4月2日(土) の続き
目的地としていた保久良神社は「桜の名所」というわけではない。
単純に三十年ほど前に行った時、神戸の町が見渡せて気持ちが良かったことや、その時は夕方で、あまり長い間居られなかったのが残念だったという思い、それに岩に刻まれているという神代文字らしきものをもっと時間をかけて見たかったことなどが遠い記憶にある、というだけのこと。
あまりにボンヤリした記憶なので、手に入れた原付で上ったのか、それとも散歩の延長で何となく歩いて上ったのか、さえ覚えていない。
それを今頃になって、と考えてみれば、妙と言えば妙な話だ。
ただ、「桜の木々・満開の桜」を見るよりも、一本か二本の老木に咲く花の方が、いや、桜の花の咲く巨木自体を眺める方が好きになってきたような気がする。
当時、保久良神社にそんな桜はなくても、三十年も経てばもしかしたらそういう桜が育っているかもしれない。
いい加減な漠とした思いで向かったが、道を間違えることもなく参道入口に着いた。「関係車両以外進入禁止」、とある。
「関係車両」に参拝者は含まれていないらしい。三十分ほどかけて歩いて上るしかない、ようなことが書かれている。かといって参拝者用駐車場などといったものはない。
ということは近くの阪急岡本駅から歩くのが唯一の手段。これは参拝を拒否する神社だな。
別に不思議なことではないけど。「保久良」が「火座」なら、元々はただの「燈台」。航行する船のためのもので、御利益を求めて参拝する神社ではない。言ってみれば便宜上造られた神社でしかない。祭神がスサノヲ、オオクニヌシという、国土にまつわる神々であることにもそれならうなづける。
また脱線した。けど、それはそれでよい。今日は参拝するなということだ。少なくとも花見を目的に(物見遊山では)行くところではない、と。
歩いて上るにしても参詣入口まで人家が密集している。車は言うまでもなく、カブでさえ置くことができないのだから、そのまま引き返す。
引き返して新神戸駅に向かった。
新神戸駅で、酒の肴になりそうな弁当を買う。今朝作った弁当と併せ、二つの弁当を持って六甲ケーブル下から六甲山に上る。途中の鉢巻展望台で弁当を使い、買った弁当は家で酒の肴にする。
・・・という方針に変更し、弁当を買って、六甲山上を遠望、早々に方針変更をし、目の前の生田川河岸の桜(ここも桜の名所)を見ながら昼食を摂ることにした。
東アジア、東南アジア辺りから仕事できたらしい小グループ。大学というよりまだ就職したてらしい数十人の若者のビンゴ大会。中にワイングラスを片手に時々言葉を交わしている西欧人らしい夫婦。子供を抱えベビーカーを押している若夫婦。座っている後ろを歩く学生風の数人は日本人だと思ったら耳慣れない外国の言葉でしゃべっている。
喧噪とまではいかないけれど相当に賑やかな中で作ってきた弁当を食べ、淹れてきたコーヒーを飲む。
こんな賑やかな中での食事も悪くない、と思うようになったのは独り暮らしにすっかり馴染んでしまったからか。仕事に就いて二年後からずっとだから四十数年。馴染むも何もないんだが。
以後、予定通りカブで六甲山へ。
やはりカブで、というのは少々キツイ。3速では上らない。2速では段々に速度が落ちる。かといって1速では大騒ぎをするわりにちっとも進まない。
それでも車にせっつかれなければのんびり山登りができる。
そういうわけで「日本の全ての坂を上るために作られたカブの1速」は、そんなに使うことはなかったけど、2速では上れないのが六甲山。
上り切ってしまえば、尾根伝いに少し行けば自宅。
というわけで、3時前には帰宅。