その窯は、小さな山里の村にありました。この村は、比較的罪の軽い者か、深く罪を悔い改めた者が住むところでした。たくさんの罪びとたちが、家具を作ったり、服を縫ったりなどして暮らしておりました。月は昼間のように明るく、空は澄んだ露草色をしておりました。
ある日、女が一人、窯を訪ねてきました。陶工かと思える男が一人、庭で火をたきながら、なべで何かを炒っていました。
「ごめんくださいませ」と女は言いました。「器を一つ、いただきにまいりました」
すると男は振り向き、「ちょっと今、手が離せませんので、そっちの小屋の棚にあるのから、どれか選んでくれますか」と、窯のそばにある小屋を指さしました。
小屋の戸は開いておりました。女は礼を言って中に入り、棚に並んだたくさんの器を眺めました。どれもなかなかよい品に見えました。女があれやこれやと吟味している間に、陶工は作業を終えたらしく、小屋に入ってきました。「どれかお決めになりましたか」と尋ねながら、陶工は手拭いで汗をぬぐいました。女は紫水晶を透かした月光を汲める器がほしい、と言いました。陶工は、ああ、と声をあげ、棚の端から、三つの小さな碗をとり、小屋の真ん中にあるテーブルの上に置きました。それらの器はどれも白く、外側に豆の花の模様が描かれていました。
「まあ、きれいですね。でもなぜどれも豆の花なんでしょう?」女はひとつひとつ碗を手にとり、確かめながら、尋ねました。陶工は不器用に「薬用に月光を使うときには、土に豆の粉を混ぜてつくった碗でなければならんのです」と答えました。
そして彼は、器を一つとり、外に出て月光を汲んできました。その月光は白く、少し真珠の匂いがしました。この辺には海もないのに、なぜ真珠の香りがするのでしょうと、女はまた尋ねました。すると陶工は、しっかりした客だなと思いながら、少し困ったような顔をして、それではと、彼女を庭の畑へ案内しました。
小さな畑には、たくさんのサヤをつけた豆が、行儀よく並んで植えられておりました。陶工はサヤの一つをとり、それを手で開いて中にあるものを見せました。女は、まあ、と声をあげました。それは、豆の形をした小さな真珠でした。ここらへんでは、貝ではなく、豆のさやから真珠がとれるのだと、陶工は言いました。「では豆の粉というより、真珠の粉ですわね」女はしきりに感心しながら、再び小屋に戻り、品の吟味をはじめました。
そのとき、外側から誰かのあわてたような声が聞こえました。
「エンさん、エンさん、神さまだ。神さまがやってきたよ!」それを聞いて、男も女も、大慌てで外に飛び出し、空を見上げました。
それはそれは、大きな竜の神でした。これ以上清らかなものがあるかと思うほど白い、光る無数の鱗に全身を覆われ、たてがみは白い炎のよう、そして大きな瞳は、空を吸い込んだような透きとおるほどの露草色でした。そしてその目は、あらゆることに傷ついて耐え忍んでいる、あまりにもいたいけな子供の目のようでもありました。神は空の半分を隠すほど低く飛び、何か光るものを地上にはらはらと落としたかと思うと、まるで月にじゃれるほど高く飛びあがり、そのまま行ってしまわれました。
「すごいねえ、すごいねえ、こんなところまで、きてくださるんだよ。きっと何かをしにきたんだろうねえ」陶工をエンさんと呼んだ男はしきりに目をこすりつつ、言いました。本当に、見ていると涙さえ出てきそうな、あまりにもお美しいお姿でした。
女はそのあと、一番小さな碗をとり、それを買って帰りました。陶工は作業に戻り、炒った真珠の豆を、石臼でごりごりとひき始めました。涙がにじみ出ました。胸の中から嗚咽が膨れ上がり、唇をかみしめてそれを止めました。何もかもに逆らって荒れていた昔の自分の愚かさを、彼はもう十分に分かっていました。すべては神が導いてくれました。陶工は石臼を回すことができず、胸を抱えるように体を丸めながら、声も立てずに震えて泣いておりました。
女は月を見上げながらの帰途、買ったばかりの碗を箱から取り出し、月光を汲んでみて、それを一口飲みました。真珠の香りが言いようもないほど強く清められているような気がしました。彼女はその月光を夫のために置いておくことにし、こぼさないように気をつけながら、家に持って帰りました。