5月1日 読売新聞「編集手帳」
いま時分の季節に、
藤棚を通りかかった人がいたのだろう。
江戸川柳に、
<春夏をふらふらまたぐ藤の花>とある。
暦の上では立夏(5日)が来れば夏を迎える。
日差しがにわかに強まり、
春のような夏のような――
そんな体感のなか、
藤は季節をまたぐように咲く。
薄紫の花がふらふらと風にそよぐ景色が、
みなさんのご近所にもおありだろう。
福岡県八女市の神社には樹齢600年に達し、
国の天然記念物に指定される「黒木の大藤」がある。
だがこの地元のシンボルともなる藤棚で、
一輪と残さず花を刈り取る作業が行われたという。
新型ウイルスの感染拡大を受けた措置である。
見頃を迎えた藤棚に連日見物客が押し寄せ、
密集を防ぐために苦渋の決断がされたと、
本紙西部本社版が伝えていた。
目下、
刈られた花以上に痛々しいのが私たちの暮らしだろう。
仕事やアルバイトを失った。
家賃、
学費が払えない。
無情に移ろうばかりの季節のなか、
ウイルスとの消耗戦はまだまだ終わらないとの報を聞く。
がんばりきれるかどうか。
悲嘆を外に押しやってつぶやいてみる。
藤は下がりながらも咲くじゃないか、
と。