朝、あの人に会った。
信号待ちで。
「まさか、こんな時間に?」と思いながら、
横顔を、チラ見した。
もし、あの人だったら気まずいので、
黒い日傘に隠れるようにして、追い越した。
その人は、メタリックな青いスマートホンをいじりながら、
エメラルドグリーンのバッグを持っていた。
「あんな色のバッグ、普通の男の人なら持たない。」
ふと、そう思った。
次の信号で立ち止まって、振り返ると、
斜め後ろに、まだiphoneをいじっている、「あの人」がいた。
グレーのスラックスに入れた、半そでの白いシャツのラインは、
メタボになっていた。
襟足を刈り上げて、立たせた髪のせいか、
以前より、顔も太って見えた。
そして、グリーンのバッグは、あの人のお気に入りの、
犬マークのロゴのブランドだった。
私は、1つ1つ、あの人を確認した。
その可愛いバッグ、又、ネットで買ったんでしょ。
私はいつも、バッグの色で、あなたに気づく。
あなたの好む色は、すぐ分かる。
私は、丈の縮んだ赤いかりゆしを着て、
スカートの脚には、ストッキングも、はいていなかった。
まるで、ユーミンの「DESTINY」みたいに、恥ずかしかった。
声をかけたい衝動にかられたけれど、それは許されない。
せめて、私に気づくまで、見ていようと思った。
信号が変わる頃、あの人は、やっと顔を上げて、私を見た。
私の事など、もう記憶にないような無表情だった。
というか、表情が変わるまで、見ていられなかった。
目が合っただけで辛く、そして満足だった。
私は、足早に先を急ぎ、曲がり角で走った。
どうせ、あの人は、私に追いつかないように、
ユックリ歩いて来るだろう。
ただ、悲しかった。
やっと、会えたのに…。
メタボを笑えない
朝っぱらから、しかも歩きながら、
いったい誰に、メールしていたの?
そういえば、元カノも、同じ頃に、いつもメールしてるよね。
この間、彼女が、アマガエルみたいなTシャツを着ていたのは、
もしかして、グリーンにハマっている、あなたの影響じゃないの?
やっぱり、彼女と、一緒にいるの?
あなたはきっと、私に、いくつもウソをついてる。
それに、そんなお腹になって。
あなたらしくない。
私の好きな、あの精悍な顔や体が、
メタボるなんて、信じられん!
ラーメンばっかり食べてるからよ。
それとも、誰かのせいで、幸せ太り?
異動で、周りに女が減ったから、油断してるのね。
それでも、あなたはあなただし、
モテなくなるなら嬉しいけど、
いつまでも、「いい男」でいてほしい。
しばらく見ないうちに、お互い、どんどん年を取る。
私は、あなたを笑えない。
次は、いつ会えるんだろう。
生きがい
ドラマ「それでも、生きてゆく」の最終回で、
双葉から、「もう会えない。」と言われた時の、
洋貴の絶望が、手に取るように分かる。
人は、誰かを好きになって、
それが楽しければ、それだけで生きていける。
恋さえしていれば、
どんな辛い事も、乗り越えられる。
でも、好きな人としゃべれずに、好きでいる事さえ許されなかったら、
もう、誰ともしゃべりたくないし、周りを恨む事しか、生きがいは無い。
こんな気持ち、もう、誰にも言えない。