(中公文庫。アマゾンで
目次と「はじめに」が読めます。)
東日本大震災いわゆる3・11が起こったとき、ある有名なタレント女医が「PTSD(心的外傷後ストレス障害)が1か月以上たったら起こってくるかもしれない」と発言していたので、私は「困ったな、これではPTSDに罹るように暗示をかけているようなものではないか」と思いました。(PTSDは、トラウマの受傷から症状が出るまで1~2か月の「潜伏期」があるといわれています。)
少ししてある男性医師が「PTSDはレイプで罹りやすく、自然災害では起こりにくい」と発言したからか、幸いに3・11とPTSDを関連付ける「運動」は起こりませんでした。
私見ではPTSDはレイプでも起こりにくいのです。レイプで起こるのは、旧来からある急性ストレス反応にすぎません。したがって「潜伏期」もありません。あくまでも私見ですが、PTSDはベトナム戦争帰還兵に限られた特有の病態だと狭く理解しておいた方がよいと思います。その意味では、上の男性医師の発言もPTSDの拡大解釈の一例と言えるでしょう。
かつてベトナム戦争を苛烈に戦って帰還した兵士がアメリカに帰国してから、廃人のように何もできなくなってしまうことが多発しました。アメリカ政府は彼らを救済しなくてはならない。そこで「発明」されたのが「PTSD」という病名です。病気であれば、帰還兵の現状をアメリカ政府として(年金などを支給して)救済することができます。
PTSDはベトナム戦争に特有で、過去の他の戦争では発生していません。ベトナム戦争が他の戦争と違うところは、帰還兵が英雄として国民から歓呼をもって迎えられなかったことです。戦争中にアメリカでは反戦運動が起こっており、帰還兵を英雄どころか殺人者として迎える人もいました。
私は帰還兵にはこれが応えたのだと思います。祖国に戻ってから、帰還兵は「自分は死線をさまよう激しい戦いをしてきたのに、自分はどうも殺人者としか思われていなしらしい」と気づき絶望しました。その絶望がPTSDの病像を呈したのではないでしょうか?母国での周囲の様子によって自分たちは見捨てられたと気づくまで、帰還から1か月以上を要したのたと私は思います。これがPTSDに「潜伏期」があるように見える主な要因ではないでしょうか?
政府はPTSDという「病名」を作って、アメリカ精神医学協会の診断治療マニュアル(DSM第3版)に掲載させることに成功しました。つまり、PTSDは元来政治がらみの「病名」だったのですね。(DSMには原因は問わず現在の病像だけに注目するという有文律があります。ところがPTSDだけは原因を診断に必須としたので、大いなる自己矛盾を起こすことになりました。)
こうしてDSM第3版のPTSDは一人歩きを始め、世界中で拡大解釈されるようになりました。
そうなっては大変だという思いから書かれた本が上の本です。でも、その意図に反して、現在、精神科医でさえ安易にPTSDという診断名を使用します。この本は軽快な筆致で読みやすく、PTSD関連の本としては一押しの書物です。八幡洋氏の著作はみな読みやすく、本質をついているのでお薦めです。