端だ」との説に固執したい。解説者どもは今更彼を貶せないのだろうが、私はもっと強力なゴールゲッターになって欲しいと要求し続けるつもりだ。

私が不満な点は「止むを得ないことだとは承知しているが、解説者も評論家たちも思い切ってあの監督と代表テイームの問題点を思うがままに指摘しすべきだと思っている事」なのである。以前にも指摘したが「同じサッカー界で生活している以上、同じ村の監督・コーチ・選手を率直に貶してしては居場所がなくなる危険性がある」のは良く解る。だが、私は森保監督が何らの欠陥もない完全無欠の指揮官ではないと思っている。要するに、例えばFMのように「褒めるだけ彼らの仕事ではあるまいに」と言うこと。

話は変わるが、来週にはもう一つ残念になりそうなことがある。それは、4日(アメリか時間3日)に開催される「スーパーボウル」のテレビ観戦が出来なくなりそうな見通しだ。当日は国立国際医療研究センター病院の循環器科で色々と検査がある日で、朝食を抜いて出ていかねばならないのだ。何とかならないかと時間調整を考えて見たが、どう考えても試合中の時間帯には家にはいられそうもないのだ。しかも通常ならば検査終了後には院内で遅い朝食をとってジムに回るようになっていたのだ。残念だが仕方ない。トム・ブレイデイーの観戦は諦めて検査を優先しようと覚悟したところだ。