Fish On The Boat

書評中心のブログです。記事、それはまるで、釣り上げた魚たち ------Fish On The Boat。

小説は永遠につづく。

2022-07-02 22:59:32 | 考えの切れ端
文芸作品の売り上げが、ここ10年で1/4まで落ちたというニュースを受けて書きます。

文芸作品はセーフティーネットでもあると僕は思うのでした。多様と分散のこの時代に、前時代よりもシェアが減るのは当然なのかもしれない。でも、最初に書いたように、セーフティーネットたりえるものです。でもって、文芸作品を求めるひとって一定数はずっとい続けるものなんじゃないかな。

虚構があるからこそ、現実や人間を理解しやすくなる。虚構は思考実験であり、「それ」があるからこそ説明しやすくなる種類の複雑な問題があるというその「それ」である虚数のようであると言えるのかもしれない。

その虚構が、映画や漫画でいいじゃないか、というのもひとつの在り方だ。かといって、小説がそれらに劣るメディアではないことは知っておいたほうがよいことだし、そこをわかるくらいの知的修練はあったほうがいい。話はまずそれから、としたいけど、それだと門戸が狭いんですよね。

だけど、門戸が狭いことで人を選別しもする。誰でも入ってこられる部屋ではないから、ある人々にとってのセーフティーネットという位置付けになるのかもしれない。

こういった観点をふまえて読む『はてしない物語』は味わい深そうだ。バスチアン少年の居場所(安全地帯)としての文芸作品があり、彼はそれを楽しんで読んだ。それでいて、いいことばかりじゃないんだぞ、ということまで教えてくれる作品でしたね。

文芸の文化はとにかく残していくものであって、そりゃあ資本主義上での金儲け(錬金術)とは相性が悪いのかもしれないし、昨今のコスパ・タイパの風潮のなかではとくに分が悪い。でも、その芯はしなやかで強靭で、さらにいえばずっと未来の奥まで続いていっているのではないか。

文芸の出版はNPOがやる、なんて段階に将来なったとしても書き手は出てくるし読み手はい続けると思うな。まあ、そのうち大ブレイクするなんていう分野ではないだろうし、「伏龍」だなんて言い方は違うでしょうが、それでも雌伏の時代に入っているのかもしれませんね。

それでも、僕は言う。「小説は永遠につづく」と。
Comment
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする