高島平発・文化的居場所「ミストラル」への夢

地域をファッション・音楽・お酒の“文化”の力で元気に!……地元に文化的な居場所作りを模索しています。

ザ・フォーク・クルセダーズ「イムジン河」

2009年10月24日 12時58分00秒 | ●“私を支える”一言・本・音楽.etc・・・
山ノ神が(加藤和彦の)、「お別れ会があるのなら行ってきたら?」と言ってくれたのは、彼が亡くなった翌日になる先週の日曜日でした。

家内は音楽が特に嫌いではありませんが、二人の娘たちのように何かの曲をハミングしたり、好きなミュージシャンがいる訳でもないので、格別音楽には詳しくはなく、ましてや私の好きなミュージシャンなど、話した事もないので、私が彼のファンであることなど、知る由もないと思ってばかりおりました。

しかも、フォークルの曲を家で良く流した訳でもなく、CDを特に多く持っている訳でもありません。

明日で結婚丸29年になりますが、長年一緒にいると黙っていても、私の気持ちが総て分かるのかもしれません。

葬儀に行ったらと言われた時は、とても驚きであったのと同時に、嬉しかったのも事実です。

やはり、“できた女”のようです。


「イムジン河」はフォークル=加藤和彦に、傾倒するキッカケになった曲です。

デビュー曲の「帰ってきたヨッパライ」は、コミックソングとしては、秀でた曲かもしれませんが、早回しの音色がチープで、嫌いの部類に入る曲でした。

しかし、2枚目の「イムジン河」を初めて聴いた時、その美しいメロディーと端田のりひこのハーモニーがとても奇麗で、発売日になったら直ぐにレコードを買おうと思ったのです。

ところが、例の発売中止です・・・

御存知のように改めて聴けるまでに、30年以上待たなくてはなりませんでした。

でも、「イムジン河」の代わりに発売された、「悲しくてやりきれない」も、前曲に負けず秀逸な曲だったので、それがフォークルのファンになった、決定的な要因でもあります。

メロディーの良さに、サトウハチローのシンプルで味のある詞と、3番のところでのハモリに痺れました。

その後、「紀元貳阡年」(1968年発売)、「当世今様民謡温習会」(同年発売)、「フォークルさよならコンサート」(1969年発売)のアルバムを購入。

フォークルワールドに、どんどんハマっていきます。

特にその中から選ぶと、「花のかおりに」、「オーブル街」、「水虫の唄」、「戦争は知らない」、「雨の糸」、「コキリコの唄」、「ユエの流れ」あたりが、私の大好きな曲でした・・・

フォークル解散後、加藤和彦と北山修は他のシンガーに、楽曲を提供していきますが、二人が歌って大ヒットした「あの素晴らしい愛をもう一度」は、当初、「恋人もいないのに」のシモンズに、提供する予定の曲だったのを、御存知でしょうか?

その他にベッツイ&クリスの「白い色は恋人の色」、「花のように」、「美しいものたちよ」。
グリーメンの「恋したら」なども、二人のコンビによる曲で、私の大好きな曲です。

昨夜は一週間ぶりに、いつものパブで午前3時まで飲みました。


個人的に追悼の意味を込めて、彼の作曲や編曲した「花のかおりに」、「オーブル街」、「イムジン河」も歌いました。

どれも、やっぱりいい曲です・・・

それから、某ダイニングバーに場所を変えて、「花のかおりに」をもう一度歌ってみました。

気が付くと午前5時を回ってます。

この時間に帰ると、いつもは山ノ神から私の体と世間体?を考え、少し怒られるのですが、今朝はどういう訳か上機嫌。

天国の加藤和彦のお陰かもしれません。


最初に彼の自殺を聞いた時は、ある種の夢を与える職業の人は、絶対に自殺などすべきではないと思い、何か怒りに近いものを覚えました。

しかし、今は違います。

自殺は許されるべきのものではないでしょうが、誰かの心にずっと自分を残る人は、死んでも死んだコトにはならないのではと思います。

少なからず、彼の薫陶を受けた私の中にも、彼が生きてると思います。

あれだけの優れた楽曲の代償が、自らの死であるならば、それらの曲を後世に伝えるも、私たちの義務のようにも思えます。

あの素晴らしい曲をもう一度でしょうか?


午前5時過ぎまで飲んだのに、9時15分には会社に来てしまいました。

明日は自宅のパソコンが故障中で、ブログが書けないので、今日はこんなに書いてしまいました・・・

歌を唄うと、どうしてこんなに元気になるのでしょう?
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2 コメント

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死んではいけません (hKEI)
2009-10-24 20:59:31
『あの素晴らしい愛をもう一度』は大人になりたくて背伸びしてた頃を思い出します。とても好きな歌のひとつです。PTAのコーラスでこの曲を唄うことになったとき、ずっと以前のピュアな自分の世界を失うような気がしたくらいです。
『悲しくてやりきれない』も何かせつなく、甘酸っぱい思い、たとえばキンモクセイの香りのようなそんな気持ちになりますね。
加藤さんの‘死’は残念でなりません。
私のいとこは19歳の若さで亡くなりました。
医学部の受験に2度つまづいたのです。
世間ではよくあるような話ですが、まさか自分のこんな近くでおこるとは。
かわいそうという気持ちと悲しい気持ちで、それは何か月も消えない重い気持ちでした。
でも、もっと悲しいことがおこったんです。
息子を失った心を埋められずに母親までが逝ってしまったんです。
そして残された父親は生きてはいるけれどもずっとずっと癒えない悲しみを抱えたままです。
いとこは自分の命だけではなく、慈しみ育ててくれた両親の残りの人生までも無にしてしまったと思いました。
それぞれに深く悩み傷ついての結果だったと今では思います。
でもでも、やっぱりどんなに偉大でも、逆にどんなにみじめに老いさらばえてもやっぱり天に生かされているその日まで生きてほしいのです。
強い言い方でごめんなさい。
亡くなった加藤さん、さぞ辛い思いだったに違いないですよね。
それでも、やっぱり死を自ら選んでほしくはなかったです。
それこそ、悲しくてやりきれないです。。。

次回はもっと楽しいコメントにしますね(ミストラルさん、ホントにごめんなさい・・・・)
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いつもアリガトウございます (ミストラル)
2009-10-25 13:30:50
hKEIさん、そのとおりですね。
私も彼の死がとても残念だったので、
無理して自分を納得させてる部分があります。
あれ以来、彼の曲を毎日口ずさんでおります。
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