朝日新聞の折々の言葉に「何でもないことを
悲しく言うことは 何でもないけれど
悲しいことを 何でもないように言うのは苦しい」
と言う言葉が載っていました。
でも、私はこの先に言葉を繋げたいと思いました。
「悲しいことを 何でもないように言えるように
なった時、真の喜びが宿る」と…
息子を亡くした後、思い出さえも辛くて
苦しくて悲しくて、すべて消し去りたいと
思っていたことがあります。
夏から秋に空気が変わるだけで、息子の
亡くなった季節が巡って来たと、それだけで
涙が溢れていました。
今 私は息子の思い出を笑いながら話しています。
めちゃくちゃ明るく面白い子だったので、
沢山の楽しいエピソードが消えることなく
私の中にあるのです。
あれほど深い悲しみが、昇華したのでしょうか…
こんな日が来るなんて、思ってもみなかった。
悲しみを、悲しみのままで終わらせたくないという
思いはいつもどこかにありましたが、
悲しみから喜びが生まれるとは思っていません
でした。
底の底まで、これ以上ないくらい苦しんだり
悲しいんだりしたら、神様がご褒美で
真の喜びを下さるのかもしれません。
初女先生は、「体験ほど確かなものはない」と
言ってました。
これは、私の体験です。