CubとSRと

ただの日記

「一比較研究者の自伝」より  ③

2021年11月20日 | 心の持ち様
 「慰安婦と戦場の性」

 非行は、いずれの国の人であろうと、道徳的に非難されるべきだろう。隣国が貧しかったころ、日本の多数の男が韓国に渡った。「昨夜は女の態度が悪かった」。釜山のホテルの帳場で居丈高に怒鳴り散らす大声を聞いて眉をひそめたこともある。
 慰安婦制度が悪であるというなら、米国兵が相手だろうと同様に非難されるべきだろう。ベトナムの慰安婦を相手にした韓国兵も非難されるべきだろう。慰安婦問題を反日カードに使い、国際的な反日宣伝の材料に仕上げようとする勢力は偽君子の最たるものだ。韓国の言論空間で、自己を正義として相手を弾劾する理屈がまかり通る様は度が過ぎる。
 それともそれは福沢諭吉が明治三十年十月七日の『時事新報』ですでに指摘した、半島地域の歴史文化が生んだ、この国人の持前なのか。

 慰安婦問題で日本を罵る声のみがかの地では高くなり、それは史実にそむくとする反論も封じるまでになった。
 ラムザイヤー論文は韓国人の目にふれるだろうか。韓国には道徳を口にする人も多いらしいが、女衒(ぜげん)まがいで人を口説く人も多いようだ。日本のテレビで韓国左翼の常習弁護人として言葉巧みに弁ずる秀才もいる。信仰心だか、フェミニズムだか、反日思想だか、従北イデオロギーだかにこりかたまった学者先生は、国籍のいずれを問わず、困ったものだ。

 日本人側にも問題がある。かりに善意から始めた慰安婦救済事業であろうとも、これはまたなんたる悲惨な結末か。格言にいう「地獄に至る道は善意で敷き詰められている」とはこのことか。
 しかし宮澤喜一氏や河野洋平氏は善意からというよりは、マスコミ向けにいい顔がしたくて始めたのが真相だろう。そんな事業だから、落ちるべくして落ちたのだ。
 
 米国のドライアー教授は、河野官房長官の措置はcounter-productiveだったと評した。どこの国にも正義面して相手を誹謗する政治組織は存在し、虎視眈々と機会をうかがっている。そんな「挺隊協(挺身隊問題対策協議会)」の意図が最初から見抜けなかった大沼保明教授などは、国際関係の学者としては落第だ。
 日韓関係の棘となってしまった、この性奴隷(sex slaves)として世界に喧伝された問題については、実証研究である秦郁彦『慰安婦と戦場の性』の英訳本を出すことが国際的な真相究明への捷径(早道)ではないかと私は考えた。まずなによりも客観的な事実が世界に伝わることが肝要である。

   (以下略)


  「一比較研究者の自伝」
 34回 二本足の学者
   東大名誉教授 平川祐弘

  「月刊Hanada7月号」より

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 浅学非才の身、英語が全く分からず「counter-productive」ってなんだよ、と思って調べてみたら「逆効果」。なるほど。productのcounterということか。本題に関係ありませんけどね。
 ただ、宮澤喜一氏も河野洋平氏も他国との平和外交を実現したいという思いが皆無だったわけではない。皆無どころか大部分はボンヤリ描く明るい未来(ネットで能く見る表現「やさしい世界」)への思い。
 却って「マスコミ向けにいい顔がしたくて始めた」面は余剰利益(役得)、程度の捉え方でしかなかったんでしょう。
 けれど「神は細部に宿る」、です。その程度の浅い認識(「中途半端な思い遣り」や「浅慮」)が、ありもしない慰安婦問題を世界的な日本叩きの材料にさせてしまった。
 ついでに、中心になっていた団体は「挺身隊問題対策協議会(略称 挺隊協)」と称して、つい先年まで「女子挺身隊」を「慰安婦」と誤認して活動していた。どうも間違っているらしいと分かってきても、今さら引くに引けない。
 で、例の「日本が十億円出して、韓国が財団を作らせて~」となった時、これ幸いとばかりに財団名に合流する形で名称をなくし、現在はその釈明をすることなく「正義記憶連帯」と名乗っている。やらしい。

 嘘つきが悪いんですよ、吉田清治や千田夏光が悪いんだ。
 けど、それを安易に一国の長と目される人物が「謝れば済む」、とばかりに認め、そこに「善意の第三者」でしかない国民が「長が言うのだから我々も謝ろう」、と・・・・。
 「地獄に至る道は善意で敷き詰められている」。
 
コメント
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