院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

ぬいぐるみ

2007-02-28 15:35:39 | Weblog
 おもちゃ屋で一番売り上げが多いのはTVゲームだろう。二番目に売り上げが多いのは、ぬいぐるみだと思われる。

 ぬいぐるみは原価が安い。でも売値は高い。大きな利幅があるだろう。

 なぜ、ぬいぐるみが売れるかというと、ぬいぐるみはおもちゃというより生活必需品だからである。ぬいぐるみを抱かないと寝られない人がいる。

 乳児もぬいぐるみが好きである。乳児にとって、ぬいぐるみは母親の肌の代用品である。

 この辺りのことを研究したのがウィニコットという小児科医である。乳児が母親の肌から離れて、外界の事物へと興味を移す前段階の対象を、ウィニコットは「移行対象」と呼んだ。

 「移行対象」にはタオル、毛布などが選ばれる。ぬいぐるみが選ばれることもある。だから、ぬいぐるみはすたれず、いつまでも売れるのである。

個性的な歌手たちにユニゾンをやらせるな

2007-02-27 20:44:03 | Weblog
 火曜日の夜8時からはTVはロクな番組をやっていない。

 だから私は仕方なくNHKの歌謡ショウを見ることになる。個性豊かな演歌歌手が毎週出る。

 この番組にやってほしくないことがある。それは出演者全員による合唱である。

 かりにも一家をなした個性豊かな歌手である。彼らがユニゾン(同じ音程で複数が演奏すること)をやると、個性がぶつかりあって、ひどいものが出来上がる。

 聴くに耐えない。歌手たちにも屈辱だろう。

ライトアップ

2007-02-26 14:13:43 | Weblog
 夜になると有名な城はライトアップされる。桜の名所でも、やがてライトアップが行われるだろう。

 電気の無駄遣いだなぞと野暮は言うまい。ライトアップはなかなか美しい。少なくとも電飾よりは美しい。

 ライトアップが可能なのは、周囲に田畑がないからである。田畑があると、作物が「日が伸びた」と勘違いしてしまい、うまく育たない。

 だから農道には街路灯がない。田畑の近くにある城もライトアップしないはずである。

子供は現実主義者

2007-02-25 10:39:55 | Weblog
 子供は現実主義者である。

 私はお年玉をたくさんくれる大人を尊敬した。少ない大人を軽蔑した。

 手作りの心がこもった袋に入れてお年玉をもらっても、中身が少なければ、何のありがたみもなかった。

 どんなに名言を吐いてもダメである。子供にとっては、お年玉をたくさんくれなければダメな大人である。

 名言を吐かなくても、お年玉をたくさんくれれば、私はその大人を偉いと思った。どんな名言、指導よりお金である。お年玉をくれなかったり、少ない大人を尊敬できなかった。

 今、私は親類の子らに、なるたけお年玉をはずむようにしている。高くても1万円ですむはないか。それで尊敬されれば恩の字である。

赤ちゃんポスト

2007-02-24 14:08:14 | Weblog
 安部首相が「赤ちゃんポスト」に不快感を示している。

 病院側は、「赤ちゃんポスト」はあくまでも象徴であり、いつでも相談窓口があるのですよということを、恵まれない産婦に教えるためで、どんどん「赤ちゃんポスト」に入れてくれという意味ではないと主張している。

 病院側の言い分に(病院の売名行為でければ)私は賛成である。

 首相はもっと病院側の真意を知るべきである。

 それとも首相は、「赤ちゃんポスト」を認めると、今度は「寝たきり老人ポスト」とか「重症心身障害者ポスト」が出来てきやしないかと恐れているのだろうか?だとしたら名宰相である。

事故の因果関係

2007-02-23 13:23:52 | Weblog
 私はパチンコをやらないが、玉が穴に入れば玉がたくさん出てくることくらいは知っている。

 だからパチンコ台は、玉が穴に入りにくいように作られている。

 それでも玉はときどき穴に入る。パチンコ屋の側から見れば、これは一種の事故である。この「事故」を完全に防ごうとすれば、穴を塞ぐほかはない。そんなことをすれば、客が来なくなるから、できない。

 交通事故を完全に防ぐことはできない。そのためには、車をすべて走らせなくするしかない。

 最近、交通事故が減った。喜ばしいことである。しかし、これは運転マナーが向上したしたためではない。道路が整備されたからであって、下水の発達によって感染症が減ったのと同じことである。

 医学の進歩によって感染症が減ったと思われる向きが多いようだが、それは医学をかいかぶり過ぎている。

若者の夜遊び

2007-02-22 14:17:59 | Weblog
 ホステスのいる酒場は高いわりに面白くないから、私はめったに行かない。

 先日、ウイークデイに友人に誘われて、そういう酒場に行く機会があった。(翌日から、私は休暇を取っていた)。

 その酒場の門をくぐったのは、すでに夜中の3時だった。ウイークデイのこの時間である。客なぞ誰もいないかと思ったら、いるわいるわ。しかも、ほとんどが若者(むろん男性)である。

 彼らは明日、仕事がないのだろうか?それとも、徹夜したまま仕事に行くのだろうか?あるいは、無職なのだろうか?疑問が次々と出てきた。

 仮にも座っただけで5000円かかる店である。彼らはそんなに裕福なのだろうか?中年の私は「若者よ、こんな時間にホステスと遊んでないで、よく寝て、明日の仕事に備えなさい」と言いたかったが、連中も正当に金を払って遊んでいるのだから、止めた。

 もう、20年も昔のことだが、同様のことがあった。私もまだ若かったから、居合わせた若者に聞いてみた。「明日、仕事が休みなの?」。そうしたら、その若者の答えは「今日は遅くなっちゃったから、明日は仕事をサボるわ」だった。

 20年前に見た若者と、先日見た若者が二重写しになった。

鼓のかけ声

2007-02-21 10:10:36 | Weblog
 能の鼓はかけ声が命である。鼓の音色は二の次である。

 ドラムで言えば、「ストト、ストト、ドン」というときの、ストト、ストトの部分がかけ声で、ドンを強調する働きがある。

 鼓のかけ声には「はっ」、「いやー」、「よっ」、「よーい」、「いーやーー」、「おーー」などがある。

 こうしたかけ声がなければ、鼓は勢いを失ってしまう。

 かけ声は、すべての曲で、すべて決まっている。だから鼓師はすべてを記憶していなくてはならない。すべてを記憶と言っても、音楽だから記憶はさほど難しくない。

 以上のような予備知識を持って鼓を聴けば、わが国の伝統音楽がいかにすごいかが分かるだろう。

 鼓のリズムは世界に誇れるリズムである。

死に関する教育

2007-02-20 13:23:17 | Weblog
 学校で死に関する教育を受けたことがない。

 死について学ぶことはタブーになっているのだろうか?

 仕方がないから、身内の死をただ嘆き、喪に服して自己流で死の悲しみを乗り越えてきた。

 中学くらいで死について教えたらどうか。小学校でも早いとは思わない。

 忘れもしない、私は必ず死ぬのだと気づいたのは、小学校2年生のとき、風呂に入っている時だった。幼い私は慄然とした。

 もし、死についての教育が行き届いていれば、子供の私が一人で悩まずにすんだだろう。

 子供にとって、祖父母が死ぬのは貴重な体験である。いまや、病院で死ぬ人が多いために、子供は死に直接かかわる機会が少なくなってしまった。

 死に関する教育は、今後もっと必要になるだろう。

アクアラング

2007-02-19 12:52:34 | Weblog
 スキンダイビングに使うアクアラングについて、いくつかの疑問をもっている。

 まず、アクアラングの中には液体酸素が入っているのだろうか?だとすると、液体窒素が低温なのと同じように、液体酸素もかなり低温なのではなかろうか?圧力がかかっているから、低温でなくても液体のままでおれるのだろうか?

 低温だとすると、人間が吸うのに適当な温度まで、どのように上げるのだろうか?

 アクアラングには純粋な酸素が入っているのだろうか?でも、人間は純粋な酸素だけでは呼吸ができない。一定濃度の二酸化炭素が人間の呼吸中枢を刺激して、呼吸が可能となる。つまり、人間が呼吸活動をするには二酸化炭素が必須なのである。

 アクアラングには二酸化炭素が混ぜてあるのだろうか?

 疑問だらけである。

 ちなみに、アクアラングというのは商品名である。

潮干狩り

2007-02-18 15:58:53 | Weblog
 暖冬でもう潮干狩りが始まっているそうだ。

 私も幼少のころ、潮干狩りが好きだった。アサリでなくハマグリが採れたときなどは、ことのほか嬉しかった。

 しかし、毎日、潮干狩りの客が来ていたのでは、干潟にアサリがなくなってしまう。そこで潮干狩り業者は、前の晩にアサリを撒いておくということを知った。

 そんなことをするなら、潮干狩りなんていう苦労をしなくても、アサリそのものを売ってくれたらよいと、子供心に思って白けた。

 そう思ったのは、潮干狩りがタダではなく、有料だったからである。

 潮干狩りは、なんだか、あざとい商売である。

双子の素数

2007-02-17 14:14:10 | Weblog
 偶数をひとつ挟んで、素数が2つ出現する場合がある。

 3と5、17と19などがそれである。こういう素数の組を双子の素数という。

 何十桁と計算しても双子の素数が出現してくる。

 素数は無限に存在する。これは初等的に証明できる。(見事な証明なので、中学時代に驚いた覚えがある)。

 ところで、双子の素数も無限に存在するのだろうか?。どうもそうらしいのだが、意外なことに、これはまだ証明されていない。

少年院

2007-02-16 13:19:24 | Weblog
ホームレス女性の強盗殺人事件で、犯人の少年が初等少年院へ送られることになったという。4年間の収容が必要だそうだ。

 これは刑事罰を課さないという意味なのだろうか?

 そもそも少年院というところは、本当に矯正ができるのだろうか?

 暴力団員の「勲章」は刑務所経験があることだそうである。刑務所経験がある暴力団員でさえ頭が上がらないのがあって、それは少年院上がりの団員である。

 刑務所は何歳でも入れるが、少年院はその時期を逸してしまえば決して入れない。暴力団員の「勲章」以上の「名誉」を少年院は与えている。

野球用語

2007-02-14 09:34:57 | Weblog
 先日、テレビの国会中継でアナウンサーが「質問のトップバッターは・・」と言っていた。

 国会中継になぜ野球用語を使うのか。野球は国民的スポーツだが、それでも興味があるのは国民の30%くらいだろう。

 「第一質問者」とか「最初の質問者」と言って欲しい。国会の場に野球用語はふさわしくない。

 ちなみに私は野球に興味がない。だから、ルーキーとか打線という用語の意味がはっきり分からない。先発、中継ぎと言われると、もっと分からない。

 打線はなぜ「線」なのか分からない。先発はもともと鉄道用語である。先発の次は次発である。

 放送局は、国民全員が野球に精通しているとは思わないで欲しい。

医者不足の原因

2007-02-13 12:55:10 | Weblog
 地方都市のみならず、大都市でも医者不足が深刻になっている。

 なぜ急に不足し始めたか、原因は簡単である。

 平成16年に導入された、研修医制度がそれである。

 この年から、医学部を卒業して国家試験に合格した医師に、2年間の臨床研修が義務づけられた。新人医師は2年間は特定の科に行くことができなくなった。

 つまり、平成16年と17年は、日本中の医学部から卒業生が一人も出なかったのと同じ現象が起きたのだ。

 それが未だに尾を引いている。というより、今頃になって、実害が顕著になってきたのである。

 あと5年くらいすれば、医者不足は薄まっていくだろう。

 地方に医師が少ないのは、また別の原因による。子供の教育などのため、医師は地方や僻地を嫌う。昔は教授の鶴の一声で医師は僻地にも行ったが、今は教授の権限なぞない。

 教授の独裁も問題だが、そのおかげで地方や僻地にも医者がいたことは、否めない事実である。