雨の中、その男は連れと軽く挨拶を交わした後、自販キに顔を向けた。
私は思わず、その横顔に見入ってしまった。
「似てる」ではなく、「間違いない」と思ったから。
「○○さん?」 「○○…さん。」
20数年ぶりだろうか。
そこにいたのは、中学時代に交換日記をしていた彼だった。
まさか、勤務先の街で会うなんて!
「何でここにいるの~?!」
聞けば、「D」交差点にあるビル内の居酒屋で、店長をしていると言う。
私は懐かしさのあまりコーフンして、手短かに近況を話し、連絡先を交換した。
「下心ないから会おうよ!」 「こっちは下心あるよ。」
寡黙だった彼が、サラリと言った。
あの頃わからなかった事
再会してから1週間、お互いに「何を話そう。」と楽しみにしていた。
記念写真を1枚撮って、居酒屋に行った。
前半は、昔話で盛り上がった。
彼は、相変わらず穏やかだったが、以前より思った事を話すようになっていた。
当時、私はバレンタインデーに告白した後、彼と交換日記を始めたのだが、
彼の方は私に対して、特別な感情は無かったと言うのだ。
ひどい!!(泣)
「でも、好きなタイプでしょ?」 「そうだね。」
無理矢理言わせて、どうにか面目を保った。(笑)
それ以外にも、いくつかショックな事を言われた。
案外彼は、デリカシーが無いと思った。
感情の起伏があまりなく、自分からアプローチするのが苦手なので、
私のように積極的な女は、かえって楽なのだと言う。
「つまんない男なんだよ。」
(そうかもしれない。)
私は、テンションが徐々に下がっていくのを感じていた。
下心は本気?
そこへきて、彼は更にイメージを壊すような事を言い始めた。
「もう俺に興味ない?」
何と彼は、本気で下心を持って、私に会いに来ていたのだ。
好きでもないのに、久しぶりに会った私を、性の対象として見ていたなんて。
(あなたの過去のトラブルの理由がわかったよ。
結局、誰とでもいいからやりたいんだね。)
ほとんど食べ物に手をつけずに飲んでいた彼は、
そのうち、酔いが回って寝てしまった。
起きたら、もう店を出る事になるだろう。
私は、彼が眠っている間に、彼が食べかけた焼鳥1本以外の残り全てを、
1人で食べてしまった。(笑)
金欠で、居酒屋さえも、めったに来られない私には、
食べ物を残すなんて、許せないのだ。
意地汚い自分の行為に、私1人でウケていた。
キャバクラじゃないんだから
彼の酔いをさます為に、カフェ「S」に行った。
ソファー席に座らせたが、おとなしくしてくれない。
他の客がいるのに、頭はなでるは、手は握るは、
「○○ちゃん、○○ちゃん。」と、私の名前を連呼する。
腰に回した手が動くたびに、ゾッとした。
「懐かしさ」はしだいに、「うっとうしさ」に変わっていった。
崩壊する思い出
あの頃、教室でずっとみつめていた。
バレンタインデーにはチョコを渡し、マフラーも編んだ。
低い声が魅力的な、大人っぽい彼が大好きだった。
私から彼を奪った可愛いあの子にさえ、負けてるつもりはなかった。
そんな私が、数十年前に恋した男は、
ただエロいだけの「つまらない男」だったのか。
たぶん、好きでいる時は、何も見えていないのだろう。
今好きな人だって、そうなのかもしれない。
(そうは思いたくない。)
「恋」は、しょせん「妄想」なのだろうか。
「思い出」は、いじらない方がいい。
楽しそうに帰って行く彼に、手を振りながら、
(もう2人では会わない。)と、心の中でつぶやいていた。