そういえば今日は7月20日、「海の日」。
元々は「海の記念日」。
で、明日は7月21日だから、普通なら「夏休み」が始まる、ということか。
大人になってからは、実益も影響もなくなる「夏休み」だが、あ、いや、普通の家庭なら子供が学校に行ってて、それが基本6年と3年、大概の場合はそれにプラス3年の十二年間、「夏休み」は悲喜こもごもの記憶の宝箱(?)か。
普通ではない独り暮らしの爺さんだって、「刷り込み効果」か「パブロフの犬」みたいに、この歳になっても「夏休み」という言葉を聞くと気分が浮つく。なんだか浮かれてうれしくなってしまう。
そして、小学生の頃の「夏休みの生活(夏休みの友、だったかな?)」という冊子が妙に恋しくなる。
箇条書きみたいに、時間のかかる重たい宿題がしれっと書かれているだけなのだが。表紙の入道雲や麦わら帽子の絵に毎年ころっと騙される。
夏休みに入った翌日、一日目の長かったこと!
朝のラジオ体操から始まって、昼前まで遊んで、昼過ぎには海パン一丁で走って2分くらいの砂浜に行き、大して泳げるわけでもないのに海水で浮かびやすいのをいいことにバシャバシャやって。
疲れたら浜で砂をかき集めて甲羅干し。3時頃には飽きて家に帰り、用意してあった日向水で行水をする。
それでもまだ日が暮れるまでには時間がある。宿題は急ぐことはない。何しろ夏休みは始まったばかりだ!
何故だろう。段々に時間の経つのが早くなり、それでもまだまだ8月までは日数がある、と思っていたら、盆。
そして、あと一週間を切ったころ、宿題ができてないのが気になり始め、焦り出す。
こんなことを思っていても、
「じゃ、昔のことを思い出して、明日からラジオ体操にでも行こうか」
という気持ちは花火のように一瞬きらめいてすぐ消える。
だってそうだろう。気持ちが小学生になったって、町内会の仕事が回ってくるのがオチだ。そんなのは面倒だ。
まあ、そうやって知り合いができれば孤独死を予防することはできそうだが。
でも、あのウキウキする気分が潰えてしまうなあ。
それよりも夏にしかできないこと。入道雲の写真を撮りに出掛ける方がよっぽど夏休み気分を盛り上げてくれるような気がする。
「毎日が夏休み」だからこそ、気分だけでも「夏休み」を満喫してみることにしよう。