Fish On The Boat

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『休息の科学』

2022-07-20 18:29:41 | 読書。
読書。
『休息の科学』 クラウディア・ハモンド 山本真麻 訳
を読んだ。

副題は、<息苦しい世界で健やかに生きるための10の講義>。

休息といえばコレというランキングを10位から順にその効果について一つひとつ分析し解説・検証してくれます。そのランキングは、世界各国18000人からのアンケート結果から得たものです。

最終章に書かれているのですが、いまやアメリカだけでもセルフケア業界の市場規模は4.2兆ドルにものぼるそうです。高級オイルや香り付きキャンドル、高級ブランケット、高価なチョコレートなどなどが例としてあげられています。過激な商業主義との見方もされはするものの、著者はそれでもセルフケアには大きなメリットがあると述べています。それは若い世代が上の世代よりも休息の重要性を理解し始めているあらわれではないか、という点がそれで、本書では休息に隠されたさまざまな事実を、エビデンスを示しながら語ってくれるのでした。そして、本書自体も、セルフケアのカテゴリにおさまる種類の商品であるでしょう。

休息にはこういう種類が好まれていて、こうすればうまくいくから、これがおすすめです、という感じではありません。科学的な視点から分析して、それらから読者自身が自ら取り入れるのです。イニシアチブは読者にあります。「入浴」「マインドフルネス」「テレビ」「空想にふける」などなど、本書で取り上げられる10種類の人気休息方法はすべて、万人に適用できて効果が100%ではないのです。つまり、ここで上げられる休息方法のなかから、自分に合ったものをその効果を十分にあたまでも理解しながら生活に取り入れることができますよ、という体裁なのです。

たとえば、「特に何もしない」休息方法の章で、こんなトピックがあります。p175-176の部分です。フィンランドの首都・ヘルシンキで、1970年代に、平均より高い心臓病リスクを抱える1920~30年代生まれの男性1000人以上が集められました。かいつまんで言うと、被験者の半分は5年の実験期間の間に健康への細かなアドバイスを受けるように指示されました。喫煙習慣を注意されたり、食生活や定期的な運動のメリットについて長々と説かれたそうです。かたや、残りの半分の人たちはそのようなアドバイスはいっさい受けませんでした。その結果が意外というか、なるほどなというか、とようなものだったんです。健康促進のアドバイスを受けたグループのほうが平均死去年齢が低かった。つまり、長生きのための健康アドバイスが、逆の効果をもたらした。というように、「特に何もしない」ことのメリットにあたるところが、上記の文章から学べることでしょう。

また、こんなトピックもありました。
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p171「かつてないほど忙しいように思えるのは、おそらく仕事と余暇の境界線が曖昧になっているせいでしょう。そう命じられたわけでもないのに常に待機しているような自分に気づく人もいるのでしょう。仕事が自由時間をしょちゅう奪うわけでもないのです。単に、仕事が発生する可能性が常にあるのです。緊急かつ必須の用事など入らないであろうときにさえ、私たちは新着メッセージを気にして無意識に携帯電話をチェックしてしまいます。その結果、土曜の深夜や日曜の早朝に仕事関係の新着メールを見つけ、画面を閉じて月曜の朝にまわすのではなく、その場で返信します。もし返信しなかったとしても、頭の中はすでにその仕事に占領されています。これは先進国に限った話ではありません。低所得国でも、一般の人々にとって仕事と余暇の境界線は流動的になっているか、境界線がない場合もあります。」
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仕事に就いていると、つねにスタンバイ状態におかれることを言っているのがわかると思います。経済を回すため、経済競争のため、経済成長のためにこういった状態になるほかない、とも考えられます。そして、そのことが人を疲労させる。だから、休息は大切になるのでした。

また、
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p194
「自宅にいると、タスクに取り囲まれます。ハンガーに掛けてもらえるのを待っているアイロン済みの服の山、接着剤で修理が必要な割れた皿、壁に取り付けなければならないフック、店に返品する必要のある商品。なかには目に見えないのに注意を払わなければばならないものまであります。料金を払い過ぎているなら電力会社を替えるべきかも、自分の年金基金の状況を確認しとかなきゃなど、考え事はつきまといます。これらは「ライフアドミン(生活管理)」と呼ばれ、日常のやっかいもののひとつです。」
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という日常でおなじみのやっかい事について、きちんと言葉にして対象化してくれていたりします。このライフアドミンと、その前のスタンバイ状態を併せて考えてみれば、休日であろうとも、いかに人はうまく休めないものなのかがわかってきますよね。

そのための休息。その重要度が、本書を読んでいると少しずつわかってくるのです。僕が目からウロコだったのは、「テレビ」の章でのこの考察です。テレビがあまり記憶に残らないデメリットについての深掘りの考察です。「人は頭に新しく増えた記憶の量を見て、どのくらいの時間が経ったかを判断する(中略)テレビを長時間見てそのほとんどが記憶に残らないとしたら、時間が経過するスピードは速くなり、人生が目の前を素通りしていくかのように感じるでしょう」とあります。ただ、長時間の連続ドラマのように没入して見るものなんかは記憶に残るし、そういったテレビコンテンツは読書のように「共感力」や「他人の立場から物事を見る力」を養うそうです。それに、テレビによる休息の効能について肯定的なのがよかったんです。僕はどっちかといえばテレビなんて無くてもいいんじゃないかなと考えているほうなんだったんですけど、この本による考察を読んでいると良い意味で考え直すというか昔の考えに戻るというかがあります。

他にも、「読書」の章でも目からウロコでした。

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p312
「読書はふたつの意味で急速になることがわかります。読書することで、ときに自分の心配事から気をそらし、ときにその逆を行うのです。自分の世界から飛び出すときも、思考をさまよわせながらも自分の人生と向き合うときもあります。休息の真髄には、やはりこの衝突があるのです。頭の中で過去に戻ったり未来へ行ったりしながら、自分を逃避させ、同時に自分自身と対面させます。読書は自己認識を排除する方向にも強める方向にも利用できるのです。」

「自分の世界に新しい考えごとを足し、誰か別の人の物語や視点を加えることこそが休息なのだと、気づくのかもしれません。」
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自分のあたまのなかで断片化していた、読書についての印象や感じていたことが、なんとまあ上手に言語化されていることか! ちょっと端的すぎてもうちょっとこれらの周辺部分の文章を読まないとよくわからないかもしれません。そこは本書を実際に読んでみる機会にゆずることとします。

ということで、ちまちまと読みながらも、いろいろな発見のある読書になりました。「自信がなく自分に注意を向けたがらない不安症(p44)」との一節があったのですが、個人的なところで言うと、うちの父親が強迫症だし自分と向き合わない人なので、そういうことか、と納得がいきました。こういうふうに、読者が個人の日常に寄せて読んでみても、なんらかのリターンが得られるのだと思います。もともと本というものはそういう性質のものが多いのだと思いますけれども、本書は特に読む者へ三者三様に作用してくれてさらに実用的と言えるのではないかな。

読んでよかったです。


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