Fish On The Boat

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『新装版 おはなしの知恵』

2023-09-04 21:02:14 | 読書。
読書。
『新装版 おはなしの知恵』 河合隼雄
を読んだ。

いろいろな昔話を、ユング派心理療法家の故・河合隼雄さんが読解をしてその深いところを示してくれる本です。

まずは白雪姫の章。白雪姫が毒りんごのために死と同然の状態になったときの河合隼雄さんならではの深層心理学的な解釈がこちら。
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かわいかった子が何となく無愛想になり、無口になる。体の動きも重くなったように感じられる。実は、このような時期は成長のために、ある程度必要である。心のなかはこのような状態でも、何とか外面は普通に取りつくろって生きている子も多い。
このような時期を私は「さなぎ」の時期とも言っている。毛虫が蝶になる間に「さなぎ」の時期があり、その時は、まったく外的な動きがなく殻のなかに閉じこもっているが、内的には実にものすごい変化が生じている。この内的な変化を成就せしめるためには、外の堅い守りが必要なのである。
(中略)さなぎの時期に親があわてて、その殻を破るようなおせっかいをすると、子どもは破滅してしまう。子どもにとって必要な内閉の時期を尊重することは、親にとってなすべきことである。しかし、自分自身の不安の高い親は、子どもの内閉に耐えられず、ついつい余計なことをしてしまう。(p54-55)
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僕個人はさなぎの時期に殻を破られてしまったタイプです。そんな痛みや苦しみを知る身からしてみれば、著者のこの解説は、ほんとうによく言い得ていると言えます。思春期に余計な干渉はいけませんね。


次に七夕の話。混沌によって生命力が回復する、という箇所で「ああ!!」とこころの中で快哉を叫びました。

七夕の話の意味することはなんでしょうか。織姫と彦星が会わない期間、彼らはそれぞれの仕事をしていてそれは秩序の維持を意味しています。7月7日だけが男女が出合うことが許されるけれども、その日は仕事が放棄されているし、二人だけの時間になるしで混沌を意味することになります。
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男女の結合に意味を認めるが、だからと言って、その関係をできるだけ長く維持しようとするのではなく、むしろ、すぐに別れ、また会う日まで一年間は分離して暮らすべきである。分離していてこそ、秩序は保たれると考える。これは、男女の結合の意味の深さ、そのことによる生命力の回復などを知るにしても、それを続けることの危険性と無意味さをよく知っているからである。(p112)
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秩序を離れたところに、生命力の回復や奥深い何かがあるのだけれど、それをずっとやっているのはナンセンスだし危険、それは秩序がぐらついてくるから、なのでした。秩序と混沌のバランスのとり方が七夕の話から教えられるのです。世界の維持としては一年に一度くらいの混沌の頻度が好ましいのでしょうね。人間の個人的な社会性だったなら、男女が出会うまでのスパンはもっとずっと短くていいような気がします。そこは七夕が世界を担うスケールの話だから一年に一度のスパンになったんじゃないかなあと思いました。物語を作った人、あるいは採集して整えて後世に残した人の優れたバランス感覚がそうしたのかもしれませんし、物語が多くの人の耳に触れたのち、その物語が大勢の人間のそれぞれの感覚によって磨かれながらも、このかたちがいちばん適しているのではないか、とされて残ったのかもしれない。そういったところを想像してみるのもおもしろいです。


最終章のアイヌの昔話では、近代における、「区別」や「区分」での「合理化」や「効率化」を進めていくやり方とは対照的に、自然などと混然一体になるという姿勢があるということをうかがい知ることができます。近代のやりかたばかりしか眼中になくて、他の考え方にはまるで考えが及んでいない者、あるいは他のやり方があるなんて思いもしていない者の多いのが現代人だったりしませんか。もっと生き方は創造していいのだし、近代の生き方を無条件に踏襲しなくてもいいのですが、生き方の範囲はここまでというふうにあらかじめ決まっているものだと、その狭い範囲をゆるぎない前提と決めつけてしまっている人は多いのではないでしょうか。


といったように、ユング派の心理療法家ならではの解釈が、どんどん深みを増していくかたちになっています。洋の東西をとわず取り上げられた昔話たちは、とても個性的で教訓や示唆に富んでいて、解釈してみるかという気になって相対してみれば、相当な深さを持ち得ていることに慄くほどだったりします。だからこそ、昔話は生き残る力を持ち、知恵を伝えてきたのでしょう。

最後になりますが、絵姿女房という昔話、これが僕にとってはいちばんの好みでした。今回はじめて知った話です。どういう昔話か知りたい方は検索してみてください。すみません、書くとちょっと長くなってしまいますので、あしからずなのでした。


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