Nはバドミントンの女子ダブルスでYとペアを組み、ここ数年負け知らずだった。
それが今日、大きな大会を終えた直後に、Yから今季限りで引退し、大学卒業後は一般企業に就職したいと打ち明けられたのだ。
勝気なNは自分自身を内心、エースパイロット(撃墜王)に例えていた。
彼女にとっては、自分たちの前に次々現れる強豪ペアを力でねじ伏せるのが何より気持ちよく、先のことはまだあまり考えたことがなかった。
家に戻ったNは倒れ込むようにベッドに横になり、Yとペアを組んだ高校・大学の計7年間の戦歴をぼんやり思い浮かべていた。
そのうちに、背中に違和感を覚えた。
正確には、ベッドの方だった。
まるで他人のものに寝ているようで、しっくりこない。
思い返してみたところ、遠征に出た当日、あまりに日差しが暖かだったので、ベッドマットをベランダに出し、天日干ししていた。
誰も見ていないのを幸いに、Nは膝を立ててベッドの上で上下半周してみた。
長年愛用していたベッドのマットはNの体に合わせてほどよくヘタっており、そこにすっぽり入ると違和感はたちまち霧散した。
その瞬間、Nはさとった。
ここ一番という時に、スマッシュを決めたのは、私ではなく、Yだった。
私がもうダメだ、と思った時にしぶとくレシーブして形勢逆転を呼び込んだのは、Yだった。
相手に先行されて知らず知らずのうちに背中が丸くなっていた私を後ろから鋭く叱咤激励してくれたのは、Yだった。
私は何をくよくよ考えていたのだろう。
夜が明けるのを待って彼女はYに電話し、寝ぼけ声の相手に告げた。
私も引退する。
あなたの力なしでは私はここまで来れなかった。
あなたはベストパートナーで、別の誰かを探して競技を続けるのは失礼にあたると思う。
これが、あなたが私にしてくれたことへの誠意の証しよ。
これまで本当にありがとう。
口に出してみると、驚くほどの平穏と安堵が彼女の胸に訪れた。