二上山麓を歩く。(要所で説明付き)
チガヤの銀の穂 アキカラマツ
ネジキ ナツハゼ
ふるさと公園の山野草を売っているお店をのぞく。
メダカの鉢が並んでいた。種類がありそうなので尋ねてみると「350種ぐらいある」と聞いてびっくり。
キラキラ光沢のあるのやら立派な名前の付いたものやら。
25000円の値札・・えっ1匹が? もっと高いのもあるらしい。たかがメダカとも言えない高級魚なんだ~。
右)趣味なのか、売りものなのか? 鬼瓦がいっぱい並んでいた。
大池近く
マルバアオダモの果実 大池の住人?住鳥? シナガチョウ
鳥谷口古墳へ。
あたりはブタナだらけ。 古墳へ上がる斜面もブタナの花園
鳥谷口古墳 大池改修で二上山南斜面で土取り中に発見された。 7世紀後半に築造された南に開口する横口式石槨
二上山の凝灰岩を使用しているが、急ごしらえの様子があることや棺を入れる大きさもなく、改葬墓(他に埋葬されていたものを移し変えた)とも考えられることから、二上山に葬られたとされる大津皇子の墓は本当はここではないかとの説もあるとのこと。
下って傘堂
阿弥陀様が祀られていたという棚や梵鐘がかけられていた金具もある。
郡山藩主本田政勝の菩提を弔うために家臣たちにより建てられたものだというが、次第に浄土信仰へと結びついていったということだ。
近くにある高尾寺跡へ。
白鳳年間に役小角によって開かれたといい、ここには薬師堂と観音堂があったという。そうとう栄えたらしいが、今は礎石があるだけ。
薬師堂の本尊・薬師如来座像(藤原時代)・観音堂の本尊・観音菩薩立像(平安時代の作)どちらも重要文化財で、収蔵庫に保管されているが、非公開とのこと。
下って石光寺へ。
中将姫が曼荼羅を織るハス糸を染めたといわれる井戸があることから染井寺ともいわれる。
塀から張り出したサクラの古木とサルスベリの古木
大きい心礎 南に3重の塔があったことがわかっているという。
寺は今は東に向いているが、もとは南が正面だったらしい。
石光寺はボタンで有名な花の寺
この花は何?と聞かれたので 「アカンサス ハアザミともいうよ」と言ったら「宝相華やね」と誰かの声。
アカンサスが宝相華というのは私は知らないが、そうも言うのだろうか? 右)花弁を1枚上げてみた。不思議な作りだ。
しばらく歩いて福祉総合ステーションで昼食。外が気持ちがいい。
池の近くのイヌビワの実を割ってみたら、イヌビワコバチの幼虫がいた。
イシガケチョウが飛んできた。ちょっと待って~との願いむなしく、ひらひらと遠くへ飛んで行った。
中将姫の墓塔は共同墓地に中にある。
基部の台石に仏像の彫刻のある13重の塔 鎌倉時代の作 骨を入れる穴があった。
横の3重の塔は平安後期のもの。
右)小高い所にある五輪塔は県内最古の五輪塔で国の重文 そんな立派なものとは知らなかった。
元酒蔵だったという今は文具のお店「文晃堂」に立ち寄り、当麻寺へ。
北門(黒門)から当麻寺境内へ。
今は「本堂」になっている曼荼羅堂(国宝) ご本尊は「當麻曼荼羅」天平時代(国宝)
もとは本堂だった「金堂」(鎌倉時代)(重文)雨を防ぐ庇は深く作られている。
右)その前の凝灰岩性の日本最古の灯篭(重文)
他にも 梵鐘 東塔 西塔など国宝は全部で8つ。重文も目白押し。すごいお寺だ。
二上山・当麻のあたりは浄土への入口と考えられていたらしい。
ここから竹ノ内街道の方へまだ行程は続くが、駐車場所からかなり離れるのでここで皆さんと別れて帰路に着いた。
チガヤの銀の穂 アキカラマツ
ネジキ ナツハゼ
ふるさと公園の山野草を売っているお店をのぞく。
メダカの鉢が並んでいた。種類がありそうなので尋ねてみると「350種ぐらいある」と聞いてびっくり。
キラキラ光沢のあるのやら立派な名前の付いたものやら。
25000円の値札・・えっ1匹が? もっと高いのもあるらしい。たかがメダカとも言えない高級魚なんだ~。
右)趣味なのか、売りものなのか? 鬼瓦がいっぱい並んでいた。
大池近く
マルバアオダモの果実 大池の住人?住鳥? シナガチョウ
鳥谷口古墳へ。
あたりはブタナだらけ。 古墳へ上がる斜面もブタナの花園
鳥谷口古墳 大池改修で二上山南斜面で土取り中に発見された。 7世紀後半に築造された南に開口する横口式石槨
二上山の凝灰岩を使用しているが、急ごしらえの様子があることや棺を入れる大きさもなく、改葬墓(他に埋葬されていたものを移し変えた)とも考えられることから、二上山に葬られたとされる大津皇子の墓は本当はここではないかとの説もあるとのこと。
下って傘堂
阿弥陀様が祀られていたという棚や梵鐘がかけられていた金具もある。
郡山藩主本田政勝の菩提を弔うために家臣たちにより建てられたものだというが、次第に浄土信仰へと結びついていったということだ。
近くにある高尾寺跡へ。
白鳳年間に役小角によって開かれたといい、ここには薬師堂と観音堂があったという。そうとう栄えたらしいが、今は礎石があるだけ。
薬師堂の本尊・薬師如来座像(藤原時代)・観音堂の本尊・観音菩薩立像(平安時代の作)どちらも重要文化財で、収蔵庫に保管されているが、非公開とのこと。
下って石光寺へ。
中将姫が曼荼羅を織るハス糸を染めたといわれる井戸があることから染井寺ともいわれる。
塀から張り出したサクラの古木とサルスベリの古木
大きい心礎 南に3重の塔があったことがわかっているという。
寺は今は東に向いているが、もとは南が正面だったらしい。
石光寺はボタンで有名な花の寺
この花は何?と聞かれたので 「アカンサス ハアザミともいうよ」と言ったら「宝相華やね」と誰かの声。
アカンサスが宝相華というのは私は知らないが、そうも言うのだろうか? 右)花弁を1枚上げてみた。不思議な作りだ。
しばらく歩いて福祉総合ステーションで昼食。外が気持ちがいい。
池の近くのイヌビワの実を割ってみたら、イヌビワコバチの幼虫がいた。
イシガケチョウが飛んできた。ちょっと待って~との願いむなしく、ひらひらと遠くへ飛んで行った。
中将姫の墓塔は共同墓地に中にある。
基部の台石に仏像の彫刻のある13重の塔 鎌倉時代の作 骨を入れる穴があった。
横の3重の塔は平安後期のもの。
右)小高い所にある五輪塔は県内最古の五輪塔で国の重文 そんな立派なものとは知らなかった。
元酒蔵だったという今は文具のお店「文晃堂」に立ち寄り、当麻寺へ。
北門(黒門)から当麻寺境内へ。
今は「本堂」になっている曼荼羅堂(国宝) ご本尊は「當麻曼荼羅」天平時代(国宝)
もとは本堂だった「金堂」(鎌倉時代)(重文)雨を防ぐ庇は深く作られている。
右)その前の凝灰岩性の日本最古の灯篭(重文)
他にも 梵鐘 東塔 西塔など国宝は全部で8つ。重文も目白押し。すごいお寺だ。
二上山・当麻のあたりは浄土への入口と考えられていたらしい。
ここから竹ノ内街道の方へまだ行程は続くが、駐車場所からかなり離れるのでここで皆さんと別れて帰路に着いた。