院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

自家用ジェット機

2012-01-31 08:33:41 | 経済
 自家用ジェット機と言えば、ハリウッドスターなど大金持ちが持つ物だと思っていた。事実そうなのだが、彼らは自家用ジェット機で大散財しているのではないと知って驚いた。

 ジェット機は使用しないときにはレンタルで貸すのだそうだ。我が国の自家用車のように、使わないときにガレージに寝かせておくわけではない。レンタカーが商売として成立しているように、レンタルジェット機も、かなりの金になるらしい。

 また、ランボルギーニなどの超高級車は大金持ちのシンボルだと思っていた。だが、実情は違うようだ。どう違うかと言うと、世界に5台しかないような超高級車は、日本の大衆車のように値下がりせず、かえって値上がりするのだという。

 要するに大金持ちが超高級車を買うのは、ひとつの投資なのである。われわれ庶民とは単位の違うところに大金持ちは投資するのだ。自家用ジェット機もランボルギーニも、大金持ちにとっては金をさらに生む材料に過ぎない。

 新車は買わずに型落ちの車を買っているような庶民には、大金持ちの利殖方法が理解の外にあるだけのことだ知った。

プログラミング言語

2012-01-30 10:05:42 | コンピュータ
 大学時代にコンピュータのプログラミングを習った。高価な大型コンピュータで、冷房の効いた部屋に置かれていた。でも、メモリはトランジスタで出来ていて、4Kバイトしかなかった。

 言語はFORTRAN。行列式の計算などをやった。ラインプリンタはすでに現在のと同じ性能で、私は玩具のように大型コンピュータで遊んだ。

 卒業したころに、ワンチップマイコンZ80が発表された。体育館のような大部屋を食っていた大型コンピュータと同じ性能が、ワンボードで実現された。面白くて、これも玩具のように楽しんだ。メモリはワンチップで0・5Kバイトが2000円以上した。言語はアセンブラで書いた。

 その後、パソコンが現れて、BASICとOSがコミになったような変な製品が売れに売れた。これが、マイクロソフト社が発展する先駆けとなった。

 同じころ、マッキントッシュが発売された。これもいじってみた。言語はC言語。画面のレイアウトが固定されているという画期的な製品だった。それでも、まだC言語でプログラムが書けた。

 このほどスマートフォンのプログラムをしてみようと思い、参考書を買ってきたが、なんと複雑になっていることか。まず、用語やアルファベットの略号を覚えなくてはならない。もう少し簡単にならないものか。WINDOWSのVISUAL BASICよりも、よほど難しい。

「吸収秀才」・浅田彰さん

2012-01-29 10:22:19 | 学術
 学者の浅田彰さんは、26歳で『構造と力』という硬い本がベストセラーになった人である。私も読んだが、広い読書遍歴と、その吸収力と咀嚼力には驚嘆した。

 これだけの数の難解な本を十分に理解し、それらを纏め上げる力は他の追随を許さないだろう。その後、この人はどのような論を展開していくのか、楽しみに思っていた。

 あれから30年近くたつ。浅田彰さんは映画のことなどでまだ発言しているが、本業のほうではオリジナルな仕事がない。ちょっとがっかり。

 浅田彰さんは「吸収秀才」なのだと思った。他人の論を吸収し理解する達人である。でも、自分の論はあまり出さない。(出せない?)

 吸収とその再現に長けた人は、試験に強い。試験は、オリジナルを求めないから。

 だが、あまり「吸収」し過ぎると、他者の論に左右されてしまって、かえって自分の論が出せなくなる。最近の浅田彰さんの書くものを読んで、そう思った。

みかん狩り、イチゴ狩り

2012-01-28 21:13:42 | レジャー
 みかん狩りやイチゴ狩りが宣伝されている。私の経験ではいずれも大して楽しいものではない。

 精神科病院やリハビリテーション施設に勤務していたころ、レクレーションとして、いずれも行ったことがある。

 みかん狩りは、静岡県のみかんの名産地、三ケ日に行った。みかんなんて、そんなに沢山食べられるものではない。ひとしきり食べたら、それでおしまい。あとは暇で困った。

 イチゴ狩りもそうだ。これはハウス栽培のイチゴを採るもので、野趣もなにもなかった。

 みかん狩りは私が子どものころからある。他人が狩ったあとを狩るのは面白くないだろうと、みかん狩り業者は区域を区切って、グループごとに別の果樹から採らせる。それでも面白くない。こんなに面白くないレジャーが未だに続いているのが不思議である。

 梨狩りというのもあるが、行ったことはない。梨は冷えていてこそおいしいのであって、梨狩りで採った梨は生ぬるいだろうから、とても行く気にならない。

 大人には詰まらなくても、子どもにとって面白いレジャーはいくらでもある。○○狩りというのは、大人はもちろん子どももあまり喜ばない珍しいレジャーである。

ソフトクリーム大好き

2012-01-27 17:24:28 | 食べ物
 私はソフトクリームが好きだ。ソフトクリームの形をしたあの看板が出ていると、たいてい買う。

 観光地ではソフトクリームをよく売っている。たいがい食べてみる。値段はまちまちだが、観光地でも、普通の町でも味はほどんど同じ。どこでも同じ会社の「ソフトクリームの素」を使っているからだろう。

 「ご当地ソフトクリーム」には、おいしいものが少ない。妙に凝っているからだろう。例えば、八町味噌のソフトクリームというのは、やっぱり無理があった。

 「ソフトクリームの素」でも、一個ずつ冷凍パックになっているものは、少し味が落ちる。寿がきやのソフトクリームは、安いがこれも落ちる。

 今までで一番おいしかったソフトクリームは北海道の観光地、美瑛で売っていた「生乳ソフトクリーム」だった。これは濃厚で、他の場所では食べられないと思った。

 ソフトクリームはバニラが一番おいしい。チョコとかイチゴとか、いろいろあるけれども、やっぱり基本はバニラである。

私が好きな漫画

2012-01-26 21:25:49 | 漫画
 翻訳モノも入れると、世界中でもっとも沢山売れている漫画は、「ドラゴンボール」と「ワンピース」だそうだ。

 私は両作品ともあまり好まない。なぜかというと、まったくのフィクションだからである。つまり絵空事だからである。

 もっと現実に根ざした漫画が好きだ。例えば「BAKUMAN」や「ヘルプマン」である。「BAKUMAN」からは漫画業界の内幕が分かる。「ヘルプマン」からは介護現場の実情が分かる。

 むろん両方とも大いに誇張があることは分かっている。でも、誇張の元は現実だ。現実と隣り合わせであるところが、この二つの漫画の良いところである。

 「ヒカルの碁」は面白かった。でも、内容はファンタジーである。まったくの虚構である。それでも、現実の囲碁界で、院生がどのようにプロになっていくのか、などが分かった。虚構の中に、現実が少し紛れ込んでいるところが興味を引いた。

 「ヒカルの碁」と「BAKUMAN」は、画家が同じ人だそうである。

粋でなかった故立川談志さん

2012-01-25 08:52:50 | 芸能
 先日亡くなった噺家の立川談志さんは、最近では最も上手い古典落語の噺家だった。得意の演目「芝浜」の最後の公演は、歴史に残る名演だとされている。それに対して、似顔絵画家の山藤章二さんは、「新劇じゃあるまいし、あんなに大げさに演ってどうする」と批判的だった。同感である。
 (立川談志・芝浜)
 とは言え、談志さんは名人の名に値すると思う。ただ、残念だったのは談志さんが、粋でなかったことだ。なぜ粋でなかったかというと、国会議員になったからである。生き方と芸とは関係がないようで、実はあるのである。

 ビートたけしさんや、タモリさんは粋だから、頼まれたって国会議員になんかならないだろう。間違ってもバンダナなんて着けないはずだ。故談志さんのバンダナ姿を野暮ったいと思ったのは私だけではないだろう。

 一方、大橋巨泉さんや西川きよしさんは、粋でないから国会議員になった。ここで言う粋であるとかないとかいうのは、曰く言いがたいが、分かる人には一発で分かるはずである。(分からない人には永遠に分からない)。

 そのまんま東さん(東国原さん)や故青島幸夫さんは、粋であるとかないとかさえ、論じるに値しない。

 (参考)「私の落語遍歴

季語・氷下魚

2012-01-24 22:48:47 | 俳句
 標題の漢字を見て「こまい」と読める人は俳句通である。「こまい」は氷に穴を開けて釣る魚の総称で、俳句では冬の季語である。

 だが、実は「こまい」はアイヌ語の「コマイ」から来ていて、タラの幼魚のことである。だから海水魚であって、湖の氷に穴をあけて釣れるような魚ではない。どこかで混乱が起こったのだろう。

 でも、すでに氷に穴をあけて釣る魚ということになってしまい、虚子の歳時記にも載っている。

 参考:「こまい釣り(1)」
    「こまい釣り(2)」

続・あなたの分まで生きる??

2012-01-22 20:31:06 | 日本語
 死者に対して「あなたの分まで生きる」という言葉は、違和感を覚えると 2011-04-28 のこのブログに書いた。

 なぜ違和感を覚えるのか、死者が餓死者だったら、よく分かるだろう。

 餓死者に対して、「あなたの分まで食べてあげる」と言ったら、もうブラックユーモアを通り越している。

 「あなたの分まで生きる」という言葉には、こうした意味が含まれている。

私の翻訳書嫌い

2012-01-21 18:22:44 | 日本語
 小学校高学年のころ、ヘッセの「デミアン」の子ども版を読んだ。むろん翻訳本である。

 ところが、読んでいて言葉がスーッと頭に入らない。いちいち、ひっかかるのだ。妙な受身形や使役形が多かった。すなわち、「バケツはデミアンに持たれた」、「バケツはデミアンに水を入れさせた」など。

 典型的な直訳調だ。これでは読みにくくて仕方がない。子どもが相手だから翻訳者が手を抜いたのだろうか?子ども向けだからこそ分かりやすくなくてはならない。

 とうとう私は「デミアン」を投げ出した。「デミアン」が私に及ぼした影響は甚大なものだった。私は、それ以来、翻訳ものをまったく受け付けなくなってしまった。

 そりゃぁ、もう少し大きくなってから、ドフトエフスキーなども覗いてみたけれども、やっぱり翻訳ものは駄目だとの思いが強く、途中で読むのを断念した。

 名作ばかりか、当時流行っていた、エラリークイーンや翻訳のSFも駄目だった。とにかく、翻訳文では面白くないのである。小説なんぞ面白くなければ読む必要はない。

 今でも翻訳の小説は読みたくない。学術書は面白いとかそうでないとかとは無関係なので翻訳でも読む。

 最初の出会いは重要であると、いまづくづく思う。私は読書家だが、外国文学は守備範囲に入っていない。

私の愛読書(井伏鱒二他)

2012-01-20 08:23:53 | 読書
 小学校4年生になったころ、「少年少女文学全集」というのがあって、拾い読みした。

 その中にあって「小説って童話よりも格段に面白いんだぁ」と私がのけぞったのが、井伏鱒二の「しびれ池の鴨」という物語だった。それこそシビれた。

 「坊ちゃん」も面白かった。毎晩、寝る前に寝床の中で読むのだが、「坊ちゃん」を何日もかけて読んでいる間、夜が来るのが楽しみだった。

 立て続けに、国木田独歩、宮沢賢治などを読んだが、哀しいかな意味が分からず、面白くも何ともなかった。小説を読むのが早すぎたのだ。

 中学生になって、太宰治などが面白いと思ったが、一度つまらないと思ってしまった国木田独歩や宮沢賢治には触手が動かなかった。

 でも、読むのが遅すぎてもいけない小説がある。それは堀辰雄である。彼の小説は思春期にしか面白くないだろう。

 今、小説はめったに読まない。作り話よりドキュメントのほうが面白い。考古学で稲作の起源を探る話などは、へたな推理小説よりよほど面白い。

 だから最近、少し考古学に凝って、考古学の本を30冊ほど買い入れた。

私の落語遍歴

2012-01-19 08:46:17 | 芸能
 私の幼少時はまだテレビがなかったから、ラジオは一番の娯楽だった。

 早朝「トップライトの起き抜け漫才」というのを、まだ布団から出る前に聴いていた。数分の番組だったが、とても面白かった。トップライトのトップとは、ずっと後年、参議院議員となるコロムビア・トップさん(故人)である。

 いまでもそうだが、当時から私は漫才よりも落語を好んだ。前回挙げた噺家のほかに、故三遊亭円生や故桂文楽といった人間国宝級の人の噺は確かに面白かった。私の落語好きは高校まで続き、当時、東京に住んでいたので寄席にも行った。

 寄席やテレビよりもラジオのほうが面白かった。それは姿が見えないから、想像が膨らむためである。特に寄席は最初のうちは無名の噺家が出演するのだが、やはり面白くない。真打でも無名には無名のわけがあると思った。

 寄席でもっとも面白くなかったのがイロモノである。イロモノとは手品や声色(こわいろ・歌舞伎役者のモノマネ)の類である。落語を聴きに来ているのに、時間が無駄なような気がした。

 私は大学に入ったら落研に入ろうかとも思っていたけれども、私が入った大学には落研がなかった。名古屋の大学に入ったのだが、名古屋には寄席がなかった。(今もない)。

 関根先生だったか関口先生だったか、とにかく落語好きの大学教授が率先して、名古屋でも落語を聴こうという会が作られた。月例会のようにして、東京から噺家を呼び、含笑寺というその名もぴったりのお寺の本堂で、落語会が開かれた。私はその会に参加していた。その会の名称を「含笑長屋」と言った。

私の愛読書(植物のふしぎ)

2012-01-18 17:46:10 | 読書
 小学校2年生のころ「植物のふしぎ」とか「動物のふしぎ」という本を親から与えられた。オールルビなので私にも読めた。親は私を読書の好きな子と思っていたらしく(事実そうだったが)、本はふんだんに与えられた。

 むろん「少年」などの漫画雑誌も楽しみにしていた。横山光輝の「レッドマスク」などを好んだ。漫画は親には歓迎されなかった。親は買ってくれなかったが、祖母が単行本の「鉄腕アトム」を買ってくれた。

 「動物のふしぎ」のほうは忘れてしまった。あまり面白くなかった。その代わり「植物のふしぎ」が格別に面白く、それこそ何度も読んだ。

 バオバブの木、オオオニバス、メタセコイヤなど、世界にはとんでもない植物があって、少年の夢は世界にはばたいた。印象深い植物に、スマトラ島に燭台こんにゃく即ちアラムリリーという世界最大の花があるという。何十年に一度開花するので、いまでも開花はニュースになる。

 同時に、こんにゃくはコンニャクイモから作ると知った。同じ部分に「こんにゃく問答」の逸話が載っていて、どういう意味か分からなかった。小学校高学年になって、ラジオの落語をよく聴くようになってから、「こんにゃく問答」の意味がやっと分かった。

 私は先代の三遊亭金馬や鈴々舎馬風を好んだ。三遊亭志ん生の発音は聞き取れなかったが、これはまた別の話。

司書の仕事

2012-01-17 11:53:55 | 学術
 昔は大学の図書館に古参の司書がいて、過去の論文にむちゃくちゃ詳しい人がいた。また、教授が学生時代にどんな本を読んでいたかを覚えていて、「あの先生はすごく勉強家だった」なぞと言うので、教授も頭が上がらない司書がいた。

 司書は書物のエキスパートで、かつ生き字引だった。今、文献検索などは、ほとんどコンピュータで行うので、司書はコンピュータによる整理に詳しくなくてはならず、年配の司書は出る幕が少なくなった。

 市民が利用する図書館は専門というものがないし、利用者も千差万別だから、「伝説」が生まれにくい。司書の職人技はほとんどコンピュータが代理をしてくれる。

 昔はエクセルプタ・メディカという膨大な索引の辞書みたいなのが医学分野にはあって、図書館でそれとくびっぴきになるのが医学徒のスタートだった。

 エクセルプタ・メディカを発行していた会社はコンピュータ化の波に乗れたのだろうか?それとも、コンピュータによる文献検索会社に事業を奪われてしまったのだろうか?

私の愛読書(グリム童話)

2012-01-16 21:15:09 | 読書
 今昔物語と相前後して、グリム童話を親から与えられた。これまた、すこぶる面白く、何度も読み返した。

 私は「(塔の上の)ラプンツェル」と「歌いながら飛ぶ雲雀」をとくに好んで、それこそ莫迦のように繰り返し読んだ。

 グリム童話は元来が民話を集めたもので、残酷な内容も多い。現在、子供向けには残酷な終わり方や場面をハッピーなものに差し換えてしまったものが出回っている。私が読んだグリム童話は「毒抜き」以前のものだったのかどうかは分からないが、身がよじれるほどに面白かったのだから、「毒抜き」以前かもしれない。

 「灰かぶり」(シンデレラ)では、意地悪な2人の姉がガラスの靴を無理にはこうとして、上の姉は足の指を切ったが入らず、下の姉はかかとを切ったけれども入らなかった。こうした描写は今出回っているグリム童話には、あるのだろうか?

 毒があるから面白いのであって、「毒抜き」したらグリム童話は、まことにつまらないものになってしまう。この意見には、多くの方の賛同が得られるだろう。