新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

政治家は自分で判断せよ

2020-03-29 10:58:05 | コラム
専門家や第三者委員会に依存するな:

先ほどもフジテレビに出ていた西村康稔大臣が何かといえば「専門家に訊いて」を連発するのは誠に聞き辛く「安倍総理の信任厚いと聞く彼も、矢張り東大法学部→通産省という経歴の面目躍如たるものがある」と大いに失望させられた。あの言い方は単なる責任回避であるだけで、自分たちだけで決めて後々責任を問われたくないという巧妙な高級官僚的な意思表示だとしか聞こえなかった。その責任逃れ的な点では、加藤勝信厚労相と全く同じだと言っておきたい。

同席の木村太郎氏は「専門家とは何だ。自分たちで判断すべきだ」と真っ向から疑問を呈しておられたが、西村氏は渋い顔で沈黙していただけだった。私は先日あるお医者様とテレビに重用される(疫学乃至は医学の)専門家の先生方について語り合った。その際に「先生方は如何なる権威があるのだろうか。人によって言われることが異なっていて視聴者を混乱させているのは問題ではないか」と批判的なことを言ってしまった。私にはテレビ局は何事でも自分たちで意見を表明せずに「専門家」等の口を借りている傾向があると見ている。

私はこのようにテレビ局どころか国民の負託を受けた政治家までが、何かにつけて世間一般の風潮を真似たか自信がないのか責任逃れか知らないが、第三者会議や専門家任せにして自分たちでズバリと決めないのは好ましくないことだと、正直なところ憤慨しているのだ。しかも、マスコミに至っては総理が一斉休校を要請する決断をなされば唐突だの何のと野党と組んで批判するのだ。始末に負えない連中だ。

西村康稔大臣に心して貰いたいことは「新型コロナウイルスに如何に素早く対応して制圧するかの責任者でありながら『オーバーシュート』などという説明不足のカタカナ語を使う専門家に依存することなく、自分で最善だと思う策を決断せよ」なのだ。別な言い方をすれば「尾身茂副座長がその道では権威者かも知れないが、彼に政治的決断を諮問するのはおかしい」と思うのだ。私はYM氏の言を借りて「アメリかでは病院や学校の管理・運営を担当するのは、その分野を学んでMBAを取得した人を充てているとの考え方に学ばれたら如何か」と言いたいのだ。


3月28日 その2 中国の野望と横暴を排除せねば

2020-03-28 15:09:15 | コラム
将に「中禍」の時代では:

2~3日前にBS(TBSかフジかを失念)でチャイナウイルスに徹底的に痛めつけられているイタリアを特集していた。そこに登場したのが、イタリア在住の漫画家で随筆家と紹介されたヤマザキマリという女性だった。私は漫画というものを毛嫌いしているので、ヤマザキマリさんとはそも如何なる人物かを全く知らなかった。ところが「テルマエ・ロマエ」(=Thermae Romae)という映画化された有名な漫画の作者だった。それならば、散々テレビで宣伝された私が口元が好ましくないと思って評価しない阿部寛が主演した映画だとは分かった。そこまでの知識だった。

ところが、このヤマザキマリさんの「何故イタリアで中国を抜いて世界最大且つ最悪の感染者が出たか」についての説明は極めて明快だった。それは、財政不健全のイタリアは、最早遍く知れ渡っている事実である習近平の一帯一路に加盟して、インフラ等々に多額の投資を受けているので、膨大な数の中国人が移住してきているのだそうだ。この移住については私も想像していたが、現実はそんなに生易しい事態ではなく「既に中国からの移住者の三世が小学校の児童になっている始末で、ベニスなどは中国人が溢れかえっている状態だ」と解説された。

そこで発生した事態は、最近になってその移住者のところに、ウイルス感染者なのだろう中国人が、親戚縁者や友人等の伝手を頼りに大量に入ってきたと考えられるとも指摘された。私は説得力がある説明だと承っていた。そういう事態になるだろうとは、イタリアの事情を余り良く知らない私にも理解できるのだった。だが、私はこの事態は何もイタリアだけに限られてはいないと思っている。それは、私が経験した範囲内の諸国でも、何処に行ってもアジア人というか中国人が数多く我が物顔で振る舞っていたのだ。現に武漢からは500万人も脱出したと報じられているではないか。

私は中国人による災害は何も移民や移住者のみに限ったことではないと見ている。その最も分かりやすい典型的な例が、中国によるWHO支配ではないか。中国はその資金力煮物を言わせてエチオピアを手懐けただけに飽き足らず、同国出身のテドロス氏を強引にWHOの事務局長に押し込んでその組織を自家薬籠中の物とした。そして、この度の新型コロナウイルス問題が発生するやテドロス事務局長似中国の対応を賞賛させ、あまつさえ中国に感謝するとまで言わせたのだった。結果として、この重大な時期に中国はWHOを言わば機能不全に追い込んだのだった。

産経新聞はいち早くテドロス事務局長を罷免せよと社説で論じたが、遺憾ながらそれに呼応する挙に出た国はなかったようだった。思うに、中国には逆らい難い状況に置かれている国が少なくないのだろう。酷い話ではないか。それでも、本日辺りの報道では「テドロス事務局長の罷免を要求する署名が6万だったか60万だったかが集まった」となっていたが、それこそ“Better late than never.”だとは思うが、私はテドロス事務局長一人を降ろしただけでは、中国のUNとWHO支配の野望というか、現実というべき事態は変わらないと思う。

いや、私が言いたいことは19世紀か20世紀だったかに言われていた「黄禍」に準えて、今日までの中国の習近平主席の横暴振りを「中禍」と呼びたいのだ。解りやすい例が新型コロナウイルスがある。彼等は平然と「このウイルスがアメリカ軍が中国に持ち込んだ」と言うし、アメリカがChina virusやWuhan virusと呼称するや否や猛反発するという具合だ。彼等は当然のようにこのウイルス問題を他国にせいにして恥じないのだ。私はこのような「中禍」を可及的速やかに排除する運動を起こすべきではないかと考えている。


日本では何故新型コロナウイルスの感染者が少ないのか

2020-03-28 08:01:52 | コラム
我が国は諸外国で不思議がられている:

私がかなりの頻度でメールで連絡し合っているワシントン州在住の元の同僚のL氏は、先頃下記のように言って我が国の現状を不思議がっていた。

>引用開始
当地の報道では、日本は他の諸国のように新型コロナウイルスにより深刻な被害を受けていないようだ。私は日本の人たちはどうやって密集状態の発生を回避しているのか。私が永年日本で経験していた限りでは(訳者注:大袈裟に言えば、彼は在職中に我が国に合計で100回以上も出張してきていただろう)地下鉄、JRや私鉄の列車や電車、大都市の目抜き通り、レストラン等々には大勢の人たちが群がっていた。

今では日本でも我が国のように、人々は外出を制限されて在宅のはずだと思っている。日本では会議、各種の運動競技、学校の一斉休校、社交的な会合がキャンセルされているというのは奇妙な感じさえする。

<引用終わる

昨夜だったか何時だったか、BSの番組に出ていた多くの外国の記者さんたちも、この「何故か」を把握し切れたいなかったようだった。中には「日本の伝統的習慣であるマスクを常時着用することの効果か」とまで考えた人もいたのは面白かった。L氏には今や俗説と化したかのような「厚労省が意識的に検査数を増やさぬようにして、オリンピック対策で格好を付けているのだ」と「最初に中国から入ってきたのが感染力が弱いS型だったので助かっている」の2点を伝えておいた。

私は正直なところ、昨日公開した賢夫人が伝えてくれたワシントン州シアトルの厳戒態勢と、彼女自身が感染者だったというのには衝撃を受けていた。確かに、報道によればアメリかでは状況は深刻だとなっているが、ワシントン州のことは伝えられず、専らニューヨークとカリフォルニア州に報道が集中している嫌いがある。感染者数が中国を超えたというが、アメリカの人口が中国の4分の1である以上、深刻さの度合いが違うと思う。

それに、アメリカは国民皆保険などではなく、オバマケアも宙に浮いたままだし、保険などに入っていないだろう貧困層が多い少数民族が半数に迫ろうという事態だから、我が国で暮らしていては考えられないほど、危機的な状況ではないのかと思っている。2月にSM氏は「意を決して帰国」と言っていたが、今や状態が逆転したのかなとすら思わせている。


3月27日 その2 「オーバーシュート」と「ロックダウン」の解釈

2020-03-27 14:16:23 | コラム
“China virus”:

先ほど少し慌てて、最初にアメリカの元上司から来た回答の「オーバーシュート」だけをお知らせしたが、午後になって私がアメリカで出会った最も知的且つ賢夫人だったMBAの女性から寄せられた回答を記載しようと思う。これによれば、尾身茂副座長の「オーバーシュート」の使い方は一寸以上疑問だが、「ロックダウン」には、私の指摘とは異なっており、疑問ではないようだ。

>引用開始
英語に関する質問から答えよう。

“overshoot”とはある一定の目標がある事を示している。「オーバーシュート」はその目標値を通り過ぎるか、超えてしまうことを意味する。私にはその副座長さんは何らかの新型コロナウイルスの感染者の数を想定しておられ、感染者の数がそれを超えた場合を「オーバーシュート」と言われたので、その際には人々に「家から出ないで、健康を維持して」と言いたかったのではないか。

ここワシントン州では健康管理、消防士、救急車の要員、救急救命士、育児等の緊急を要する職に就いている人たち以外は、テレウワーキングをするか、または外出しないようにと要請されている。レストラン、バー、多くの店舗は閉鎖されているが、食料品店と薬局は営業している。

この状況は正確に言えば“lockdown”ではない。だが、他人と接触しないようには要請されている。しかしながら、私は現実的には「ロックダウン」の方が“blockade”より適切だと思う。即ち、これの方が国境閉鎖か人々をその国から締め出すという響きがあるから。こういう表現で貴方の理解に立っただろうか。

<引用終わる

意外だったのは、アメリカ西海岸のワシントン州では新型コロナウイルスの感染状況が、彼女までが感染していたほど悪化していたという事実だ。この点に関する報道が全くなかったのも驚きだ。思うに、アメリカ駐在の特派員(英語では通信員を意味する“correspondent”が使われているが)はNY TIMESやWASHINGTON POSTだけしか読んでいないのでは。


「オーバーシュート」は「感染者の爆発的増加」を意味しない

2020-03-27 07:57:00 | コラム
尾身茂副座長は言葉を誤用されていた:

私は尾身茂副座長が「感染者の爆発的増加」と言われたくて「オーバーシュート」と言われ、「都市の封鎖」を「ロックダウン」とされた時に疑問を呈しておいら。そして、確認の為に数人の元上司と同僚に教えを乞うメールを送ってあった。そして、本日元大学院大学の教授だった元上司から「オーバーシュート」についてだけ解説のメールを受信したので、取り急ぎこれだけでも紹介しようと思うに至った。

尾身茂副座長は明らかに言葉を誤用しておられたようだし、小池都知事が「所謂オーバーシュートなどと言っているのもおかしな事だと言わざる得ないのだ。この言葉を尾身茂副座長に影響されて「感染者の爆発的増加」の意味で使っているマスコミもアホだ。だから「無闇にカタカナ語を使うな」であり、「カタカナ語を聞いたならば、先ず辞書くらい引いて見ろ」と言うのだ。「ロックダウン」についてはアメリカから解説が来た時にあらためて掲載する。

「オーバーシュート」とは:

「オーバーシュート」は基本的に計画立案の用語であり、私の理解では「何事でも現在研究中の事柄の将来の推定」の意味である。現在のCovid-19の場合では、現実に起きていたことは、推定よりも著しく多かったということ。

もし、オーバーシュートした数値が実際に発生したのならば、その数値を設定した人物は優れた計画立案者だと看做されるだろう。もしもオーバーシュートが発生しなかった時には、その人物の計画立案と管理運営についての信頼度とが高まる。

オーバーシュートは蓋然性を討議する時に用いられる専門語であり、政治的な意味も含んでいる。「何故我々は何時でもオーバーシュートするのか。我々は良き計画を立てていたし、危機を未然に防いだではないか。」だ。

そしてオーバーシュートの否定的な面は、我々が必要もないような品物を買い溜めることだ(即ち、マスクの例のように)。オーバーシュートとは「将来か未だ知られざる需要や要求の見通し」を立てる時に使われる用語である。