TakaPの数学日記

数学を教えていて感じたことや日常の感想などを記録しました。

蛍の光

2009年03月18日 17時30分38秒 | 日記
卒業式のシーズン。「蛍の光」を歌うことになる。しかしこの曲は歌詞が難しい。もともとはスコットランド民謡だったらしい? 以下歌詞はWikiからの引用。
(一部変更してあります)


1
ほたるのひかり、まどのゆき、
書(ふみ)よむつき日、かさねつゝ、
いつしか年も、すぎのとを、
あけてぞけさは、わかれゆく。

2
とまるもゆくも、かぎりとて、
かたみにおもふ、ちよろづの、
こころのはしを、ひとことに、
さきくとばかり、うたふなり。 2



漢字版
1
蛍の光、窓の雪、
書読む月日、重ねつゝ、
何時しか年も、すぎの戸を、
開けてぞ今朝は、別れ行く。


2
止まるも行くも、限りとて、
互に思う、千萬の、
心の端を、一言に、
幸くと許り、歌うなり。

・・・と言うわけだが、中学生の生徒が歌うには歌詞が難解。ということで、現代語訳を考えた。

蛍の光、窓の雪、書読む月日、重ねつゝ、

訳 蛍の淡い光や窓の雪明かりをたよりに
  一心不乱に学問に励んできたが

何時しか年も、すぎの戸を、開けてぞ今朝は、別れ行く。


訳 何時の間にか年月が過ぎてしまった。
家の杉の戸を開けて明るい朝の光の中へ、未来に向かって
  今朝は別れて行くのだ。


止まるも行くも、限りとて、互に思う、千萬の、
心の端を、一言に、幸くと許り、歌うなり。

訳 留まる者も行く者も今日限り、
  お互いに数限りない心の橋をかけてきたが
  その心のほんの端を一言「お幸せに」と
  歌うのだ。
  
「蛍雪」について(Wikiから引用)
東晋の時代の車胤は、家が貧乏で灯す油が買えなかったために蛍の光で勉強していた。同様に、同じ頃の孫康は、夜には窓の外に積もった雪に反射する月の光で勉強していた。そして、この二人はその重ねた学問により、長じて朝廷の高官に出世している。
コメント
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