ぬえの能楽通信blog

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奇想天外の能『一角仙人』(その23)

2007-08-08 02:28:27 | 能楽
地謡「山風荒く吹き落ちて。山風荒く吹き落ちて。空かき曇り。岩屋も俄かにゆるぐと見えしが、磐石四方に破れ砕けて。諸龍の姿は。現れたり

地謡になりシテは正面に直し立ち上がり、「空かき曇り」と斜に少し出ながら空を見上げて右左と面を使い見廻し、「岩屋も俄かにゆるぐと見えしが」と作物の方へ向いて近づき、気をかけて作物を見込みます。磐石四方に破れ砕けて」と後見が岩屋を真ん中から左右に二つに割り、それと同時に龍神二人はスクッと立ち上がっり、シテは驚いて三つほど飛び下がり、脇座へ行って下居して葉団扇を捨て、剣に手を掛けます。

『一角仙人』はせいぜい40分~45分の短い能だけれど、ずっと岩屋の作物の後ろに下居して待機していた龍神がここで「スクッと」立ち上がるのは結構大変な事ではあります。ここまでで足がしびれてしまっている、という事はないと思うけれど、「立ちくらみ」なんて起こらないのかしらん。。(←よけいなお世話) そして登場した龍神の出演時間はせいぜい数分間。。その間に舞働を舞い、シテと斬組をし、さらに最後は龍神だけがキリを舞うのだから大変です。今回の「狩野川薪能」ではこの龍神役を子方が勤めるのですが、先輩からは「この龍神は子方にとっては大変じゃない?」と心配のお言葉がありました。観世流でこの龍神役を大人が勤める事が多いのも、案外身体がきつい役だからかもしれません。

<舞働>は龍神二人でシテを威圧するように舞います。二度ほど龍神が剣を振り立ててシテに向かってくるときにシテは剣の柄に右手を掛けることによってそれに対抗します。

シテ「その時仙人驚き騒ぎ。
地謡「その時仙人驚き騒ぎ。利剣をおつ取り立ち向へば龍王は黄金の甲冑を帯し。玉具の剣の刃先を揃へ。一時が程は戦ひけるが。仙人神通の力も尽きて。次第に弱り。倒れ伏せば龍竜王悦び雲を穿ち。神鳴稲妻天地に満ちて。大雨を降らし。洪水を出だして。立つ白波に飛び移り。立つ白波に。飛び移つて。また龍宮にぞ帰りける。

最後のクライマックス。<舞働>が終わるとき龍神二人は一畳台の上に飛び乗って剣を振り上げてシテを見込み、シテは立ち上がり「そのとき仙人」と謡いながら剣を引き抜いて構え、これよりシテと龍神の斬組が始まります。ここがまた。。斬組の型は型附にも細かく厳密には決められておらず「工夫あるべし」、という事なんですよねえ。基本的にはシテは龍神二人と交互に斬組むワケですが、型附には 斬組の途中でシテは一畳台の上に上がって正面に向いて下居、左足を台より下ろす、とか、そこに龍神の一人が剣で斬りかかってくるところを、その肘を受け止める、とか、能としては珍しい型が記載されていて、これは『一角仙人』の斬組ではほとんどのおシテが採用しておられるでしょう。もっとも「一畳台の上に下居して左足を下ろすと装束の裾が割れる」と、この型を省く方もおられるようです。

お客さまにとっては面白いこの斬組、演者にとってはじつは とってもやりにくいのです。まずは斬組を舞うためには地謡が謡う文句があまりに短いこと。「その時仙人驚き騒ぎ」から「次第に弱り。倒れ伏せば」までの ぜいぜい数行です。地謡が謡う文句に合うように型の進度を加減しながら舞うのはほぼ不可能でしょう。そのうえ斬組の型をたくさん工夫し過ぎると、「次第に弱り。倒れ伏せば」までにシテが幕に走り込む、あるいは舞台の上で「やられた」と安座することができず、そのあとの「龍竜王悦び」からの龍神だけの舞のスタートが遅れてしまい、龍神の舞までもが窮屈になったり遅れてしまうのです。これでは龍神二人がキリの型を合わせて舞うのに迷惑になってしまうのですよねえ。。