Fish On The Boat

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『馬はなぜ走るのか』

2021-05-23 21:50:45 | 読書。
読書。
『馬はなぜ走るのか』 辻谷秋人
を読んだ。

JRA(日本中央競馬会)で発行している月刊誌『優駿』の編集に携わっていた著者による「やさしいサラブレッド学」。

タイトルにあるように、馬はなぜ走るのか? という問いを持ったことのある方はけっこういらっしゃるのではないでしょうか。馬は古代より人を乗せるよう手なづけられ、すごいスピードで走ってくれます。戦に駆り出され、運搬や耕作の使役馬とされ、スポーツやレジャーとして乗馬の役割を与えられ、そしてサラブレッドというより速く強く走るための品種に改良され続けて競馬があります。性格面でも体質面でも人を乗せることに適い、まるでそうやって走ることに特化して誕生したような動物にさえ感じますが、著者の見解は、「馬は走ることが好きではない」なのでした。

野生状態を考えてみると、肉食動物に狙われる草食の被食動物としての存在が馬です。その馬の走る能力が高くなったのは、逃げるため。そして群れで生きる馬は、逃げるときも群れで逃げます。そんな群れの先頭や最後方にいる馬は、捕食されやすい位置にいると考えられます。群れの中央部にいたほうが、助かる可能性は増します。そこのところを考えると、競馬でよく言われる「勝負根性」についてハテナが浮かんできます。レース予想で「勝負根性の有無」が問われることがあります。あの馬はゴール前の競り合いで勝つことが多いから、勝負根性がある、といように。でもそれは人間が自らの住んでいる競争社会を馬というまったく別の生きものの中に投影してしまったゆえの間違った解釈で、馬は先頭にでたいとは思わないと本書は論じるのです。先頭に出るメリットを馬は感じません。ではなぜ、競り合いに強い馬がいるのかいうと、騎手の指示に従順、かつ「勝負根性」ではなくてつらくても指示に応え続ける単なる「根性」があり、他の馬を追いぬくスピードとスタミナ、そしてパワーがあるからなのでしょう。勝負根性は馬に対しての幻想なのです。

では、競馬を知っている人なら知っている人も多い、「噛みつこうとする馬」はどうなのか、という問いもあります。噛みついてまで他の馬を蹴落としてやろという勝負魂なんじゃないか、と考えやすいですが、あれはレースで勝とうという気持ちのあらわれではなく、また別の気持ちが働いているようなのでした。それは、群れで生きる馬なので、序列を決めるためのちょっとした競り合いなのです。レースとはまったく関係のないほうの勝負のようです。

というような、馬の能力や性質の理解をベースに、トレーニングの話、DNAや体躯、筋肉の質や有酸素運動と無酸素運動のバランスから考える距離適性の話、ダグやギャロップなどの走法の違いとそれらで変わる足の運びの話、日本の馬場、ひいてはアメリカやイギリスの馬場の特徴の話、などなどが続き、最後のあとがきでまた、「馬はなぜ走るのか」に戻っていきます。

サラブレッドは競争をさせられなければ生まれてくることが許されない動物。それは、厳しい運命というか、人間によってそう生み出されてしまったためなので、人間のほうに業があると考えやすかったりもします。

どうやら走るのは好きではないようだ、と人間側がわかったとしても、全力で走ることを求められ、彼らはヘトヘトになってレースを終える。ギャンブルの対象にされていることもありますが、僕なんかは彼らが懸命に走る姿になにか胸を打たれるものを感じもするタイプで、そういった面も強くあるからこそ競馬はずっとあるし、サラブレッドは走り続けるのではないのかなと、ごく個人的には思うところです。

そんなサラブレッドたちを、もうちょっと近くに感じるための本が本書です。割り切れない世界のなかの割り切れないブラッドスポーツの、そのなかの中心にいる割り切って考えることのできないサラブレッド。でも、思考停止で彼らを見ていたくないし、彼らへの好奇心だって持っていたいし、という方には一読をおすすめできる内容でした。月刊誌『優駿』が好きな方にはど真ん中のストライクにあたる本ではないでしょうか。


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