7月22日 編集手帳
根性、
という言葉は元々好ましくない人の性質を指す言葉として使われていた。
役人根性、
やじ馬根性…。
そう言えば記者根性丸出しなんて言い回しもあった。
前回の東京五輪を転機に意味が劇的に変容する。
新聞には「根性の金三つ」等の見出しが躍った。
後に精神主義と密接に絡み合い、
スポ根なる言葉も生まれた。
時代の追い風もあったのだろう。
熱烈に支持されたキーワードは、
今また、
曲がり角を迎えている。
「練習は週3回、
1日60分でラグビーの強豪校」
「競争しない運動を皆で楽しむ」。
本紙運動面の連載「部活新時代」で先進例が紹介されていた。
勝負の一局面で強い気持ちが必要となるのは確かだ。
けれど、
非効率、
長時間の練習を通して育まれるものではなかろう。
元巨人の桑田真澄さんは高校時代、
疲労がたまると練習を抜け出し、
近くのゴルフ場の芝の上で大の字になって回復に努めたという。
甲子園出場後の1か月は1球も投げなかった。
野球は根性ではなくサイエンス、
そう言い切る監督もいる。
うらめしいかな、
炎天との形容がピタリとはまる夏だ。
古い根性論とはおさらばしよう。