瀕死の地球の発熱のような暑さです。
イスキアが恋しくなってしまいます。
今日は、三浦の宿泊講演会にいつも参加して下さっている
MさんとNさんが、ついに夢かなってイスキアに行っています。
今頃、2人は弘前に着いたかな、お勧めしたレストラン山崎で
ランチをしているかな。イスキアで先生に会ったかな…
こんなことを思うだけで、私の心もイスキアに飛んで行く
ようです。
映像を観たり、本を読んだり、初女先生からイスキアの話を
聞いても、あの雰囲気は行ってみないと感じられません。
イスキアは不思議なところです。
「行く」というより、何かに「招かれる」と言う感じです。
その人にとって一番良い時に、イスキア行きが
与えられるような気がします。
イスキアを訪れる度に、木々の成長に驚かされます。
イスキアにある「小さな森」に立つと、以前は木々の上に
丸く空が見えていたのに、今は木が成長してまるいお空が
見えません。
初女先生が、ここは木々の成長が凄いのよと、言ってました。
矢作直樹先生と田口ランディさんが対談集で
神社がなぜ清々しいかと話していました。
『ああいうところは、だいたい木が大きくなるのは、
エネルギーの場としていいのでしょうね。
「木」と「気」は同じ音で、枝ぶりが気のエネルギーの
流れを表現しているという人もいます。』と、言ってました。
イスキアに吹く風が、どうしてこんなに心地よいのかと
思っていましたが、気のエネルギーが違うんですね。
雪深いイスキアの木が、なぜあんなに成長するか、
それは「気」がいいからなんですね。
木にいい「気」が流れ、そこにいるだけで私たちも
清々しい気持ちになる…
イスキアに行ってみないと感じられない、「気」の
エネルギー
イスキアに吹く風を思い浮かべるだけで、私の心にも
森のイスキアのエネルギーが一杯になります。
イスキアってすごい…
有り難う、森のイスキア!