(
第54回人間ドック学会学術大会アプリより引用。)
人間ドック学会が正常血圧の上限を147mmHg と発表して物議をかもしている。高血圧学会は上限を140mmHg としてきたからである。
このことは昨日触れた正規分布と関係しているから、ここで少し解説しよう。
生物学的な値のほとんどのものが正規分布する。例えば身長なら、極端に高い人や極端に低い人は少なく、平均的な人ほど多くなって身長は正規分布する。血圧も補正を加えれば正規分布する。それでは、何を正常と言い、異常と言うべきなのだろうか?
昨日の正規分布の図の平均値あたりの値は「正常」と言ってもよいだろう。
そこで、人口の95%の人が覆われる範囲を「正常」と定義することによって、正規分布の平均値の両側に幅を持たせるようにする。その「幅」の上限が「正常の上限」だと「定義」しても、文句を言う人は少ないだろう。
そう、「その領域に入る確率が95%なら文句を言う人が少ない」というのが、正常値の決め方である。このやり方だと、アメリカ人は日本人より長身だから、アメリカ人の上限は日本人のそれより高くなるはずである。
人間ドック学会は、薬を飲んでいなくて病気にもかかっていない「正常」な人約1万人にこの方法を適用した。その結果、自動的に算出された血圧が上限147mmHg という数字だったのである。
一方、高血圧学会は、血圧と脳卒中の関係を10年くらい追跡して、最高血圧が140㎜Hg 以上だった人が有意に脳卒中になる確率が高かったので、140㎜Hg 以上を危険としたのだ。
どうも世間には、高血圧学会が上限を低く設定したのは、患者を多くして医者が儲かるようにしたとの風評があるが、そんな程度が低い話ではない。将来、脳卒中になる確率が高くなるというエビデンスがあるからこそ、そう決めたのだ。(エビデンスが見いだされるよりずっと昔から、高血圧と脳卒中に関係があると分かっていたのだが、正確な血圧の値は分かっていなかった。)
私は、人間ドック学会がなぜわざわざ147mmHg を正常の上限と発表したのか理解できない。それはあたかも「身長の正常値」を発表するのと同じことで、なんの意味もない。将来予測のない「正常値」と、脳卒中の確率が高いという予測付きの「正常値」と、どちらが有用だか明らかである。
糖尿病の人の場合、将来、糖尿病性腎症になって透析を受けるようになってはいけない。そのためには血糖値をいくらに抑えておかなければならないかという10年以上追跡した研究がある。(糖尿病性腎症とは腎臓内の細い動脈が動脈硬化を起こして、腎機能を失うことである。)
そのとき同時に血圧が測られていた。結果を見ると、なんと血糖値より血圧のほうが糖尿病性腎症への寄与度が高いというエビデンスが得られた。血圧が130mmHg のところに分水嶺があって、どうも130mmHg 以上の人が有意に糖尿病性腎症になりやすいことが分かった。それで糖尿病学会では血圧130mmHg が上限と決められた。
高血圧学会も糖尿病学会も理由もなく血圧の上限を決めたわけではないのだ。それに比べて、人間ドック学会は「理由もなく」上限を決めているように、私には見える。それとも、人間ドックとは「現在の健康状態」を見ているだけで、将来予測を期待されても困るとでも開き直るつもりだろうか?