修羅の地獄を見たことがあります。もちろん夢でですが。
それは、些細なきっかけで夫婦ゲンカをしてしまった夜のことでした。石だらけの荒れた道を挟んで、人々がわめきながら何かを投げあっています。恐ろしい毒のような言葉を吐きながら、憎悪の限りをこめて。何を投げ合っていたと思いますか? 石じゃない。刃物だとか、そんなものじゃない。……はらわただったんです。鬼のような形相をしたたくさんの人間たちが、自分の腹をちぎって投げあってたんです。しかもそれには終わりがない。こちらが投げればあちらも投げる。おまえが悪い。いいや、あんたが悪い。人々の恐ろしい顔、顔……永遠に終わらぬ地獄。
あまりの恐ろしさに、無理やり夢からもどってきてしまいました。こんな裏ワザ使ったことありませんか? 目を覚ました時、ちょっとズルをしちゃったような後ろめたさが残るみたいな……。でもほんとに怖かったんです。
夫婦ゲンカを中止したのは、言うまでもありません。
(1998年7月ちこり13号、ミニエッセイ)