最後に会ったのは
警察の霊安室だった
コンクリートの四角い部屋
風を入れるために少しだけ開いた高窓から
冬の空が見える
一人暮らしのアパートで
寝煙草から火を出したのです
自分で消そうとしたのか
水道がだしっぱなしになっていました
足がお悪かったのだそうですね
若い警官のことばを
ぼんやりと聞き流す私
あれはもう三十年も前
ちょっと行ってくると弟に言い残したまま
そのまま帰らなかった あなた
あなたがどんな人だったのか
とうとうわからないまま
とわの別れになりましたね
おかあさん
わたしたちはみんな
大きくなりました
弟もまじめに働いています
妹も私も結婚して子供がいます
安心してください
古びた毛布につつまれた
亡きがらは
あまりにも小さくて
私は幼児をあやすように言った
荒れた暮らしを物語る
ゆがんだ口元
ほおに残るやけどのあと
美しかった記憶は何もうかんでこない
でも本当は
言いたかったのかも知れない
あなたが私たちを捨ててからの
私たちの年月が
どんなに辛かったか
どんなにさみしかったか
百万人の子供たちが
当然のようになめているキャンディのプレゼントを
私たちはもらえなかった
柔らかいひざに甘えて
かわいい子 かわいい子と
こんぺいとうのような
甘いささやきが
魂の底に落ちる
安らかなまどろみがほしかった
ずっとそれだけがほしかった
三十年は
長すぎたのです
あなたの死に顔をみたときに
わいた涙がなんだったのか知らない
なぜあんなことを言ったのかわからない
本当は復讐だったのかもしれない
いや復讐だったのなら
まだ愛があったのだ
私はただ言っただけ
まるで葬儀屋のあいさつのように
たんたんと
ウンデクレテ
アリガトウ
と
(1999年5月ちこり増刊号、詩)