10月15日 編集手帳
ある出版社が文学全集の刊行を企画した。
松本清張作品の扱いが議題にのぼったとき、
編集委員の一人である三島由紀夫は言ったという。
「清張作品を入れるなら、
私は編集委員を降りるし、
わが作品の収録も断る」と。
純文学と大衆文学の壁をめぐる昭和30年代の文壇こぼれ話である。
時は移り、
もっと高い壁の消える時代らしい。
米国の歌手ボブ・ディランさん(75)がノーベル文学賞に選ばれた。
清張論争など、
今は昔の物語だろう。
英語の不得手な小欄にはその歌詞が文学か否かは見当もつかないが、
地上の数限りない人々の人生を伴走した偉大な芸術に違いない。
壁を乗り越えたスウェーデン・アカデミーの勇気に敬意を抱く。
歌人の島田修三さんに一首がある。
〈さかしまに歳月ゆかなボブ・デイラン聴き呆(ほう)けてた俺とは何だ〉
(歌集『晴朗悲歌集』)。
歳月を逆さまにたどりたい、と。
下宿の三畳間。
夜更けの公園。
学生街の喫茶店…。
「あの頃の私とは何だったのか?」という問いを胸に抱いて、
きのうは遠い日の自分を訪ねる心の旅に出かけた人もあったろう。
♪ その答えは友よ、
風に舞っている。